エゥディカの戦う人々【Armor Age of Aeudhika】

輝井永澄

借金と秘剣とジャンクフード

1. 騎士ガウィの借金

 ガレージの高い天井の下に、鈍い銀色に輝く巨大な鎧が佇んでいた。



 「鎧」というのは違和感のある表現かもしれない。なぜなら、我々の世界――筆者および読者諸兄の住む世界でいう一般的な「鎧」とは、その形状も、そして大きさも、なにもかもが違っているからだ。


 小説的な表現を廃し、敢えて言えば、こちらの世界でいうところの装甲車やヘリコプターのような形状の胴体に、三つ指の腕と鳥のような脚をつけたようなもの、というのがわかりやすいかもしれない。


 高さは6メートル強、頭にあたるものはついておらず、胴体がそのまま顔になっているような印象を受ける。左肩から後方にのびた大きな翼状のパーツが、非対称のデザインを強調していた。



 その足元で、この「鎧」の持ち主である騎士、ガウィ・ジンライは今、両手と両膝をコンクリートの床に着き、額までもを擦りつけるように――これもまた、我々の世界の表現で言うなら「土下座」をしているところだった。



「すいません……もうちょっとだけ待ってください」



 頭を上げなくとも、目の前にいる借金取り――ダントン氏の表情は手に取るようにわかる。片方の眉を器用に吊り上げ、逆側の頬をヒクヒクとさせる。真似しようと思ってもなかなかできない顔だ。



「先月、あなたが同じことを言ったとき、私がなんと答えたか憶えておいでですか、サー?」


「……いや、あんまり」


「では、来月も同じことを繰り返すというわけですね。待つわけにはいきませんな」


「……え」



 顔を上げて見ると、ダントンは傍らの鎧を眺めながら言った。



「なんなら、こちらの機甲全身鎧フルプレートを担保にいただいていっても……」


「や、や! それだけは! これは商売道具なので……」


「そんなこと言ったって、使う宛てもないんでしょう? 騎士といったところで、鎧だけあってもねぇ……」


「いや、しかし……」



 すがりつくガウィ。ダントンの舌打ちがガレージの中に響く。



「サー・ガウィ、わたしだってあなたを破産させたいわけじゃないんです。ただね、あなたにとってこの鎧を動かすのが仕事なように、わたしもこの仕事をしなけりゃ生きていけないんだ」


「……その通りだ」


「あなたに騎士としての生き方があるのと同様、わたしにも覚悟がある。そこのところをわかっていただけるんでしょうな?」


「なるほど、立派なものだ」



 曖昧に笑うガウィの目の前で再び、ダントンは片眉を吊り上げ、逆側の頬をヒクつかせたが、その後すぐにため息をついた。



「……来週また来ます。その時に払う宛てもないようなら、今度こそなにかをカタにいただきますからね」


「申し訳ない!」



 再び床に額をこすりつけるガウィに背を向け、ダントンはガレージを出て行った。



「……やれやれ」



 ガウィは身体を起こし、そのまま床にあぐらをかいて座りこんだ。危うくカタに取られそうになった愛機『レフトフォイル』を見上げる。



「……来週か。なんとかしねぇとなぁ」



 無精ひげの生えた顎を親指で撫でながら、ガウィは思案した。


 騎士身分だとはいうものの、爵位を持っているわけでもなければ、領地があるわけでもない。安定した定期収入がない上に、機甲全身鎧フルプレートの維持にも金がかかる――エゥディカ大陸における支配階級であるはずの騎士も、その生活は楽ではない。最近では金に困り、廃業して一般企業に就職したり、または犯罪に手を染める騎士も多いと聞く。



「……バイトでもするかなぁ」


「なんの仕事をするつもりなんです?」



 後ろから不意にかけられた声に思案を遮られる。振り返ると、紙袋を抱えたメイド服姿の女が、いつの間にか立っていた。



「やぁ、V.D.。昼メシ、買って来てくれたか」


「ナイザン・ジョンのスパイス・ブルズ、チーズとマスタードたっぷりトッピングオニオン抜きにチキン・ブレード。好きなのはわかりますが、本当こればっかりですね」


「いいじゃないか。返済交渉のカロリーを補充しないとな」



 メイドのV.D.――本名はヴィー・ディーディアントゥという――から紙袋を受け取り、ガウィは隣接する母屋のリビングへと向かいながら、さっそくチキン・ブレードを取り出してその場で齧る。



「うん、美味い。この店、バイト募集してなかったかな?」


「やめてください。あたしが恥ずかしいです」



 そういいながらV.D.はキッチンへ立ち、コーヒーを淹れ始めた。ガウィはリビングのソファに座り、手元の携帯通信端末スマートキャスターで動画ニュース・チャンネルを開く。この時間の最新ニュースを開き、画面をスクリーン・モードにすると、端末から投射された青白い力場フォース・フィールドがスクリーンを形成し、宙空に映像が映し出された。


 軽快なサウンドロゴの後、アナウンサーが画面に現れてニュースを伝え始める。スパイス・ブルズに齧り付きながらそれを眺めていると、V.D.がコーヒーをトレイに乗せて持ってきた。



『……ヤノウ博士の引き渡しを拒否した教会に対し、チャタラBX王国側が軍隊を動かして司祭を追放したことは、大きな波紋を呼んでおり、ゼディス教皇は王国側を強く弾劾することを……』


「そのニュース、追いかけてますよね旦那様」


「……うん、まぁね」



 ここエゥディカの地の皇帝は、建前上、神によって選ばれ、教皇がそれを承認するということになっている。正教オーソドックスの教えはこの大陸全土の文明の根幹を成し、信仰の拠点となる各地の教会や大学を教皇庁が統括し、教皇ゼル・ゼディス13世はそのトップに君臨する。


 各地方を政治的に支配しているのはその地の国王であり、その封土レーンを受けた貴族・君主たちだが、大陸全土に広がる正教オーソドックスの教会と教皇庁は政治・経済に大きな影響力を持っていた。


 言わば、国家の中にもうひとつ国があるようなものである。王候側としては、なるべく影響力を排除したいところが、かといって教会に敵対するわけにはいかない、というわけなのだが――



「軍隊を動かして堂々と教会を襲撃するとは、また……」



 スクリーンには市街地の中に立つ教会を、機甲全身鎧フルプレートが包囲する映像が映っている。これに参加した騎士も正教オーソドックスの教えに従って暮らしているはずで、内心穏やかではないだろう。



「戦争が起こるのでしょうか?」


「どうかなぁ……」



 教皇庁側と事を構えたりしたら、隣国から攻め込まれる口実にもなるだろう。皇帝が仲介に入って手打ち、というのが落とし所ではある。しかし、現在の神聖皇帝・アルザ2世の教皇嫌いは有名だ。



「戦争が起こるかもしれないなら、旦那様もどこかに仕官の口があるのでは?」


「うーん、確かに封土レーンを受けられれば生活は安定するんだけど……」


「宮仕えはお嫌なので?」


「それもあるが……どうも嫌な予感がしてな」



 教会に逃げ込んだ科学者の引き渡しを王国側が要求し、教会側が拒否した――つまり、そのヤノウとかいう科学者に、王国側から追われる理由があったということになる。ガウィの騎士としての出自が、その理由に引っかかりを感じているのだった。



「なんですかそれ。最近流行りの五次元幻覚剤アイテール・スティムですか?」


「中毒になるのはこいつだけで充分だなぁ」



 ガウィはV.D.に苦笑いを返し、カリースパイスとマスタードの効いたスパイス・ブルズの残りを口に放り込む。



「……ま、いずれにしろすぐにどうなるもんでもないさ。来週までに支払いはなんとか考えなくっちゃな」



 ガウィはコーヒーを飲み干し、スパイス・ブルズの包み紙と紙袋を丸めてゴミ箱へと投げた。シュートは外れ、V.D.がそれを拾ってゴミ箱へと入れ直した。

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