3.宴席の話題の中心は
「やっぱりどうも落ち着かないな……」
糊の効いたスーツを着込んだガウィは、豪奢なホールの中をきょろきょろと見回した。いつものように親指で顎を撫でるが、そこに無精ひげはない。
ヤオからスポンサードの条件として、パーティに出るように言われたものの、ガウィはこうした場が苦手だった。
騎士というのは「
もっとも、それが時代遅れな感覚であることもまた、ガウィは理解していた。辺境における異民族との紛争が激しかったひと昔前とは違い、今は比較的平和な時代だ。王侯による領土争いなど、紛争の種は絶えないが、それも一部は騎士のための「公共事業」なのではないか、という見方さえある。
騎士もまた、自分の面倒は自分で見なくてはならない。こうした場にも慣れなくては――
「……それで、なんで私までここにいるんです?」
ガウィの隣にいるV.D.が無表情に言った。いつものメイド服ではなく、山吹色のドレスを纏っている。アップにした髪に大きなピアスが映えていた。
「まぁいいじゃないか。男独りで来るわけにもいかないんだよ」
「それなら私だって、旦那様とじゃなく彼氏と来たかったです」
「あれ? 前の彼氏とは別れたんじゃなかったっけ」
「別の彼ですよ」
そうボヤきながらも、V.D.はカクテルと料理を楽しんでいるようだった。ガウィは苦笑して、自分もなにか食べようかとホールを見まわす。
伝統的な装飾に彩られたホールには、色とりどりのドレスを着た婦人と、黒っぽいスーツの男性が半々ほどに散らばっていた。中央のテーブルには料理が並び、ドリンクカウンターにはタキシード姿のバーテンがカクテルを作っている。サーブ・ドロイドを使わずに瓶を並べているのは、主宰者による格式の高さの演出だろう。中二階のようになっているフロアにはDJブースが置かれ、こちらでもタキシード姿のDJが、タブレット・コントローラーではなくわざわざアナログ・ディスクで曲を回している。要するに、いちいち格調高いのだ。
ヤオは
まぁ、それでもせっかく来たし、普段食べないタイプの料理も悪くはない――そんなことを考えながら皿をつついていると、不意にフロアの端が騒がしくなった。
見ると、青いスーツを着た細身の男が、何人もの婦人に取り囲まれている。浅くウェーブのかかったロングヘアーに端正な細面が映えていた。
「あれ、エリク・タイですよ」
「なるほど、”炎星の騎士”か」
「私的には、『メンズ・イクス』No.1モデルのエリク君、っていう方が馴染みがあるんですが……」
試合のあとV.D.から聞いたのだが、どうやらエリク・タイは雑誌モデルとしてかなりの人気があるらしい。なるほど、それであれば、相手から略奪をしなかったのも頷ける。
エリクがこちらの視線に気がついたようだった。周囲の女性に「ちょっとごめん」という仕草をして、こちらに向かってくる。
「サー・ガウィ・ジンライですね?」
なにごとかと思っていたら突然声をかけられ、ガウィはかなり面喰ったが、エリクの後ろで遠巻きに熱い視線を送っている婦人たちの手前、なるべく平静を装った。
「お会いできて光栄です、サー・エリク」
「エリクでいいですよ。高名な
眉間を寄せて笑いながら、エリクは言った。なるほど、この笑顔に女は蕩けてしまうのか、と思い隣を見ると、V.D.は見事に蕩けた顔をしていた。
「……人気モデルには敵わないさ」
「おかげさまで、稼げてはいますよ」
エリクは困ったような笑顔を作りながら言った。嫌みのない爽やかな振る舞いだ。
「しかし、それならなんで
「僕は騎士ですから」
一瞬、その目に宿った光を、ガウィは見た。その光を取り消すかのように、エリクは再び人懐っこい笑顔を見せた。
「……それに、モデルの仕事はいつまで続けられるかわかりませんしね」
「厳しい世界なんだな」
「人気商売ですからね。存外不安定なものです。ですが……」
エリクは少し声のトーンを落とした。
「……その前に、戦争にでもなったらモデルどころじゃないでしょう?」
「……不穏なことを言うねぇ」
「サー・ガウィはどっちなんですか?」
エリクの表情は笑顔を保っていたが、その声色は真剣味を帯びていた。その目に再び、暗い光が宿っている。
「それはつまり……」
エリクの訊きたいことは明白だ――教皇派か、皇帝派か。
チャタラBX王国での事件は、ここ数日で急速な展開を見せていた。教会を包囲し、司祭を捕えて追放した国王側を、神聖皇帝アルザ2世が擁護し、逆に教皇庁を非難する声明を発表したのだ。これに対し、教皇はチャタラBX国王を破門することも辞さないという強硬な姿勢を崩さない。
聖俗の権威が、チャタラBXの地に於いて真っ向から対立し始め、世間はにわかにキナ臭くなってきている。人々の不安に、株価の動きも慌ただしい。
「……ここでするような話じゃないだろう」
ガウィは明言を避けた。パーティの場にそぐわない、というのもそうだが、下手に話して言質を取られでもしたらかなわない。誰が聞いているかわからないのだ。
「……そうですね。失礼しました」
エリクは再び、白い歯を見せて笑った。
「また色々とお話をさせてください。サー・ガウィ。よろしければ今度、うちにご招待いたします」
「ああ、楽しみにしてるよ」
エリクは一礼し、踵を返した。歩き去っていくエリクの先にV.D.が回り込む。サインをもらおうとしているらしい。
「やれやれ……」
ガウィは息を吐いた。
「若いってのはいいねぇ」
ガウィはそう呟いて、手にした赤ワインを口にした。強い渋みばかりが舌に残った。
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