11話 伝統

理子は黎の方へと向き直る。


「藍梨さんは無駄な伝統が苦手なの。今回で言うなら、自己紹介を堅苦しくしてるところだね〜。自己紹介は個性に溢れていなければならないってのが藍梨さんの考えなんだよ……」


理子は相当呆れ気味であるらしい。

肩を重力に任せてガくンと落としている。


そこへ追撃するように、藍梨の声が聞こえた。


「当たり前だろ、何が『国の治安を守るため』だ。心の底からそう思ってるやつは、そんなことは当たり前であるがゆえにわざわざ公言しないんだよ」


語気から、この世を嘆き悲しんでいるが如き怒りが、熱波のように伝わってくる。


黎は、その怒りの熱気に打ち震えながら、続く藍梨の言葉を受けた。


「もう一度だ、次は個性溢れる自己紹介をするんだ」


……何を言えばいいのだ。


再度自己紹介をするという指示を受け、黎の脳は混乱を極める。


個性溢れるとはいえ、やりすぎてしまっても悪い印象を与えるだけのように思う。

そうでありながら、個性がなければ先ほどの自己紹介と変わりない。

適切な水準の個性をどのように示せるかというのが、最大の至難なわけである。


黎は目を強く閉じ、自分の頭の裏を覗き込むかのようにして考えていった。

自らの特徴を一つ一つ言葉へ変換していく。


そして、溜め息混じりに返事をする。


「……いきます」

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