悪魔の国盗り物語
1-悪魔と呼ばれる男
「イヤッハー!」
それぞれに雄たけびを上げながら、
廃墟と化した街の脇に、作られた農園。その田畑の中をエンジン音が切り裂く。
日の高い昼間の時間である。逃げる村人たちに向け、
ひとり乗りの
縦横に走り回り、村人を追い立てる
「深追いはするな! こっからが本番だぞ!」
「ロイ!」
男はハンドルを切り、後ろにまとめた髪をなびかせながらそちらへと駆けつける。と、角を超えた向こうに、武装した男たちが現れていた。
「ちッ!」
男はそちらに向けて、手にしたグレネード・ランチャーを放った。
爆発に巻き込まれた男が吹き飛び、巻き込まれなかった男も慌てて物陰に隠れる。
「大丈夫か、ロイ! 動けるか!?」
「す、すまねぇレスパー。単車がやられた」
「気にすんな。思ったより『
レスパーと呼ばれた男はそう言って、グレネード・ランチャーをもう一発放つ。そしてその爆発に紛れるようにして、自身もその場を離れて
* * *
時は新帝国歴221年。
エンズバーグの王が皇帝ライジア1世を名乗り、各地の王侯を代表する王の中の王としてエゥディカに覇権を唱えてからもう、200年以上が経とうとしていた。
しかし、ここ、チャタラのような辺境の地では相変わらず、豪農あがりの荘園領主が小作民を支配する体制が続いている。全ての土地が騎士や貴族の
チャタラの地を支配するホーミスの一族もまた、そうした地方の豪族のひとりだった。古くからこの地を実質的に支配し、数多くの小作民を抱えて権勢を誇っている。
「それがどうも、調子に乗って騎士の叙勲を受けようって腹らしいぜ」
装甲車の上で弾薬を交換しながら、リファが言う。煤で汚れた顔はの端にはニキビの跡があり、あどけなささえ感じさせた。
「自分は旧文明の時代から、この地を守ってきた由緒ある家柄だ、って言ってるらしい」
「まぁ、そんなこと今更わからねぇもんな」
銃座で双眼鏡を覗いていたカルノがそれに答える。片方の手首から先がなく、そちらの手で器用に鼻の頭を搔いていた。
「お、その騎士様に喧嘩を売った張本人が戻って来るぞ」
カルノの声に、リファは顔を上げた。
「ホーミスの連中が動き出したぞ! ここを中心に迎撃する!」
怒鳴るレスパーに、カルノが怒鳴り返す。
「レスパー!
「もう来たか、バカ息子め!」
レスパーは通信機のスイッチを入れた。
「にわか騎士が来るぞ! お前ら、気合入れろよ!」
レスパーはリファが投げたグレネードの弾薬を受け取り、再び
* * *
村を通り抜ける目抜き通りの向こう側、橋を渡った先にある館は、この地を支配するホーミス一族の三男坊、グレイ・ホーミスの居館である。
村の半分ほどもある広大な敷地内には、付近の荒くれ者たちを集めた私兵団の基地のようになっていた。
その私兵団たちが武器を手に取り、先ほどからレスパーたちに抗戦している。その後からゆっくりと、目抜き通りに灰色の
「ガキどもめ……俺の村をめちゃくちゃにしやがって」
グレイ・ホーミスは癖の強い赤い髪を、
グレイは生まれついての支配者だ。この村は土地も人も全て、父から贈られたグレイの私物だった。なにが気に入らないのか知らないが、そんな自分に挑戦してくる不遜なバカどもには、分からせてやらねばならない。そうだ、いずれ騎士となるグレイ・ホーミス様なのだ。その力を見せつけなくてはならない――
前方に装甲車が見えていた。その周りに
グレイは、わざわざ王都まで行って買いつけた
ゴゥン!
着弾した砲弾が炸裂する。装甲車と
「……そんな豆鉄砲が通用するか! 蹴散らしてくれる!」
――その時だった。
「ヴォルカノ」の四方から、
「……なっ!?」
「ヴォルカノ」の半分ほどしかない車輌が、至近距離を縦横に走る。それぞれが手にした銃を、機甲騎士の灰色の装甲へと向け、乱射する。その手持ちの小銃はその装甲を貫くほどの威力を持たないが、装甲を叩かれる耳障りな衝撃が
「ふざけおってぇぇ!」
グレイは
「しかし、そんな豆鉄砲で機甲騎士を倒せると思っているのが、やはりガキだなぁ!」
「……別に思っちゃいねぇよ」
外部スピーカーを通じて外に発せられたグレイの声に、レスパーは答えるともなく呟いた。目の前に立ちはだかる灰色の騎体の足元に、走りまわりながら投げ込まれたグレネードの弾体が何発も転がっている。
「……散れっ!!」
レスパーが通信を通じてかけた声に、
「……なっ……!?」
次の瞬間、
ボン!
ヒュルル――
発射されたロケットは、「ヴォルカノ」の脚元へと着弾し――
炸裂したロケットにグレネードが誘爆し、激しい爆発が「ヴォルカノ」の足元で起こる。その衝撃に騎体は揺らぎ、踏鞴を踏むように踏み出した脚は爆発によって生じた不規則な地面につまずいて――その騎体が、転倒した。
「やった!」
「まだだ! 畳みこめ!」
レスパーの掛け声とともに、一度離れた
「くっ……おのれぇ!」
転倒の衝撃に回る視界を抑え込み、グレイは騎体を立てなおそうと、ペダルを踏み込む。が、上手く動かない。
「こんなガキ共に、くそっ、くそっ……!」
歯噛みしながらなんとか体勢を立て直そうとするグレイの顔に、光が差し込んだ。
見上げれば、ハッチが開かれて差し込む太陽の光を背に、黒い髪を後ろに束ねた男が立っている。
「レスパー……貴様!」
グレイはレスパーに向け、唾を飛ばしながら喚いた。
「なんなんだ貴様ら! この俺に……ホーミスの者にこんなことしやがって! ただで済むとでも……」
「……お前こそ、俺たちの仲間に手を出して、ただで済むとでも思ったのか?」
レスパーは拳銃をグレイに向け、静かに言った。
「……なんだ……? 一体何の……」
「先週、お前が町で見つけ、部下を使って攫った挙句に手籠にした女、ありゃぁうちの仲間の身内でな……」
グレイの表情が紫色になる。
「そ、そんなことで、こんな……村まで巻き添えに……悪魔か貴様ッ!」
「うるせぇ、そろそろ死ね」
銃声が
レスパーは動かなくなった機甲騎士から飛び降り、自分の
「引き揚げるぞ!」
「待てよレスパー!」
振り向くと、ロイが転倒した
「こいつ、まだ動くぜ! 貰って行こう」
「グレイの
「こいつなら突破できるだろ!」
「……好きにしろ!」
レスパーは
「各自、逃げろ!」
レスパーの背後で、「ヴォルカノ」が身体を起こしていた。
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