悪魔の国盗り物語

1-悪魔と呼ばれる男

「イヤッハー!」



 それぞれに雄たけびを上げながら、自走一輪車輛モノローダーに乗った男たちが駆ける。


 廃墟と化した街の脇に、作られた農園。その田畑の中をエンジン音が切り裂く。


 日の高い昼間の時間である。逃げる村人たちに向け、自走一輪車輛モノローダーの上から短機関銃が放たれる。それは鳥の群れの中に猛禽類が飛び込んだかの如く、騒乱が波となって村を侵略していく様だった。


 ひとり乗りの自走一輪車輛モノローダーが先駆けとして混乱をもたらした後ろから、四輪の改造装甲車が悠々と現れる。人のいなくなった通りを、数台の車両が列となってゆっくりと過ぎていく。


 縦横に走り回り、村人を追い立てる自走一輪車輛モノローダーのグループは、装甲車を中心に一定の領域を確保していった。そろそろ、手に銃火器を持った村人たちが反撃を始めている。



「深追いはするな! こっからが本番だぞ!」



 自走一輪車輛モノローダーの先頭に立っていた長い黒い髪の男が、通信機に向かってがなり立てた。その時、近くで爆発音が起こった。振り向けば、爆発に煽られて一台が転倒していた。



「ロイ!」



 男はハンドルを切り、後ろにまとめた髪をなびかせながらそちらへと駆けつける。と、角を超えた向こうに、武装した男たちが現れていた。



「ちッ!」



 男はそちらに向けて、手にしたグレネード・ランチャーを放った。


 爆発に巻き込まれた男が吹き飛び、巻き込まれなかった男も慌てて物陰に隠れる。



「大丈夫か、ロイ! 動けるか!?」


「す、すまねぇレスパー。単車がやられた」


「気にすんな。思ったより『やかた』の動きが早い。装甲車の方へ下がれ」



 レスパーと呼ばれた男はそう言って、グレネード・ランチャーをもう一発放つ。そしてその爆発に紛れるようにして、自身もその場を離れて自走一輪車輛モノローダーを駆った。


 * * *


 時は新帝国歴221年。


 エンズバーグの王が皇帝ライジア1世を名乗り、各地の王侯を代表する王の中の王としてエゥディカに覇権を唱えてからもう、200年以上が経とうとしていた。


 しかし、ここ、チャタラのような辺境の地では相変わらず、豪農あがりの荘園領主が小作民を支配する体制が続いている。全ての土地が騎士や貴族の封土レーンとなっているわけではないのだ。中には、独自に武装して、土地を支配下に置こうとする騎士領主に対抗する者もいた。


 チャタラの地を支配するホーミスの一族もまた、そうした地方の豪族のひとりだった。古くからこの地を実質的に支配し、数多くの小作民を抱えて権勢を誇っている。



「それがどうも、調子に乗って騎士の叙勲を受けようって腹らしいぜ」



 装甲車の上で弾薬を交換しながら、リファが言う。煤で汚れた顔はの端にはニキビの跡があり、あどけなささえ感じさせた。



「自分は旧文明の時代から、この地を守ってきた由緒ある家柄だ、って言ってるらしい」


「まぁ、そんなこと今更わからねぇもんな」



 銃座で双眼鏡を覗いていたカルノがそれに答える。片方の手首から先がなく、そちらの手で器用に鼻の頭を搔いていた。



「お、その騎士様に喧嘩を売った張本人が戻って来るぞ」



 カルノの声に、リファは顔を上げた。自走一輪車輛モノローダーを走らせ、レスパーがこちらに来るのが見えた。



「ホーミスの連中が動き出したぞ! ここを中心に迎撃する!」



 怒鳴るレスパーに、カルノが怒鳴り返す。



「レスパー! 機甲全身鎧フルプレートが出てくるぜ!」


「もう来たか、バカ息子め!」



 レスパーは通信機のスイッチを入れた。



騎士が来るぞ! お前ら、気合入れろよ!」



 レスパーはリファが投げたグレネードの弾薬を受け取り、再び自走一輪車輛モノローダーを走らせた。


 * * *


 村を通り抜ける目抜き通りの向こう側、橋を渡った先にある館は、この地を支配するホーミス一族の三男坊、グレイ・ホーミスの居館である。


 村の半分ほどもある広大な敷地内には、付近の荒くれ者たちを集めた私兵団の基地のようになっていた。


 その私兵団たちが武器を手に取り、先ほどからレスパーたちに抗戦している。その後からゆっくりと、目抜き通りに灰色の機甲全身鎧フルプレートが降り立っていた。



「ガキどもめ……俺の村をめちゃくちゃにしやがって」



 グレイ・ホーミスは癖の強い赤い髪を、操縦席コックピットの中でかきむしっていた。どこの連中が来たのかはわかっていた。レスパーとかいうロンゲ野郎の一味だろう。山の中の遺跡に巣を張っているやからだ。傭兵稼業のようなことをしているが、ほとんど山賊のような連中である。以前、魔獣討伐をするときに一度、仕事をさせてやったのだった。


 グレイは生まれついての支配者だ。この村は土地も人も全て、父から贈られたグレイの私物だった。なにが気に入らないのか知らないが、そんな自分に挑戦してくる不遜なバカどもには、分からせてやらねばならない。そうだ、いずれ騎士となるグレイ・ホーミス様なのだ。その力を見せつけなくてはならない――


 前方に装甲車が見えていた。その周りに自走一輪車輛モノローダーもちょこまかと走っている。


 グレイは、わざわざ王都まで行って買いつけた機甲全身鎧フルプレート、「ヴォルカノ」を操って前に出た。既に、私兵団が村の中に散って抗戦を始めている。グレイは、「ヴォルカノ」の左手に構えた滑腔砲を、前方に見える装甲車に向け、トリガーを引いた。


 ゴゥン!


 着弾した砲弾が炸裂する。装甲車と自走一輪車輛モノローダーは散開し、直撃を逃れたようだ。そして、撃ち返された銃弾が装甲の表面を舐めていった。



「……そんな豆鉄砲が通用するか! 蹴散らしてくれる!」



 機甲全身鎧フルプレートは戦場の華、それを操る騎士に、装甲車風情が敵うはずなどないのだ。グレイは右の手に構えた槍を振りかざし、戦場の中に突っ込もうとした。


 ――その時だった。


 「ヴォルカノ」の四方から、自走一輪車輛モノローダーが一斉に飛びだした。



「……なっ!?」




 「ヴォルカノ」の半分ほどしかない車輌が、至近距離を縦横に走る。それぞれが手にした銃を、機甲騎士の灰色の装甲へと向け、乱射する。その手持ちの小銃はその装甲を貫くほどの威力を持たないが、装甲を叩かれる耳障りな衝撃が操縦席コックピットの中にも響く。



「ふざけおってぇぇ!」



 グレイは追従操作機構トレーサーを動かし、右手の槍を振りまわした。しかし、この時代の機甲全身鎧フルプレートの運動性はそれほど高くはない。直線的な動きで振りまわされるその槍を、レスパーたちは軽々と避けて走りまわった。そして尚も、小銃の連射を装甲に叩きつける。



「しかし、そんな豆鉄砲で機甲騎士を倒せると思っているのが、やはりガキだなぁ!」


「……別に思っちゃいねぇよ」



 外部スピーカーを通じて外に発せられたグレイの声に、レスパーは答えるともなく呟いた。目の前に立ちはだかる灰色の騎体の足元に、走りまわりながら投げ込まれたグレネードの弾体が何発も転がっている。



「……散れっ!!」



 レスパーが通信を通じてかけた声に、自走一輪車輛モノローダーが散開する。



「……なっ……!?」



 次の瞬間、操縦席コックピットのモニターから、先ほど後方にいた装甲車の上から、ロケット・ランチャーがこちらへ向けられていることを、グレイは視認した。



 ボン!


 ヒュルル――


 発射されたロケットは、「ヴォルカノ」の脚元へと着弾し――



 炸裂したロケットにグレネードが誘爆し、激しい爆発が「ヴォルカノ」の足元で起こる。その衝撃に騎体は揺らぎ、踏鞴を踏むように踏み出した脚は爆発によって生じた不規則な地面につまずいて――その騎体が、転倒した。



「やった!」


「まだだ! 畳みこめ!」



 レスパーの掛け声とともに、一度離れた自走一輪車輛モノローダーが反転し、転倒した騎体へと群がる。装甲の隙間を狙って叩きこまれる小銃の連射に、関節部が火花を上げた。



「くっ……おのれぇ!」



 転倒の衝撃に回る視界を抑え込み、グレイは騎体を立てなおそうと、ペダルを踏み込む。が、上手く動かない。



「こんなガキ共に、くそっ、くそっ……!」



 歯噛みしながらなんとか体勢を立て直そうとするグレイの顔に、光が差し込んだ。

 見上げれば、ハッチが開かれて差し込む太陽の光を背に、黒い髪を後ろに束ねた男が立っている。



「レスパー……貴様!」



 グレイはレスパーに向け、唾を飛ばしながら喚いた。



「なんなんだ貴様ら! この俺に……ホーミスの者にこんなことしやがって! ただで済むとでも……」


「……お前こそ、俺たちの仲間に手を出して、ただで済むとでも思ったのか?」



 レスパーは拳銃をグレイに向け、静かに言った。



「……なんだ……? 一体何の……」


「先週、お前が町で見つけ、部下を使って攫った挙句に手籠にした女、ありゃぁうちの仲間の身内でな……」



 グレイの表情が紫色になる。



「そ、そんなことで、こんな……村まで巻き添えに……悪魔か貴様ッ!」


「うるせぇ、そろそろ死ね」



 銃声が操縦席コックピットの中に響き渡った。


 レスパーは動かなくなった機甲騎士から飛び降り、自分の自走一輪車輌モノローダーにまたがる。



「引き揚げるぞ!」


「待てよレスパー!」



 振り向くと、ロイが転倒した機甲全身鎧フルプレートに貼りついている。



「こいつ、まだ動くぜ! 貰って行こう」


「グレイの私兵どもが来てんだぞ!」


「こいつなら突破できるだろ!」


「……好きにしろ!」



 レスパーは自走一輪車輌モノローダーのアクセルを唸らせ、通信機に向けて叫んだ。



「各自、逃げろ!」



 レスパーの背後で、「ヴォルカノ」が身体を起こしていた。

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