4話 藍梨

現れた女性を見て、たちまち黎はその姿から目を離すことができなくなった。


つまりは、意識の全てを吸い取られるほどの美貌だったのである。


それはまるで、高純度の精巧な氷像を目の当たりにしているようであった。


黒髪のロングヘアで、凛とした爽やかな顔立ちをしている。

キリリとした二重の目は、いっそう強く瀟洒しょうしゃとしている。

スタイルもまた抜群で、スーツに映える曲線が艶やかである。


そうした芸術にうろたえて、ほうけた感情を顔には出さないようにと努力はするのだが、黎の顔はほのかに薄紅色うすべにいろを帯びていた。


彼女は、それに構わず少しずつ近付いてきて、その影が、黎と重なるくらいのところで足を止める。


「申し訳ありません、課長」


そう言って、頭を下げた。

洗練極めた一礼いちれいであった。


私たちも先ほど来たところだよ……と茶楽。


言われて彼女は頭を上げる。

細氷さいひょうのごとくきらめく髪が、ふらりと降りるに同じくして、そのまま静かに告げる。


「ところで、この方が、貴方のおっしゃっていた期待の新人という認識でよろしいですか。そうであるなら、今から案内を変わろうかと思います」


そして、黎に目をやった。


その凜然とした双眸そうぼうで、黎は、視覚を刺される。

不可視で巨大な氷柱が、そこから降ってきたのだ。


だが、黎の血は灼熱しゃくねつを帯びている。


そのとき茶楽は、よろしく頼むよ、と言った。


女性は、黎へと歩み寄る。


すると、彼女は涼しく変化の無かったその表情を、融解するように、暖気をまとった豊かな笑顔へ変化させた。

かと言って、当初からの一貫した厳粛げんしゅくは保っている。


黎は、言葉を見つける努力をしていた。

その中で、女性は言う。


「初めまして。超常特殊捜査課の、時川ときかわ藍梨あいり、と言う。どうやら、こんな愉快な課に来てくれた珍しい新人君らしいじゃないか。以後、よろしく頼むよ」

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