5.ドラゴン・フライ

 赤と黄でカラーリングされた、曲線的な意匠の機体――”炎星の騎士”エリク・タイの駆る『プロミネンス』。先日、機上槍試合トーナメントの会場で目にした派手な機体は、見間違えようもない。



『ようやく戻ってきましたね』



 外部スピーカーを介して、声が響いた。エリクの声だ。



『サー・ガウィ、突然押し掛けて申し訳ありませんね。しかし、どうしてもこの場でこうしてあなたと立ち会いたかった。家に招待するという約束でしたが……』



 エリクが喋っているのを聞きながら、ガウィは通信機のスイッチを入れる。



「あー、V.D.? そっちは無事かい?」


『なんですか旦那様。せっかくイケメンに捕われてたのに』


「そうかい? だがそのイケメンは俺に用があるみたいだぞ」


『いまいち萌えないカップリングですね』


『おい! 聞いているのか!』



 怒鳴るエリクに対し、ガウィはスピーカーのスイッチを入れる。



「ああ、すまない。こちらの話をしていた」


『ふん、余裕だな』



 エリクの乗る『プロミネンス』が剣を従騎車から離し、前に進み出る。



『ガウィ・ダイモンスレイヤー。あなたに果し合いを申し込む』



 剣を『レフトフォイル』へと突きつけ、エリクがスピーカーを通じて言った。コックピットの中でガウィは、顎の無精ひげを撫でる。



「俺にはあんたと戦う理由はないんだが……」


『しかし、挑まれて逃げる理由もないだろう?』


「ふむ」



 どうやら本気のようだった。ガウィは追従操作機構トレーサーに腕を通し直して、スピーカーを通じ、エリクに問いかけた。



「理由を聞いておこう」


『今朝のニュースを観ていないのか?』


「……なに?」


『神聖皇帝アルザ2世に対し、教皇庁が破門を言い渡した』



 コックピットの中で、ガウィは大きく息をついた。とうとう来たか――事態は思ったよりも早く展開したが、歴史が動く時というのはそういうものなのかもしれない。エリクは話を続けている。



『このエゥディカの地で最も神に近いのは、神に選ばれし神聖皇帝か、その皇帝の地位を承認する教皇か……雌雄を決する時が来たのだ!』


「……それが俺に、なんの関係があるんだね?」


『あなたにもわかるだろう。騎士らしく生きる時代が……いや、騎士らしく戦わねばならない時が来た』



 もちろん、ガウィにもエリクの気持ちは理解できた。モデルとして人気があろうとも、エリクは武門の人間なのだ。いくさが起こるのであれば、戦うのが自然なことであり、その中に身を置くのは本懐だとも言える。ましてや、あれほどの野心を見せる男のことだ。



『僕は悪魔殺しダイモンスレイヤーを倒した男として、皇帝の軍に仕官する。あなたの秘剣”ドラゴン・フライ”を打ち破って! さぁ、僕と戦え!』



 情熱と野心を隠そうとしないエリクの口上に、ガウィは口元を緩ませた。不快ではない。スピーカーを通じ、エリクに向かって語りかける。



「俺は教皇側ってわけじゃないが……いいぜ、やろう」



 V.D.の従騎車スクェア・トラックが『レフトフォイル』の側へと近付いてきた。



「V.D.、君は離れていろ」



 キャリアーからベイルを取り上げながら、通信を入れる。



『もちろんです。巻き込まれたらたまったものじゃありませんから』


「なに、負けやしないよ」


『その辺りは心配してません』



 V.D.の従騎車スクェア・トラックは離れた所へ走って行った。


 ベイルを左手に『レフトフォイル』は立った。左の肩から斜め後ろへ延びる装飾翼フィン、そしてベイルまで。左側面に広い平面が出来あがる。右の手には先ほどと同じ、汎用光銃剣バスタード・ソードを持つ。


 ガウィはエリクの駆る『プロミネンス』を見た。先日の機上槍試合トーナメントとは違い、手にしているのはランスではなく、両手持ちの矛斧ハルバードだった。ベイルは持たず、その代わり左右の肩に銃火器の砲口が見えている。実戦的な装備だと言えた。



「V.D.、合図を」



 V.D.の乗る従騎車スクェア・トラックから、小さい力場映像フォース・ビジグラフスクリーンが投射された。カウント・ダウンが表示され、同時にV.D.の声がスピーカーを通して鳴った。



『3……2……1……』



 GO、の声を聞くと同時に、『プロミネンス』は一直線に駆けた。踏み込むと同時に、右肩の銃口から発砲する。『レフトフォイル』は真横へ跳びながら、ベイルで前面をカバーした。着弾の衝撃が盾面に奔ると同時に、地面にも何発かの銃弾が刺さる。



散弾ショットガン……!」



 『プロミネンス』は跳び退った『レフトフォイル』の方へ向き直り、もう一度ショットガンを放つ。ガウィは『レフトフォイル』にバックステップを踏ませ、距離を取った。



『逃げるなぁッ!』



 『プロミネンス』は左肩についた砲塔のグリップを左の手で取り、狙いを定めて砲弾を放った。砲弾は『レフトフォイル』の近くの地面に着弾し、炸裂する。



「物騒な装備だなぁ……」



 ガウィはコックピットで舌打ちをした。あの砲弾をまともに喰らうわけにはいかない。かといって、近づけば散弾と矛斧ハルバードによる面制圧の餌食だ。一見大雑把な戦術だが、機上槍試合トーナメントで見せたあの精密な動きを以てして、ひとつひとつを正確にやられたらたまったものではない。


 『レフトフォイル』が右手の汎用光銃剣バスタード・ソードからエネルギー・ダートを放つ。『プロミネンス』は回り込むようにそれをかわし、なおも散弾を浴びせてきた。



「軌道性もいいな!」



 『レフトフォイル』は走輪ローダーで滑走し、直撃を逃れる。



『どうした、ガウィ・ダイモンスレイヤー! 逃げ回っているだけでは勝負にならないぞ!』


「冗談じゃねぇよ、バカスカ撃ちやがって……これだから金のある奴は嫌なんだ」



 一気に距離を詰めようとする『プロミネンス』をベイルの機関砲で足止めしながら、ガウィは独り呟いた。再び放たれる砲弾をかわし、走る。エリクの声がスピーカーを通じ、響いてきた。



『ジンライ家に伝わるという剣技”ドラゴン・フライ”……その太刀筋を目にしたものは誰ひとり生き残ることができないという秘剣を! それを見せてみろ! その技を破り、私は光の道を行くのだ!』



 勝手なことばかり言いやがる、とガウィは思う。それなら剣の勝負にしてくれればいいのだが。



「とは言うものの、さて……」



 ガウィは思案した。このまま逃げ回って弾切れを待つのが一番手っ取り早いところなのだが、砲火をかわして逃げ続けるのにもリスクがある。このまま無傷で逃げ切れると思うほど、ガウィはエリクを甘く見てはいなかった。それに――


 ガウィは『レフトフォイル』の足を止め、『プロミネンス』に向き直った。スピーカーのスイッチを入れる。



「いいだろう。”ドラゴン・フライ”……見せてやる」


『くくく……そう来なくちゃな!』



 心底うれしそうに、エリクの声が返って来た。ガウィは苦笑した。まったく、馬鹿な男だ――野心を持つにしたって、もっと立ち回り方があるだろうに。V.D.を人質に取ったり、奇襲を仕掛けても良かったのだ。後で「正々堂々と勝った」と言ったって、誰も勘ぐったりしないだろう。


 騎士というのは畢竟、殺し合いの生業だ。事が戦争という事態になればなおのことである。


 死人に口なし。常に勝った方に理がある。だからどんなことがあっても、騎士は生き残らなくてはならない――まず生きていないことには、名誉もクソもないのだ。「騎士道」という言葉はその現実の裏返しでもある。


 ガウィはそのことをよくわかっていた。そして、だからこそ――



「……お前みたいなやつ、嫌いじゃねぇよ」



 『レフトフォイル』は前傾気味の姿勢で構えを取った。右手の汎用光銃剣バスタード・ソードを長めに持ち、後方に引いて構える。左手に構えた盾を前に出すと、左肩の装飾翼フィンが高々と掲げられ、太陽の光を弾いて煌めいた。


 『プロミネンス』もまたその場で身構える。エリクもかなりの遣い手である。迂闊に動けば、一気につけ込まれるだろうことを肌で理解している。


 対峙する2体の機甲騎士の間を、風が吹き抜けた。光の粒でさえ、その目で捉えられそうな無限の瞬間が、何度も過ぎる。


 風が止んだ。乾いた唇を舌で湿らせ、ガウィは呟く。



「……いくぜ」



 ガウィは追従操作機構トレーサーを大きく動かした。


 右後方に引いた『レフトフォイル』の右腕が、瞬時に振りぬかれ――汎用光銃剣バスタード・ソードが、飛んだ。



『なっ……!?』



 突然投げつけられた剣に虚を突かれ、『プロミネンス』は思わず腕を上げ、飛んで来た剣を防ぐ。『プロミネンス』の重心が後方へと崩れた。


 その一瞬――姿勢を下げ、走行形態ドライブ・シルエットとなった『レフトフォイル』が一気に突っ込んだ。


 姿勢を崩した『プロミネンス』の反応は一瞬遅れた。その一瞬の隙に、散弾ショットガンの射角に捉えるよりも早く、低い体勢で『レフトフォイル』が肉薄する。



『おのれ小細工を!』



 『プロミネンス』が右手に持った矛斧ハルバードを振るう。『レフトフォイル』はその一撃を、ベイルで受け止めた。



「……”ドラゴン・フライ”!」



 低い姿勢から立ち上がりざま、『レフトフォイル』は左手の盾を下に降ろす――下げられた左の腕は、。そしてそれと同時に、左肩の装飾翼が割れ――その外装を中から突き破り、光の刃フォース・ブレードが噴き出すのを、エリクは目にした。


 肩口から後方へ一回転する『レフトフォイル』の左腕。歩行形態スタンディング・シルエットへと立ち上がりながら、左肩を突きだすように前に出し、巨大な光の剣と化した左肩の装飾翼が――赤い機体を、真っ二つに両断した。


 * * *


 西へ傾いた陽が黄金色の粒となり、廃墟と化した街と、スクラップと化した機体とに降り注いでいた。


 ガウィは機体から降り、文字通り真っ二つに両断されてひしゃげた赤い機甲全身鎧フルプレートを見降ろしていた。この有様では、中のエリクは生きてはいないだろう。



「ドラゴン・フライまで使って……せっかく収入があるのに、また修理代で消えちゃいます」



 V.D.がフォース・ブレードで自ら外装を割った『レフトフォイル』の装飾翼フィンを撫でて言った。



「仕方ないだろ……ヤツぁ、強かった」


「弾切れを待てばよかったのでは?」


「……そういうわけにもいかないさ」


「これだから、騎士っていう人たちは」



 V.D.はため息をつき、『プロミネンス』の残骸へと目を向けた。



「……彼も騎士なんてやめて、モデルとして生きていけば良かったのに」



 ガウィはなにも言わず、『プロミネンス』を眺めた。赤い機体に夕陽が反射し、辺りを血のような紅に染めていた。戦うために作られたこの鋼の塊も、今や主を失ってその目的を喪失し、こうしてただ光を反射するだけの無機質な存在となってしまった。



「戦うための存在、か……」



 どうやら、教皇派と皇帝派の戦争が始まるのは避けられないらしい。それならば、自分の主と、その目的は――



「エリクはさ、自分を主として生きたよな」



 ガウィは呟いた。



「いや、強いて言えば……”炎星の騎士”がヤツの主だったのかな」



 そろそろ陽は落ちて、紅の機体は黒い影に染まり始めていた。それはあたかも、鮮血が乾いて黒い染みとなる様にも思われて――


 ガウィは踵を返し、『レフトフォイル』に乗り込んだ。



『これから、どうするんですか?』



 従騎車スクェア・トラックに乗り込んだV.D.から通信が入る。



「そうだな……とりあず、ナイザン・ジョンのスパイス・ブルズを買って帰ろう」



 ガウィはペダルを踏み込み、『レフトフォイル』を起動させた。


 * * *


 この事件の後、ガウィ・ジンライは街から姿を消した。


 しかし、ガウィのスポンサーであるザング商会の社長・ヤオは、この件を知ってこう呟いたという。


「さすがはジンライ……というだけはある」



 時は新帝国歴499年、大陸全土を巻き込んだ「異端戦争」が戦端を開く、その前年のことである。



<借金と秘剣とジャンクフード・終>

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