エーテル・ギア

山本アヒコ

第1話

 ガシャンガシャンと金属音が響く。

「フシュー」

 それは一匹の生き物が発する声。いや、それは声だったのだろうか。そしてこれは生き物なのだろうか?

 見た目は巨大な芋虫。大人二人分の体長がある。それだけでも異様なのだが、何よりおかしいのは何本もある金属製の肢だ。鈍色に光る何本ものシャフトと大小いくつもの歯車で作られた肢が生えたこれは、生き物の範疇を超えていた。

「フシュー」

 芋虫らしきモノは、山のなかを移動する。どうやら明確な目的地があるようで真っ直ぐ向かっている。ごつごつとした岩が目立つ山を、金属でできた肢は高低差をものともせず進んでいく。

 斜面を登りきり少し開けた平地に出ると、芋虫は動きを止めた。周囲を観察しているのか頭を左右に動かしている。すると何かが芋虫へと飛んできた。

「シュイイイイイ」

 一本の矢が芋虫の頭へ突き刺さっていた。異形の芋虫も痛覚があるのか身をよじらせている。

「うおおおおおお!」

 木の陰から声とともに人が飛び出した。その手には身長よりも長く、幅も体より大きい巨大な剣を持っている。

「せいっ!」

 振り下ろした剣は芋虫を軽々叩き割り、勢いあまって地面に深々と突き刺さった。

「よっと」

 地面に埋まってしまった剣を、片手で軽々と持ち上げて肩に担ぐ。普通の人間なら絶対に無理な光景だ。

「やっぱり芋虫は弱いなあ」

「フシュー!」

 突然芋虫が猛スピードで走ってきた。一匹だけではなかったようだ。不意を突かれ、剣を構えようとしたとき、矢が飛んできて芋虫へ刺さった。その隙を逃さず、剣を振り下ろし芋虫を叩きつぶす。

「油断大敵ですよ姉さん」

 後ろからもう一人の人間が現れる。手にはボウガンを持ち背中には巨大な剣を背負っていた。

 姉さんと呼ばれた人物はその男へ歩み寄ると拳を頭へ振り下ろす。ガンッという、鉄でできたナベとナベを思いっきり叩きつけたような音がした。

「いってぇー! 姉さんなにするんすか。首がもげちまうでしょ」

「うるせえ。もう一発殴られたいか?」

 金属で覆われた腕を振り上げると、男は悲鳴をあげて金属で覆われた頭を手でかばう。

 だが振り上げられた拳は男の頭に落ちることはなく、怪訝そうに男が手でかばうのをやめると姉さんが剣を構えていた。

「ひえええええ! 殺さないでくだせえ!」

「違う。囲まれてるぞ」

「え?」

 すると木の間から、周囲を囲むように巨大芋虫たちが出てきた。数は十匹。

「おおう。大量ですねえ」

「ああん? この程度、芋虫だったら五十匹ぐらいいないと歯ごたえ無いぜ」

「そんなの姉さんだけでしょ……」

 男はボウガンを捨てて背中の巨大剣を構える。するとプシューという音とともに白い煙が背中から吹き出す。さらに金属で覆われた全身からも湯気が立つ。

「おいおい。張り切りすぎてオーバーヒートするなよ」

「姉さんこそ、動きが遅いからってあの肢につかまったらひとたまりもないんすからね」

 男と同じように全身を金属で覆われた女からも湯気がたつ。それはまるで彼女の闘気が目に見えているかのようだった。

「お前、あたしを誰だと思ってんだよっ!」

 女は地面が爆発したかのような速度で飛び出すと、目の前にいた芋虫を唐竹割りにする。さらにそのまま体ごと剣を一回転。もう一匹を横にスライス。ただ剣の厚みがありすぎるため、切るというより吹き飛ばしたような状態になり、芋虫の肉片や体液が周囲に飛び散る。

「うあああ、姉さん! 顔に汁が! きったねええ……」

「うっせえ。これ殺った数が少ないほうが晩飯おごりな」

「ええええええええ、そんなあ……」

 男は情けない声を出しながらも、剣を構えて芋虫たちへ突撃する。

 芋虫の肢と同じような鈍色の鎧を着た二人の騎士は、その重さをものともせず巨大な剣で芋虫たちを次々と切り飛ばしていった。戦闘はものの五分程度で終わった。

「ふいいい。おわったあ……」

「おい。ちゃんと肢を集めておけよ。それと晩飯おごりだからな」

「姉さん、いつものことだけど鬼だ……」


 店の扉を開けると中はエーテルランプの青白い光と、酒と料理とひしめき合う男たちの喧騒でうるさいほどだった。そんなのはここでは日常なので人の間をすいすい進み、ちょうど空いていた二人用のテーブルへ座る。

「おーい、ウォッカと肉料理を適当に三皿。あとパンとスープ!」

「とほほ。何で俺がおごることに……」

 しょぼんと俯いている男の頭を、女は拳で殴る。威力が強く、男の額がテーブルに勢いよく叩きつけられた。

「痛いっすよ姉さん!」

「うるせえ。男がグチグチ言うな。気持ち悪りい」

「ひでえ! 鬼!」

 もう一度殴ろうかと拳を振りかぶり、男が頭を抱えたとき料理が届いた。

「お待ちどうさま! ウォッカとパンとスープと肉煮込み。あと二皿の肉料理はちょっと待ってね」

「よう、ゼン」

「こんばんは、ルーさん。それとトッツさん」

「おおう、ありがとう! ゼンは救いの天使だ!」

 トッツが涙ながらに感謝すると、ゼンは良くわからないので首をかしげる。ルーは無言でトッツの頭を殴る。

「痛てえ!」

「悪いな。こいつさっき芋虫の群れにビビっちまってさ」

「え? でも芋虫ぐらいなら五十匹ぐらいいても二人なら大丈夫でしょ?」

「こいつ、いまだにビビリ癖が抜けなくてな」

 そうなんですかという問うようにゼンがトッツを見ると、彼は何か言おうとしたがルーの眼光に怯えて黙ってしまう。どうしたのかとゼンが首をかしげると、厨房からゼンを呼ぶ声がした。

「あ、すいません。僕いかなくちゃ」

「いいって。早くいきな」

 ゼンはぺこりと頭を下げると厨房へ走っていった。

「いやあ。いい子ですねえ」

「いい子って歳じゃないだろ。もうすぐ十五になるんだし」

「そうですけど、まだ顔が幼いし身長も高くないですからねえ」

 この国では十五で成人となる。基礎教育は十四で終わり、十五からは親の仕事を手伝ったり、どこかの職人へ弟子入りしたりして仕事を持つようになる。

「もうすぐ出て行っちゃうんすねえ、ここから……」

「いいことじゃねえか」

「本当にそう思ってますか? もしかしたら一生こっちへ帰ってこないかもしれないんですよ?」

 ルーは無言でウォッカを飲む。

 ゼンはこの国では珍しく仕事をするのではなく、進学するのだ。しかも外国へ。

「さみしくなっちゃいますね。せめて国内にゼンが行ける学校があれば」

 この国、ロジニア共和国では基礎教育以上の学校が無い。正確には庶民が行ける高等教育学校が無いのだ。

 ロジニア共和国は貴族社会で、何事も血筋と家柄がものを言う。さらには高等教育学校に通えるのはある程度の名家の子供だけなのだ。そのせいでゼンは遠く離れた国の学校へ行くしかなかった。

「しかたないだろう……」

「まあねえ……しかし、ゼンは姉さんにとっても弟みたいなものでしょ? 辛くなんですか?」

「ああん? そんなわけねえだろ。男の門出だ。喜びこそするが、辛いとかバカ言うな」

 そう言いながらルーは木杯のウォッカを一気に飲む。

「でも、最近の姉さんイライラしてません? 酒の量も多くなってるし」

「そんなことねえよ……」

「でも姉さんがここへ来たのが五年前でしたっけ? あのときからの付き合いなんだから、ちょっとは寂しいんじゃないすか?」

 ルーは思い出す。この村へやってきたときのことを。

 ルーはこの国の人間ではない。ロジニアの南にある国で傭兵をしていた。それなりに名の通った傭兵だったが、女性ということで嘲笑や差別の対象になった。そしてあるとき雇われた軍の貴族に愛人になれと脅され、傭兵稼業に嫌気がして逃げたのだ。

 そして流れ着いたのがこの村の警護という仕事だった。やっていることは傭兵と同じようなものだが、闘う相手が人間ではなく歯車生物『ギア・モンスター』に変わった。しかし、ルーに対する反応は傭兵のときと変わらなかった。

 そもそもこの世界での主武装『ギア・ナイト』を使うのはほとんど男だ。名前の通りギア・ナイトは騎士たちが使う装備だった。普及するにつれて傭兵たちや庶民たちも使うようになったが、基本は自分の体に着る鎧なので、体力のある男が使うのが普通だった。それはゼンが住む村でもそうだった。

 ここでも差別されるのかと酒場でくだを巻いていたとき、ゼンが話しかけてきた。

「お姉ちゃん、ギア・ナイトなんでしょ?」

 最初は無視していたのだが、「女の人でも動かせるんだ。すごいねえ」と言われカッとなり怒鳴ってしまった。すると驚いた顔をしていたゼンは、だんだん顔を歪め大声で泣き始めた。

 あわてて何とか泣き止ませると、ルーを馬鹿にしたのではなく女性でも動かせるギア・ナイトがすごいという意味だったらしい。小さいころからギア・ナイトに興味があったらしく、ルーが自分のギア・ナイトを見るかと聞くと満面の笑顔になって何度もうなずいた。

 それから毎日のようにゼンはルーのところへギア・ナイトを見に来るようになった。整備のやり方をルーに教えてもらい、さらには技師たちからも技術を教えてもらい、数年後には村一番の歯車機構技師になっていた。

 ゼンと一緒に過ごすうちにルーのやさぐれていた気持ちは癒され、自然に村の人間たちとも交流するようになる。やがてルーはこの村を故郷のように感じるようになるのだった。

 ルーにとってゼンは弟でもあり、根無し草だったルーの恩人でもあるのだ。

「……ゼンはもうすぐいなくなっちまうんだねえ……」

「姉さん……」

 トッツはルーの杯にウォッカをなみなみと注いだ。

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