4.魔獣討伐という仕事

 久しぶりに動かした『レフトフォイル』は快調に道路を走った。フォース・ドライブの甲高い駆動音が、腰の辺りに設けられた操縦席コクピットシートに心地よく響く。走輪ローダーから伝わる道路の状態は悪く、たまに激しく揺れることもあったが、それもまた楽しかった。



『一応、他の車に気をつけてくださいよ。ここも公道ですから』


「わかってるよ、V.D.」



 追走する従騎車スクェア・トラックを運転するV.D.から入る通信に応えながら、ガウィはナビを開き、地図を確認する。目的地となるジード・ポイントの遺跡群までは、あと15分といったところか。



「現地についたら、まず地形の確認をしよう。なにが出るかわからないから、装備はこのままで」


「かしこまりました」



 ヤオからスポンサードの条件として提示されたのは、ザング商会の手掛ける新規事業――遺跡発掘調査における、危険生物調査と駆除の委託だった。


 危険生物――人間に害なす野生の魔獣は、通常、市民からの陳情を受ける形で、国から命を受けて騎士が駆除に赴く。つまり、市民からの陳情がなければ駆除されないわけで、ジード・ポイントのように人の住まないところは放置されることが多かった。


 正教オーソドックスの関わるところであれば、騎士修道会のような団体が自発的に駆除などを行っているが、利害関係のない土地はその内、魔獣だらけになってしまう。



「旧帝国の遺跡調査は、ザング商会としても力を入れていまして。文化事業という側面もありますが、失われた知識を現代に役立てたいという想いもあります」



 ヤオはそんな風に語っていたが、早い話が利権を独占したいのだろう。王侯や教会の影響を排除するためには、ガウィのようなフリーの騎士に頼むのが一番というわけだ。


 悪魔殺しダイモンスレイヤーの肩書を持つ騎士を自社が抱え、魔獣討伐のヒーローとして売り出す――そういう腹もあるらしい。



「ま、金になりゃなんでもいいがね」



 曲がり角に差し掛かり、ガウィは『レフトフォイル』を遺跡の入り口の方へと向けた。


 * * *


 ジード・ポイントは旧帝国の街並みが残った廃墟である。どうも、なにかの施設を中心とした街だったようなのだが、その施設がなにかはよくわかっていない。その辺のところを、ザング商会は調べたいのだろう。



「魔獣、いそうか?」


「いるにはいると思いますけど、どれくらいいるかが問題ですよね……」



 それぞれ機体から降り、廃墟を眺めながらガウィとV.D.は相談していた。長い年月の間に街は森に浸食され、木や蔦の絡みあった隙間に建物が見える有様だ。見通しは悪い。



「本格的な調査はまた、専門家の方々に来てもらうとして、とりあえず今日は内部を見て回るかね」


従騎車スクェア・トラックは入れなさそうですね」


「だな。ここからナビを頼む」



 ガウィは『レフトフォイル』に乗り込み、脚を折りたたんだ走行形態ドライブ・シルエットから、鳥のようにつま先立ちになる歩行形態スタンディング・シルエットへと変形させる。二足歩行の機甲全身鎧フルプレートは、地形を選ばないのが最大の利点だ。



汎用光銃剣バスタード・ソードだけ持っていくわ。ベイルは邪魔になりそうだから置いていく。鉛玉をばら撒くわけにもいかないだろう」


『かしこまりました』



 ガウィは『レフトフォイル』を操作し、従騎車スクェア・トラックのキャリア―から剣を取った。盾は内側に機関砲もついているのだが、建物を破壊してしまう恐れを考えると銃火器は使わない方がいいだろう。竜種獣ドラゴンでも出てこない限りは、剣だけあればなんとかなるはずだ。


 ガウィは追従操作機構トレーサーを通じ、『レフトフォイル』の手にした剣の感触を確かめてから、廃墟の中へと踏み込んだ。


 * * *


 木の枝をかき分けるようにして、『レフトフォイル』は廃墟の中を進んでいった。一歩踏み出すたびに、鳥が飛び去ったり、足元をなにかが走り抜けたりするのを感じ、豊かな生態系がこの廃墟を覆っていることがわかる。もっとも、それは人間にとっての脅威でもあるのだが。



『もうすぐ中心施設ですね』



 『レフトフォイル』のセンサー情報をモニタリングしているV.D.から通信が入る。



「目の前に見えてるよ。こいつは大したもんだ」



 ガウィの目前には、球状の建物が現れていた。木々で囲みきれない、巨大なドーム。継ぎ目の見当たらないそれの、用途は検討もつかない。


 『レフトフォイル』のいる位置からそこまでの間には、ひと際巨大な大木いくつも密集しており、どうも辿りつけそうにはなかった。



「V.D.、周辺地形のデータは取れそうか?」


『ここまでの映像は録画していますし、センサーのログもありますので、問題ないかと。それで、旦那様』


「なんだ?」


『巨大な生物の反応があります』



 ――と、なにか異質な音が近くに迫っているのをガウィは聞いた。機甲全身鎧フルプレートの外部集音マイクが捕えたその音の方向を見ると、巨大な芋虫のような生物の頭部の口を開き、触手を広げているのが見えた。



「V.D.、そういうことは早く言おう」


『旦那さまが気づいているものかと』



 そんなことを言っているうちに、腐虫獣魔キャリオン・クローラーは『レフトフォイル』の倍ほどもあるその体躯をくねらせながら迫ってくる。



「なるほど、こういう奴がいるってことね……」



 魔獣がその口を広げた。円形に開いたその口に、牙のような歯が円環状に並んでいる。その間を粘性のある涎のような液体が滴る。


 魔獣は身体を震わせ、叫び声を挙げるかのように蠢いた。



「……!」



 危険を感じ、ガウィはフットペダルを踏む。『レフトフォイル』が素早く横へステップし、魔獣の口から吹きかけられた粘液を避けた。後方に落ちた粘液が、木の葉にあたって煙を上げる。酸性の消化液のようなものだろう。



「厄介だな……」



 機甲全身鎧フルプレートの関節部分や、硬質ゴム素材を使用している箇所に被弾でもしたら手入れが大変なことになる。ある意味、騎士の天敵とも言える魔獣だ。


 腐虫獣魔キャリオン・クローラーは口の周りの触手を伸ばし、振りまわす。『レフトフォイル』は木の陰に入ってそれを防いだ。



「やっぱりベイルを持ってくるべきだったか……」



 あまり近づきたくないタイプの相手だ。機関砲で蜂の巣にするのが手っ取り早いが、無いものをどうこう言っても始まらない。それに、弾薬にだって金がかかるのだ。


 虫の魔獣が再び口を開き、粘液を吐きだした。ガウィは『レフトフォイル』を素早く操り、それをかわす。これでは近付けない。強引に突っ切ることは可能だが、修理代がかさむのも避けたい。



「腕の見せ所、ってことだな!」



 ガウィは腕の追従操作機構トレーサーを動かして汎用光銃剣バスタード・ソードを起動させた。青白い光の刃フォース・ブレードが刀身を包み、それを腰溜めに構えてフットペダルを踏み込む。走輪ローダーを地に降ろし、歩行形態スタンディング・シルエットのまま『レフトフォイル』は滑走を始めた。


 魔獣が再び、粘液を吐きだす。しかし『レフトフォイル』は、走輪ローダーを走らせながらステップを踏み、急速にターンする。不安定になる足元を巧みにバランスをとり、スピードを殺すことなく、木立をかわしながら、銀色の機甲騎士はジグザグに走った。襲いかかる触手を剣で斬り払い、肉薄した瞬間、そのまま――


 ズム!


 嫌な感触と共に、魔獣の脇腹に剣が突き立てられた。



「……喰らえよっ!」



 ガウィはその体勢のまま、汎用光銃剣バスタード・ソードのトリガーを引く。刀身と同じ方向に向いた銃口から、エネルギー・ダートが射出され、魔獣を貫いた。


 * * *


「V.D.! 今、魔獣を一匹仕留めた。サンプルを持ち帰りたいが……」



 崩れ落ちた腐虫獣魔キャリオン・クローラーを踏みつけながら、ガウィはV.D.に通信を入れた。しかし、ノイズに紛れて返事は返ってこない。



「もしかして、さっきのゲロみたいなやつ喰らってたかな? 通信機能だけならいいが……」



 ガウィは少し迷った後、一旦、魔獣の亡骸をその場に残して戻ることにした。映像もあるし、調査としてはとりあえず、これで充分だろう。必要なら後日、またサンプルを採取しにくればいい。


 来る時に道がある程度作られたので、戻るのは簡単だった。次に来る時も、この道を辿ることができるだろう。


 そうして、廃墟となった街を抜けだし、V.D.の待つ地点へと戻ったガウィは、そこに見憶えのある赤い機体がいて、剣を従騎車スクェア・トラックに突きつけている光景に出くわした。

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