2章 ようこそ

7話 黎 Ⅰ

──淀み続ける悲愴ひそうがあった。


モノクロームの思い出は、深く烙印らくいんのように克明こくめいである。


アレは黎が十八歳……すなわち、黎が超常特殊捜査課を訪れるおよそ四年前の、高校三年生の冬……二月下旬頃であった。

黎は第一志望としていた私立大学に合格し、全身で背負っていた苦難から解き放たれていた。


そんな中、通っていた高校に用があったため、少し長めに外出していた日のことである。

とはいえ、夜のまだ浅い時間帯であった。


普段と変わったことはない。

日々の如く、夕飯が何であるかの憶測をしながら家路を歩いていた。


だが……家を前にして、ふと違和感を覚える。

いつもなら窓から漏れ出ているはずの灯りが、微塵みじんも存在しないのであった。


このようなことは、帰りが夜の深くなったとき以外には、今までに一度たりともない。


黎はいぶかしんだ。

しかし……何事かの事情があるのだろうと推し量り、普段のように、全身を極限まで広げて待ち構えている、玄関の扉へ向かう。

鍵を回し、その扉を開ける。


……ところが。

そのとき、黎は何事かの事情というものが、穏やかならざるものであると知るのであった。


そこに広がる、何か生臭い空気が黎を取り巻く。

鉄や魚みたようだと思う。


……黎は、まさかの絶望を想定せざるを得なかった。

その臭いから導き出される結論を認めたくはなかった。

このまま足を前に出そうとはしたくなかった。


……であるが、真実が如何なるものかを知らねばならぬとも分かっている。

無意識のうちに、確認しなければならぬと知っている。


そうして、恐る恐る、進んでいくのであった。


玄関の扉の鍵を閉めたか、靴を脱いだかさえ気にかけることもなく。

つまり、その間には、もはや一切の冷静さも介在していないのであった。


思考は絶望を反芻はんすうするばかりであった。


意識さえ放棄するが如く、無意識的に家族だけを求めている。


……さほど歩くこともなく、求めていたものは見つかった。


だが、求めていない状態で…………、考えてすらいなかった形で…………。


すなわち、そこには胸に巨大な穴を穿うがたれた両親と、いたるところに飛び散った真紅……そして、極めて透明に近い水溜まりがあったのである。

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