第2話
この国は冬が長い。風は冷たく雪は足首が埋まるほど積もっている。しかし空はよく晴れていて春が近いことを教えている。
「それじゃあ、行ってきます」
冬用のフードつき毛皮のコートを着たゼンは村のみんなに笑顔で手を振る。
「いってらっしゃい」「気をつけてな」「何かあったらすぐ帰ってくればいいからな」「おみやげよろしく」
両親だけでなく、村の老人や子供、ギア・ナイトを装着した村の警備隊の人までが見送りにきていた。母親は少し涙ぐみ、父親はその肩を抱いている。
「餞別だ。持っていけ」
歳の離れた兄が大きな袋をわたす。けっこうな重さだ。
「酒だ。おまえも十五だからな。成人の儀式で一緒に飲めないのが残念だ」
「兄さん……」
泣きそうになりながら集まった人たちを見回すと、横を向いたルーの姿が見えた。
「ルーさん……」
よし、と小さくうなずくとゼンはルーに向かって走り出す。驚いたルーが顔を向けると、ゼンは自分より頭ひとつは高い位置にある彼女の顔に向かってジャンプ。ちゅっと、微かに触れる程度のキスをした。
「な、な、な……」
ルーは真っ赤な顔で後ずさる。ゼンはというと、失敗したという顔。本当はもっとしっかりキスをするはずだったのだが、ルーの身長はそこらの男より高く、ゼンはかなり小柄だったせいだった。
「まあいいか。キスできたし」
ゼンはあっけにとられる皆を背後に、荷物を乗せたソリに飛び乗る。
「おじさん、行って。じゃあねー、みんなー、ルーさーん!」
トナカイに引かれたソリは山をどんどん下っていく。手を振るゼンの姿もすぐに見えなくなった。
「あ、あいつめ……帰ってきたら絶対ぶん殴ってやる!」
真っ赤な顔のままのルーの叫びが、雪山にこだまするのだった。
「ふう。やっとここまで来た」
ゼンは額の汗をぬぐう。故郷よりかなり南なので、同じ春でも気温がこんなに違うのかと感動する。地図を見て現在位置を確認。この林を抜ければ街道へ出る。
「もうちょっとだ」
ゼンはリュックの位置をなおし、車輪付カバンを転がしながら細い道を歩く。林の木はどれも背が高く、密集しているので昼でも薄暗い。道も細く土が踏み固められただけで、デコボコだらけの悪路。ゼンはこれを丸二日も歩いていた。
「やっと林の出口だーって……あれ?」
林を抜けて目に入ったのは広い街道と緑豊かな平野、そして大きな馬車とそれを守る傭兵たちと、それに襲いかかる盗賊たち。
「た、大変だー!」
ゼンは荷物をあさりはじめ、何かを取り出すと全速力で馬車へと走る。
「オラオラ! さっさと荷物を置いてきな! そうすりゃ命だけは助けてやるからよ」
盗賊たちはゲヒャゲヒャと下品な笑い声をあげる。人数は五人。全員が剣や斧の武器を持っている。
「くそっ! ここは安全な街道なんじゃなかったのかよ!」
「グチを言ってもしかたがない。しかし、どうする……」
馬車を守る傭兵たちは五人。盗賊と同じ人数だ。普通なら戦力は互角だが、盗賊のなかに一人だけ異様な姿をした男がいる。
それは鎧。傷だらけでいたる所がへこみ、泥や土まみれで汚らしい。それだけならただの汚い鎧だが、背中から左右三対六本の筒が突き出ていた。そこから白い煙を吐き出している。
「まさか、なぜ『ギア・ナイト』を盗賊が……」
ギア・ナイトはエーテルと歯車機構の融合した最高等技術。そこらの盗賊が持てるようなものではない。国家の軍や騎士団が管理するべきもの。もしギア・ナイトが盗まれ盗賊が手にしたのなら、草の根かきわけて一個師団投入してでも取り返すはずだ。
「早くしねえと全員ぶっ殺しちまうぞお?」
「ぬううう……」
「もういい。荷物はあきらめよう」
馬車の中から小太りの男が顔を出した。頭には白い布を巻いている。
「しかし……」
「相手がギア・ナイトでは普通の人間ではどうしようもない」
「わかりました……全員、武器を下ろせ」
傭兵たちは構えていた剣や槍を下ろす。それを見た盗賊は歪んだ笑顔になる。
「そうだ。これを着てる俺様に勝てるわけがねえんだよ! ゲヒャゲヒャ」
傭兵たちが悔しさに唇を噛みしめていると、馬車のかげから誰かが飛び出してきた。その人影は一直線にギア・ナイトを着た盗賊へ向かっていく。
「なんだあ!?」
盗賊はそれを避ける。飛び掛ってきた人間を確かめて目を見開く。それは小柄な少年、ゼンだった。
「何だお前?」
「……許せない」
「は?」
「ギア・ナイトをそんなことに使うなんて許せない!」
ゼンは生身でギア・ナイトを着た盗賊へ向かっていく。
「ガキが! ぶっ殺してやるよ!」
片手で大きな斧を軽々と持ち上げる。普通なら両手で持ち上げるのも難しいはずだ。
勢いよく頭上から斧がせまってくる。しかしゼンの目に恐怖の色は無い。横に飛んで斧を回避する。すぐに体勢を立て直し、盗賊の横を走りぬける。盗賊はゼンを追いかけるが、動きがぎこちない。
「遅い!」
背後に回ったゼンは背中へ飛びつく。
「へっ。何する気だ。こいつはどうやったって壊し……」
盗賊の背中からブシューと大きな音とともに、突然に青白く光る煙が勢いよく吹き出した。
「うおお!」
すると盗賊の着ていたギア・ナイトの動きが止まり、手も足も動かせないまま地面に倒れる。ズズンという音でギア・ナイトがかなりの重さだということがわかる。
「何をしやがった!」
「これで背中のエーテル供給管に穴を開けたんだよ」
ゼンは右手を見せる。それは鈍色に光る長い爪だった。長い爪を付けた金属製の手袋といったそれは、ゼンの体には不釣合いなほど大きい。五十センチはある五本の爪。細いパイプが血管のように複雑に絡み合い、関節部やすき間には大小の歯車がキチキチと蠢く。手の甲からは白い煙が細く出ている。
「もう大丈夫ですよ」
傭兵たちに声をかけると、呆けていた傭兵たちは我にかえったようで武器を構えた。親玉を倒されて浮き足立った盗賊たちは、かんたんに制圧された。
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