2-悪魔と名乗る少年

 襲撃から引き揚げたレスパーたちの一味は、ねぐらにしている山の遺跡の建物の中で、祝杯を上げていた。何台か車輌がやられはしたものの、30人ほどのメンバーは一人も欠けることなく帰還している。



「あいつの最後の声ったらなかったな! 悪魔かきさまぁ~って。スピーカーで周りにだだ漏れだっつーの」



 リファが蒸留酒スピリッツの瓶を片手に、大笑いしながら言った。カルノがそれを受けて言う。



「まぁ、うちのリーダーが悪魔だってのは否定しねぇがな」


「違いない!」



 笑う一同の中心に、レスパーは座り、酒瓶を傾けていた。



「別に悪魔でもなんでも構わねぇよ。舐められてたまるかってんだ」



 レスパーの言葉に湧く一同。それを見ながら、レスパーは思いを巡らせていた。今回の襲撃はもちろん仲間の受けた仕打ちに対する復讐フェーデだが、ここら一円を支配するホーミス家への、積もり積もった鬱憤がその原動力にはある。


 小作人や労働者は奴隷も同然に酷使され、自分の財産を持つことも敵わず、農園や工場からの収入はすべてホーミス一族の懐に入る。そしてそうやって築き上げた財産は――


 レスパーは、離れたところに立っている「ヴォルカノ」に目をやった。つまり――ああいうものを買うために使われるのだ。


 機甲全身鎧フルプレートだけではない。支配する荘園の若い男たちを、自分の私兵として雇い、装備を与えて住まわせる――そうすることによって、土地の支配をより強固なものとする。ホーミスの私兵に雇われた若者たちが、喰いつめた自分の親たちを銃床で殴りつける。やつらの作り上げた「国」はそういう場所だ。


 しかも最近は、周辺の王侯貴族に金をばら撒き、騎士として領地を公認してもらおうとまでしているらしい――



「ふざけやがって……なにが騎士だ、田舎領主がよ」



 吐き捨てるように言ったレスパーに、周囲の者たちが同調する。



「全くだぜ! だいたい、騎士ってのはなんだ。なんにも作り出さないクセにデカい顔して、デカい鎧で平民を見降ろしてよ!」


「戦う職業だかなんだか知らねぇが、やってることは騎士同士のケンカじゃねぇか。勝手にやれってんだ!」



 ここに集まっている連中は、ホーミスの支配する荘園から逃げてきた者たちばかりではない。周辺の村や都市、それぞれで行き場のなくなった若者たち――それぞれの事情により、支配者の押しつける秩序の中で生きられなかった者たちが、自然と集まったものだ。


 元々は生きるために寄り添いあった集団だった。野盗まがいの略奪などもした。それでも、この中でしか生きることが出来ない者たち――レスパーはいつの間にか、そうした一味のリーダー格となっていたのだ。


 自分が、そして自分の仲間たちがこの辺りで「悪魔」と言われているのは知っている。別に何と言われようと全く構わない。むしろ、そうやって恐れられれば恐れられるほど、このエゥディカの地では生きやすくなると言ってもいい。やっていることはホーミスの馬鹿一族と同じのはずだ――



「……それで、君たちはその騎士たちと戦争をしたいのかい?」



 突然、聞き慣れない声が、喧騒の合間を縫って響いた。甲高い、子どものような声。いくら若い者が多いとはいえ、こんな声の持ち主は、一味にはいないはずだ――



「誰だ、お前!?」



 いつの間にか、レスパーの目の前に、少年が座っていた。もちろん、一味のメンバーではない。それどころか、つい先ほどまではいなかったはずだ。


 歳のころで言えば12歳くらい。白い肌の端正な顔立ちと、輝くような金髪を備えた少年だが、身につけている服は粗末なシャツだった。手には周囲の者たちと同じ、蒸留酒スピリッツの瓶を持っている。



「お邪魔してるよ、レスパー……って言うんだっけ」


「ああん? なんだこのガキ」


「僕はヤオっていうんだ。よろしく」



 そう言ってその子どもは、手に持った酒瓶を煽った。その肩を、後ろからリファが掴む。



「どっから入って来たかしらねぇが、ここはガキの来るとこじゃねぇぞ」


「……君もあまり変わらないように見えるけど?」



 リファは鼻白み、てめぇ! と声を荒げてヤオの肩を引き、地面に突き飛ばす。ヤオは地面に転がって倒れたが、すぐに起き上がり、笑みを浮かべた顔をレスパーへと向けた。



「おいガキ、ここはお子様に対して丁重に扱う文化はねぇ。舐めた真似するやつは半殺しにするか、即座に殺すか、どちらかだ」



 横に立っていたカルノが銃を取り出す。ヤオはそれを聞いてもなお、笑みを崩さなかった。



「君たちの文化について不勉強なのは謝る。だが、を殺してもあまり意味はない」


「……ああん? だからなんなんだ、おめぇは……」


「あんたも『悪魔』と呼ばれてるんだろう? それで、君と話がしたくて来たんだ。ね」


「悪魔……?」



 ヤオは立ち上がり、膝を払った。周囲のメンバーたちは皆、この奇妙な子どもに圧倒されていた。


 ヤオは転ばされた時に落ちた酒瓶を拾い、再びレスパーの正面に座る。



「君たちが呼んだんだろう? 僕たちのことを、悪魔ダイモンと」

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