聖騎士の剣は何処へと向かう
1. 聖騎士
「しかるに、この地には教皇庁の威光を以て、教父ラプス・ハリスの教えをもたらさん!」
アスファルトの崩壊した村外れの広場に、白の外套を纏ったオイゲン・マカヤの声が響き渡った。
張りのある低音は、崩れたビルの隙間を縫って村の中に響き渡った。人々の耳に確実に届く声量。女である自分にはできない芸当だ――オイゲンの後に立つ聖騎士たちの列の中で、ナイア・ニタはそんなことを思った。
「よいか、季節は数えることができ、1日は明確に時間で区切られている。太陽や月ではなく、数字と科学とに従い、文明を取り戻すのだ。争いは力でなく、法と倫理によって裁かれる。それが
オイゲンの演説を、たちは不安げに聴いていた。
無理もない――ナイアはちらりと、背後を見た。居並ぶ聖騎士団の列の後ろに、白く輝く
ナイアたち「紅き頂の騎士修道会」に所属する聖騎士たちに与えられる
教皇庁の紋章が紅く染め抜かれた円筒形のボディは背が高く、縦に長い印象を与える。戒律のため銃火器こそ装備していないものの、それを補ってあまりある重装甲とパワーを備えた機体だった。そして、コピー&ペーストをしたかのように同じデザインの機体が並ぶ様子は、バラバラの機体が集まった王国の騎士団よりも却って威圧的に感じられる。
(神の加護を、もたらす機体……)
ナイアは『マラーク』を見上げ、思う。
聖騎士団は、厳密に言えば騎士ではない。敬虔な信徒が集まり、教皇庁から認可を受けて信仰に身を捧げる修道会――いわばボランティア団体だ。騎士身分を捨てて修道士となった者がそのほとんどである。財産の個人所有は認められておらず、装備はすべて支給される。
その活動目的は、騎士としての武力を神に捧げ、弱者を保護すること。今日、こうして辺境の村を訪れているのも、王侯の領土から外れる地域に棲む人々を、魔獣や山賊といった脅威から保護するためだ。
弱き人々を守ること。
それが「戦う身分」である騎士の本分だ。
不安そうな表情を浮かべ、自分達を遠巻きにする村人たちを見ながら、ナイアはそう自分に言い聞かせていた。
「どうした、ナイア?」
ナイアの隣に立つラーグ・ミスノに声をかけられ、ナイアの思考は途切れた。
「……すいません、少し暑くて」
「無理もないな。今日は日差しが強い。それに」
ラーグは演説を続けるオイゲンを見た。
「司祭殿はどうやら、今日は調子がいいらしいよ」
ラーグはにやっと笑い、言った。つられてナイアも笑った。
「……我々聖騎士団の大義は、諸君らの安全と発展である。しかるに」
ナイアたちの話を余所に、オイゲンの演説は続いていた。
「我ら騎士団への寄進、および、駐留基地の提供を願いたい。さすれば我々は諸君らと共にこの地に生き、我らの剣を諸君らのために振るい、かつ大教父ラプス・ハリスのもたらした知恵と光を、ここに広めることとしよう」
演説を終え、オイゲンは満足げに村を見渡した。
かつては栄えた都市だったのだろう。中央にそびえるビルの残骸から、放射線状に道路が伸び、その先のところどころにも小さなビルが残っている。人々は旧文明の街並みを活かしながら、その上に新たな街並みを築き上げていた。まだ使える施設もいくらかはあるのだろう。
「おそれながら、司祭さま」
演説を聞いていた人々の中から、初老の男が進み出た。
「音に聞こえし『紅き頂の騎士修道会』がこの地に訪れていただいたこと、光栄に存じます。しかし、寄進と駐留については……」
オイゲンが初老の男を睨みつけた。
「なんと、神の威光を拒む者がここにいた……貴様、異端者だな」
オイゲンの後ろにいた騎士が、腰の銃に手をかけて前に進み出る。
「め、めっそうもない!」
男は慌てて両手を振った。異端の村だなどということになれば、どんなことをされるかわかったものではない。
「実は少し前に、エデスDG-A地区領主のなんたらという騎士様が、手勢を連れてやってきたのです。それで、ここをエデスDG-A地区の所領として安堵する、と……」
「……ほほう」
オイゲンは片眉を吊り上げた。
「エデスDG-A地区と言えば、サヒラ家の領土かな」
「そのようなお名前でした」
男はへこへことしながら言った。
「サヒラ様に租税を取られるとなれば、聖騎士団に寄進を行う余裕がなく……いえ、我々としても、
「……ふん」
オイゲンは踵を返した。
「我々が来たからにはこの地は栄光ある神の地。そこに横から手を出すとはいい度胸である! いいだろう、まずはそのサヒラと話をつけるとしよう!」
オイゲンの合図で、聖騎士団員たちは揃って踵を返し、『マラーク』と
「……なにが神の威光だよ」
ハッチを閉じるその刹那に、誰かが呟く声をナイアは聞いたような気がした。
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