第3話

「ほら、歩け!」

 縄で縛られた盗賊が、傭兵の乗っている馬の背にくくりつけられる。あんな体勢では乗り心地は最悪だろう。しかしゼン達が同情するはずは無い。

 ギア・ナイトを装着していた盗賊以外は全員殺された。周囲には血溜りに倒れた盗賊たちの死体が転がっている。傭兵たちは死体から金や装備品をはぎとっている。これは別に珍しいことではない。盗賊を倒した人間が、その持ち物を自分のものにすることは認められているからだ。

「いやー。ありがとうございます」

 馬車の中にいた小太りの男がゼンに頭を下げる。温厚そうな中年で、口ひげがあった。

「いえいえ、どういたしまして。でもどうしてこんな所にいたんですか? 西の砂漠の国の人でしょ?」

 ゼンは男の頭に巻いてある白いターバンを見て言った。この格好は大陸西部に広がる砂漠地帯にある国々のもの。ここは大陸東部に位置していて、彼らがいるのは不思議だ。

「申し送れました。私は砂漠の国、ソイエ国でルチオム商会に属しますチャンブレと申します。このたびは助けていただいて、まことにありがとうございました」

 チャンドレは深々と頭を下げる。ゼンはそのかしこまった礼にアタフタと手を振る。

「そんな! 当然のことをしただけです!」

「しかし、あのギア・ナイトから助けてくださったのですから、何度お礼を言っても足りないぐらいです」

「べつに、そんな……あれ?」

 ゼンは馬車から少しだけ顔を出している人物が見えた。チャンブレと同じように頭にはターバンを巻いている。年齢はゼンと同じか少し下ぐらいだろう。

「あ、はい。あの方は私の雇い主である方のお子さんでございまして」

 ゼンがなんとなくその子を見ていると、出していた顔を引っ込める。首をかしげると、傭兵たちから出発の準備ができたという声が聞こえた。

「そういえば、あなた様もどうしてここに?」

「えっと、僕は大陸の北にある国から来たんです。エキュペンド学園に入学するので」

「なんと! それは奇遇な。私たちもエキュペンド学園に行く途中だったのです。よろしければ一緒に行きませんか」

「え、いいんですか! 荷物もあるんですけど」

「馬車にはかなりスペースがあるので大丈夫ですよ」

「じゃあ、お願いします! あ、荷物取ってきますね」

 林の出口に投げていた荷物を取りにゼンは走っていった。


 ゆっくりと進む馬車の中、ゼンとチャンブレたちは向かい合って座っている。馬車は大型で前後に座席があり、おそらく十人が乗っていても余裕があるだろう。

「あらためて名乗ります。私はチャンブレ。そして隣に座っているのがドノヴァー・ルチオム様。私が所属するルチオム商会の社長のお子さんです」

「は、はじめまして。ドノヴァーです……」

「えっ! 貴族様だったんですか!」

 ゼンは驚いて深々と頭を下げる。庶民には苗字が無い。あるのは特権階級でもある王族や貴族のみだ。そしてゼンの故郷では身分格差が激しく、貴族の機嫌を損ねると殺されても文句が言えないのだ。

 それを見たドノヴァーはビクッと体を震わせる。チャンブレは苦笑しながらゼンに頭を上げるように言う。

「そんなにかしこまらないでください。あなたは恩人なのですから。それに私たちの国では貴族とはいえ、そこまでしなくても大丈夫ですので」

「……それに、そっちのほうがボクもいい……」

 小さい声でドノヴァーも同意する。ゼンが恐る恐る顔を上げてドノヴァーを見ると、コクンと小さくうなずいた。

「それじゃあ、えっと、僕はゼンです。北のロジニア共和国出身です。エキュペンド学園に行こうとしてたんだけど、君もそうなんだよね?」

「はい。ドノヴァー様も今年からエキュペンド学園で学ぶことになりまして、そこに向かう途中で盗賊たちに襲われたのです」

「でも、かなり遠いですよね? どうして馬車で?」

 エキュペンド学園は大陸東部に浮かぶ島国にある。大陸西部のソイエ国から馬車で旅するとなると、一年ほどかかってもおかしくない。

「途中までは飛空船で来たんだけど……」

「飛空船!」

 ゼンは思わず叫んでしまう。前のめりにドノヴァーへ顔を近づけると、怯えたように背を反らして逃げる。

「いいなあ。一度は乗ってみたいんだよねえ」

 飛空船はつい最近に開発された、空飛ぶ乗り物だ。それまで乗り物といえば馬車か歯車機構車という地面を走るものしか無かった。そのため空を飛ぶ飛空船が登場したとき世界に与えたインパクトはすごかった。

「う、うん。それで途中まではよかったんだけど、何かトラブルが起きて不時着することになったんだ……それが深刻な故障らしくって、部品も無いから飛ぶのは無理みたいで……」

「部品が届くまで一月ほどかかるみたいでして、仕方なく近くの町で馬車を購入、傭兵も護衛として雇いまして移動していたという顛末です」

「はー。なるほど、それは大変でした。しかも盗賊に襲われるなんて」

「そうです。その襲われたときなんですが、ゼン様はどうやってギア・ナイトを動けなくしたんですか? ギア・ナイトは着ていませんでしたよね。それが不思議で」

「これを使ったんです」

 横に置いたリュックからそれを取り出すと、チャンブレもドノヴァーも興味深そうに顔を近づける。

「これは、何ですか……」

 ゼンは鈍色に光る金属の塊を両手で持ちながら、なぜか嬉しそうな笑顔で言う。

「僕はこれを『ベア・クロー』と名付けました」

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