2.機上槍試合<トーナメント>
炎天下の
細長い
金網の向こう、広がる試合場の東西の端に、
観客の熱気に応えるかのように、ゲートを抜け歩を進めて試合場に入る2機の鎧。さらに高まる観客の
機体と共に試合場に入って来た
『今、みなさまにお目にかけよう……! ここに現れしは、”破壊王”ブラストレイザー! それを駆るは、イアラ・デンの騎士、ゴットン・アミヤ!』
場内に積み上げられた大きなスピーカーから高々と響いた声を合図として、激しいビートのギター・サウンドが大音量で響きだす。試合場の上に巨大なスクリーンが投射され、出場する騎士の紋章が派手なVFXと共に表示された。
湧きあがる観客に応え、東側に現れた青い機体が、手にした試合用の
『古代帝国より系譜を繋ぐ北方の名門、その傍流に現れてイアラ・デンへと縁を繋いだアミヤの家に、現れた蒼き騎士は、高貴なる血筋よりも更に強固なるその槍で、今なお伝説を繋ぐ! 吹雪と共に襲い来るその突撃は、先の聖戦でも異教徒たちをなぎ倒し、血の道路を築き上げ神へとその威光を捧げたのだ!』
音楽に乗せる紋章官の口上は熱を帯び、観客はそれに応えて歓声をあげる。青い機甲騎士が歩を進め、西側を睨みつけるようにして立った。
その視線の先、対戦者の足元で、今度は西側の騎士の
『今日ここに来た者の幸福を、私は約束する……なぜなら、西の門に立つこの騎士こそ、”炎星の騎士”エリク・タイであり、その機体は”プロミネンス”であり、そして彼が初代神聖皇帝の末裔に連なる騎士にして、これから帝王となるべき男であるからだ!』
西の紋章官の口上に合わせるように、音楽が切り替わって今度は、低音の効いたダンス・チューンが鳴り響き始めた。曲線的なデザインに、赤と黄色でカラーリングされた派手な機体が進み出て、左の手に持った
* * *
ガウィは観客席の一番上に設置された、VIPルームの中からその様子を眺めていた。
「あなたは試合には出ないのですか?」
背後からかけられた声に振り返ると、背の高い金髪の男がビールの瓶を手に立っていた。
「どうぞ。ワインよりこちらのがお好みでしょう?」
「ははは、わかってるねぇ」
手渡された瓶の口に刺さったライムのスライスを中に押し込み、直接煽る。強めの炭酸とホップの苦みが、観客の熱気にあてられた身体に沁み渡る様に美味かった。これでポテト・チリ・チョップでもあれば最高なのだが。
「ガウィ・ダイモンスレイヤーが出場するとなれば、観客も喜ぶ。我々としてもありがたいのですが」
「その称号はやめてくれ、ミスター・ヤオ。恥ずかしいんだ」
ガウィは苦笑いを金髪の男――この
「なぜです?
「俺は父親から受け継いだだけだからなぁ」
無精ひげを撫でるガウィを見て、ヤオは柔らかく笑う。
「やはりあなたは少し変わってますね。騎士の家柄なんて、大抵は親から受け継いだだけでしょう? それを看板にしてやってくのがあなた達の商売じゃないですか。あそこの
「身も蓋もないことを言うねぇ、あんたも」
ヤオは自分もビールの瓶を煽りながら、ガウィの隣に立って
「経済の世界でも、やはり貴族の家柄がバックにある企業は強い。信頼というものがありますからね。我々のような平民からすれば羨ましい限りですよ」
「まぁ、領地でもありゃあそうなのかもしれないがね。俺のような平騎士の身分じゃ、却って制約だらけでね……」
「だから、使えるブランドは使えばいいのに」
ガウィは苦笑いを返して試合に目を戻した。
宙空に投射された巨大な
2体の機甲騎士は、脚を折り畳んでかかとの
観客の熱気が収束していくのがわかった。めいめいに挙げていた歓声や怒声が、スクリーンに表示されるカウントダウンの数字と同調していく。
『3……2……1……』
カウントがゼロになると同時に、号砲が鳴り響いた。
青く直線的な、重厚な機体と、赤く曲線的な、線の細い機体。双方とも、右の腕に
――ガゴォン!
派手な衝突音が鳴り響いた。
折れた槍の一部が観客席まで飛び、金網に激突する。
時速100kmを超える相対速度で激突した2体の機甲騎士は、お互いの位置を交換して衝撃から体勢を整えていた。
――判定は!?
客席が息を呑み、スクリーンを見上げる――ポイントなしだ!
打撃が有効と認められず、両者は
青く直線的な機体の方がわずかに手間取った。先ほどの交錯でダメージがあるらしい。迫る赤い機体に向かい、槍を構えて走りだす。
(スピードが充分じゃない……!)
ガウィは眼下で展開される試合を目で追いながら、一度目の交錯を思い返した。青い機体の方が重さで勝る以上、正面からぶつかれば有利なはずなのだ。それにも関わらず、ダメージを残しているということは――あの交錯の瞬間、赤い機体がわずかにステップを入れて槍をかわしつつ、関節部分に打撃を入れていたのを、ガウィは見ていた。
一度目の交錯よりもだいぶ片側に寄った位置で、二度目の交錯が起こった。
派手な音が再び鳴り響いたあと、赤い機体は流麗なラインを残して後方へと駆け抜け――その後には、槍の先端が突き刺さった青い機体が尻もちを突くように擱座していた。
決着を告げるコールが鳴り響き、観客席の熱狂はピークに達する。
赤い機体――エリク・タイの側の
『炎星の騎士エリクは今ここに、勝者としての歴史を刻んだ! しかしこのことは、真に勇敢な戦士ゴットンの名誉を傷つけるものではない。彼の財産とその身柄は、エリクの名において守られるであろう』
客席から戸惑いのざわめきがおこり、そしてブーイングが起き始める。
通常、
ここまで完膚無きまでに叩きのめしたのだから、相応の対価を敗者から得るのが普通だろう。なにより、観客は敗者が罰を与えられる姿を見たいのだ。
ブーイングの声を背に受けながら、赤い機体は悠々とゲートを出て行った。青い機体だけが、動けないままその場に残された。
* * *
「やるなぁ、あいつ」
ガウィは眼下の光景を見ながら唸った。
技術もさることながら、敢えて略奪の権利を放棄するパフォーマンス。初代神聖皇帝の系譜に連なるという口上と併せて、あれが「看板を利用する」ということか。
「よっぽど腕に自信がないとできないな」
ヤオの言うとおり、騎士というのはブランドの商売だ。どれだけ高く自分を売りつけるかによって、その行く末が決まる。
「血が騒ぎますか?」
笑いかけるヤオに、ガウィは曖昧な返事を返す。
「あいにく、
「格闘戦種目もありますよ。銃や砲以外ならなんでも使っていい」
ヤオは一瞬、挑発的にガウィを見た。
「……ジンライ家の秘剣『ドラゴン・フライ』を使うには、そちらの方が都合がいいですよね?」
ガウィは頭をかいた。
「その噂、どっから出回ったんかなぁ……」
「否定はしないんですね」
「……」
黙ってビールを煽ろうとしたガウィは、瓶が空なのに気がついた。ヤオが笑って立ち上がる。
「まぁ、あなたが興行を好まないのもわかります。なにしろ
「……ああ、それじゃ、スポンサーの話は……」
「いや、勘違いしないでください。なにも
ヤオはカウンターパネルから注文の操作をしながら言った。すぐに部屋のドアがノックされ、新しいビールが届けられる。
「試合に出る選手にはスポンサーを紹介するんですが、あなたには私どもザング商会が直に出資しましょう、サー・ガウィ」
「……え?」
「
ヤオはビールの瓶と共に、1冊のフォルダをガウィに手渡した。
「お返事は目を通してからで構いませんが、引き受けていただければ借金は肩替わりしますよ」
ガウィは受け取ったビールをテーブルにおいて、フォルダを開いた。
「……魔獣討伐か……」
「あなたにぴったりでしょう?」
ヤオは再び、柔らかい笑顔を見せてビールを煽った。
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