9話 和気

扉を開けると、何やら独特な笑い声が聞こえてくる。


「ハァ──ンッハァ!ハッハッハアァァァ!」


見ると、女性が腹を抱えて笑っていた。


「おい理子……またか。笑いすぎだぞお前」


藍梨はため息混じりに、呆れた顔を浮かべる。

だが、その女性はなおも笑い続けていた。


「こればっかりは仕方ないですよ〜!『河童、ついに発見か!?東京湾にて撮影に成功!』とか言って、あの子が東京湾なんて危険が多いところに行くわけないじゃないですか〜」


彼女の右手にはスマホがあった。

チラリと見えた画面には、都市伝説掲示板などと書いてある。


また、左手は、机を叩いたり腹を押さえたりなどと忙しない。


彼女が身体を揺らすたび、ポニーテールに束ねられた髪もまた大きく左右に揺れる。


……本物の馬が高揚してしっぽを振るのと、同じなのだろうか。


「いや……河童が心配症の綺麗好きなのは知ってるが、そこまで笑うことじゃないだろ…………」


そのとき、隣に座っていた、長髪でメガネをかけた男が、額を撫でながら口を開いた。

切れ長の目で、鼻は高く、少しひねくれた雰囲気のする男である。


「そうだぞ理子。オカルト研究家だけでなく、河童までもがかわいそうだろ。アイツはビビりなだけで、笑う要素はどこにもないぞ」


近くに立っていた藍梨もまた、理子をとがめる。


『ビビリ』と言われるのが河童にとって最もかわいそうなことでは、と黎は思ったが、そっと胸の内へしまうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る