2.機上槍試合<トーナメント>

 炎天下の屋外競技場スタジアムは、集まった観客たちの熱気に陽炎さえ蒸発するかのようだ。


 細長い試合場フィールドを挟むようにして設えられた階段上の観客席、最前列には高い金網がつけられてはいるが、それでも弾け飛んだ機体のパーツが飛んでくる危険は避けられない。にも拘らず、前に行くほど人ごみと熱気は濃く、人々はスリルに酔い破壊に狂っていた。


 金網の向こう、広がる試合場の東西の端に、機甲全身鎧フルプレートが姿を現す。


 観客の熱気に応えるかのように、ゲートを抜け歩を進めて試合場に入る2機の鎧。さらに高まる観客の気勢ボルテージ


 機体と共に試合場に入って来た紋章官ヘラルドが、マイクを手に取り、観客を煽るようにたっぷりと溜めを作り――そして大きく吸い込んだ息を、声へと変えてマイクへと叩きつけた。



『今、みなさまにお目にかけよう……! ここに現れしは、”破壊王”ブラストレイザー! それを駆るは、イアラ・デンの騎士、ゴットン・アミヤ!』


 場内に積み上げられた大きなスピーカーから高々と響いた声を合図として、激しいビートのギター・サウンドが大音量で響きだす。試合場の上に巨大なスクリーンが投射され、出場する騎士の紋章が派手なVFXと共に表示された。


 湧きあがる観客に応え、東側に現れた青い機体が、手にした試合用の突撃槍アサルト・ランスを高く掲げた。角ばったデザインの胴体と、両肩についた円錐状の意匠。いかにも歴戦の騎士といった雰囲気の機甲騎士だ。装甲にはスポンサー企業のロゴも描かれている。



『古代帝国より系譜を繋ぐ北方の名門、その傍流に現れてイアラ・デンへと縁を繋いだアミヤの家に、現れた蒼き騎士は、高貴なる血筋よりも更に強固なるその槍で、今なお伝説を繋ぐ! 吹雪と共に襲い来るその突撃は、先の聖戦でも異教徒たちをなぎ倒し、血の道路を築き上げ神へとその威光を捧げたのだ!』



 音楽に乗せる紋章官の口上は熱を帯び、観客はそれに応えて歓声をあげる。青い機甲騎士が歩を進め、西側を睨みつけるようにして立った。


 その視線の先、対戦者の足元で、今度は西側の騎士の紋章官ヘラルドがマイクを持つ。



『今日ここに来た者の幸福を、私は約束する……なぜなら、西の門に立つこの騎士こそ、”炎星の騎士”エリク・タイであり、その機体は”プロミネンス”であり、そして彼が初代神聖皇帝の末裔に連なる騎士にして、これから帝王となるべき男であるからだ!』



 西の紋章官の口上に合わせるように、音楽が切り替わって今度は、低音の効いたダンス・チューンが鳴り響き始めた。曲線的なデザインに、赤と黄色でカラーリングされた派手な機体が進み出て、左の手に持ったベイルを掲げた。


 * * *


 ガウィは観客席の一番上に設置された、VIPルームの中からその様子を眺めていた。機上槍試合トーナメントは久しぶりに観るが、やはりこの熱気には圧倒されるものがある。



「あなたは試合には出ないのですか?」



 背後からかけられた声に振り返ると、背の高い金髪の男がビールの瓶を手に立っていた。



「どうぞ。ワインよりこちらのがお好みでしょう?」


「ははは、わかってるねぇ」



 手渡された瓶の口に刺さったライムのスライスを中に押し込み、直接煽る。強めの炭酸とホップの苦みが、観客の熱気にあてられた身体に沁み渡る様に美味かった。これでポテト・チリ・チョップでもあれば最高なのだが。



「ガウィ・ダイモンスレイヤーが出場するとなれば、観客も喜ぶ。我々としてもありがたいのですが」


「その称号はやめてくれ、ミスター・ヤオ。恥ずかしいんだ」



 ガウィは苦笑いを金髪の男――この機上槍試合トーナメントの主宰者であるザング商会の社長・ヤオに向ける。



「なぜです? 悪魔殺しダイモンスレイヤーの称号は武門の誉れでしょう」


「俺は父親から受け継いだだけだからなぁ」



 無精ひげを撫でるガウィを見て、ヤオは柔らかく笑う。



「やはりあなたは少し変わってますね。騎士の家柄なんて、大抵は親から受け継いだだけでしょう? それを看板にしてやってくのがあなた達の商売じゃないですか。あそこの紋章官ヘラルドの口上みたいにね」


「身も蓋もないことを言うねぇ、あんたも」



 ヤオは自分もビールの瓶を煽りながら、ガウィの隣に立って試合場フィールドを見降ろした。二体の機甲全身鎧フルプレートが離れて対峙し、その巨体を震わせているのが見える。



「経済の世界でも、やはり貴族の家柄がバックにある企業は強い。信頼というものがありますからね。我々のような平民からすれば羨ましい限りですよ」


「まぁ、領地でもありゃあそうなのかもしれないがね。俺のような平騎士の身分じゃ、却って制約だらけでね……」


「だから、使えるブランドは使えばいいのに」



 ガウィは苦笑いを返して試合に目を戻した。


 宙空に投射された巨大な力場映像フォース・ビジグラフスクリーンに、試合開始のカウントダウンが表示され始めた。

 2体の機甲騎士は、脚を折り畳んでかかとの走輪ローダーを地面につけ、しゃがむような姿勢でランスを相手に向け、構えている。


 観客の熱気が収束していくのがわかった。めいめいに挙げていた歓声や怒声が、スクリーンに表示されるカウントダウンの数字と同調していく。



『3……2……1……』



 カウントがゼロになると同時に、号砲が鳴り響いた。


 機甲鎧フルプレートの背面からフォース・ドライブの噴射が光り、弾かれるようにまっすぐ走りだす。同時に、観客の熱狂も一気に噴き上がって試合場を揺るがせた。


 青く直線的な、重厚な機体と、赤く曲線的な、線の細い機体。双方とも、右の腕にランスを、左の腕にベイルを構え、前方に突き出すようにして一直線に、相手の機体へと突進する。



 ――ガゴォン!



 派手な衝突音が鳴り響いた。


 折れた槍の一部が観客席まで飛び、金網に激突する。


 時速100kmを超える相対速度で激突した2体の機甲騎士は、お互いの位置を交換して衝撃から体勢を整えていた。



 ――判定は!?



 客席が息を呑み、スクリーンを見上げる――ポイントなしだ!


 打撃が有効と認められず、両者は試合場フィールドの両端にあった予備のランスを取って再び構え直し、今度は合図を待たず我先にと駆け出す。ここで素早く先手を取った方が有利なのだ。


 青く直線的な機体の方がわずかに手間取った。先ほどの交錯でダメージがあるらしい。迫る赤い機体に向かい、槍を構えて走りだす。



(スピードが充分じゃない……!)



 ガウィは眼下で展開される試合を目で追いながら、一度目の交錯を思い返した。青い機体の方が重さで勝る以上、正面からぶつかれば有利なはずなのだ。それにも関わらず、ダメージを残しているということは――あの交錯の瞬間、赤い機体がわずかにステップを入れて槍をかわしつつ、関節部分に打撃を入れていたのを、ガウィは見ていた。


 一度目の交錯よりもだいぶ片側に寄った位置で、二度目の交錯が起こった。


 派手な音が再び鳴り響いたあと、赤い機体は流麗なラインを残して後方へと駆け抜け――その後には、槍の先端が突き刺さった青い機体が尻もちを突くように擱座していた。


 決着を告げるコールが鳴り響き、観客席の熱狂はピークに達する。


 赤い機体――エリク・タイの側の紋章官ヘラルドが再び進み出て、口上を述べ始めた。



『炎星の騎士エリクは今ここに、勝者としての歴史を刻んだ! しかしこのことは、真に勇敢な戦士ゴットンの名誉を傷つけるものではない。彼の財産とその身柄は、エリクの名において守られるであろう』



 客席から戸惑いのざわめきがおこり、そしてブーイングが起き始める。


 通常、機上槍試合トーナメントの勝者には、敗者に対する生殺与奪の権利が与えられる。殺すことはないにしても、相手の機体を接収したり、または相手を捕虜にして身代金を要求することが、勝者の権利として認められているのだ。


 ここまで完膚無きまでに叩きのめしたのだから、相応の対価を敗者から得るのが普通だろう。なにより、観客は敗者が罰を与えられる姿を見たいのだ。


 ブーイングの声を背に受けながら、赤い機体は悠々とゲートを出て行った。青い機体だけが、動けないままその場に残された。


 * * *


「やるなぁ、あいつ」



 ガウィは眼下の光景を見ながら唸った。


 技術もさることながら、敢えて略奪の権利を放棄するパフォーマンス。初代神聖皇帝の系譜に連なるという口上と併せて、あれが「看板を利用する」ということか。悪役ヒール善玉ベビーフェイスと、両側面を演出する見事なブランディングだと言えた。



「よっぽど腕に自信がないとできないな」



 ヤオの言うとおり、騎士というのはブランドの商売だ。どれだけ高く自分を売りつけるかによって、その行く末が決まる。機上槍試合トーナメントは、その腕前と共に、騎士としての自分の個性・ブランドを演出する最高の機会でもあるのだった。もっとも、ガウィはそれが気に入らないわけなのだが――



「血が騒ぎますか?」



 笑いかけるヤオに、ガウィは曖昧な返事を返す。



「あいにく、ランスは不得手でね」


「格闘戦種目もありますよ。銃や砲以外ならなんでも使っていい」



 ヤオは一瞬、挑発的にガウィを見た。



「……ジンライ家の秘剣『ドラゴン・フライ』を使うには、そちらの方が都合がいいですよね?」



 ガウィは頭をかいた。



「その噂、どっから出回ったんかなぁ……」


「否定はしないんですね」


「……」



 黙ってビールを煽ろうとしたガウィは、瓶が空なのに気がついた。ヤオが笑って立ち上がる。



「まぁ、あなたが興行を好まないのもわかります。なにしろ悪魔殺しダイモンスレイヤーの家系ですからね。無理にとは言いませんよ」


「……ああ、それじゃ、スポンサーの話は……」


「いや、勘違いしないでください。なにも機上槍試合トーナメントだけが騎士の仕事じゃありません。世の中には『戦う仕事』を必要としているところがある」



 ヤオはカウンターパネルから注文の操作をしながら言った。すぐに部屋のドアがノックされ、新しいビールが届けられる。



「試合に出る選手にはスポンサーを紹介するんですが、あなたには私どもザング商会が直に出資しましょう、サー・ガウィ」


「……え?」


企業社会貢献CSRの一環ですよ。その代わり、やって欲しいことがあります」



 ヤオはビールの瓶と共に、1冊のフォルダをガウィに手渡した。



「お返事は目を通してからで構いませんが、引き受けていただければ借金は肩替わりしますよ」



 ガウィは受け取ったビールをテーブルにおいて、フォルダを開いた。



「……魔獣討伐か……」


「あなたにぴったりでしょう?」



 ヤオは再び、柔らかい笑顔を見せてビールを煽った。

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