3話 意志

茶楽は頭を下げた。


その姿は、澄みきって謙虚である。


「いえいえ……そんな、礼なんかしないでください……絹田課長。僕が、そうしたいと思っただけのことです」


黎は静止させようとして言った。


すると、思いがけず、湧き上がる意志がひとりでに言葉を紡いでいく。


「たしかに、僕は怪異によって大事なものを失いました。だからこそ、僕は怪異による被害を少なくしたいのです。それに尽力できるのなら、それ以上に嬉しいことはありません」


黎の過去において、怪異は心の奥深くに突き刺さるものであった。

惨憺さんたんたる家族の姿を彫り穿うがつ、いびつな釘であった。


霊感は昔から備わっており、警察になりたいという夢も幼少期からのものであったが、怪異への恐怖、そして滅却めっきゃくの意志は、このときからのものである。


「こんな課があると聞いて、驚きましたよ。そのときに、こういう仕事をしたかったのに、なぜか……当時の恐怖から躊躇ちゅうちょしてしまう自分がいたのです。でも、逃げてはいけないと感じて、あの事件の真相も解明できればと思って……この課に所属することを志願しました」


黎は、そう述べることによって、自らの輪郭がクッキリと感じられた。

手を強く握りしめて、その妙に明確な自分を保ち続ける。


「改めて、よろしくお願いします」


そして、そう言った。


不思議と清々しくなって、輪郭の明確さとともに、口角も明朗めいろうなように結ばれる。


やがて…………ゆっくりと、茶楽は頭を上げた。

柔らかな笑顔を残したまま、物思うような調子で言う。


「君は強いねぇ。私は、君のように若いときは、そこまで強い意思など持っていなかったよ。羨ましいねぇ」


茶楽は、掴むように虚空を見上げた。

そして、そよ風がひとつ横切ると、顔を黎に向け直す。


「安心したよ。仕事も頼れそうだ」


茶楽は、安堵に一息吐いた。


「とはいえ、最初は何事も大変だろう。心配することはない。上司の仕事を見て、それを手伝い、共に行動するだけでいい」


そう言って、今までとは少し違う微笑ほほえみを見せた。


黎は、分かりました、と意気を込めて話す。


茶楽は二度ほど、軽くうなずいた。

そして、腕時計を見た。

時計の針は、西に短く、南に長く、それぞれ指し示している。


「もうそろそろ、ここに君の、その上司くんが来るはずなんだが」


…………と言ったところで、背後から涼やかな声がかけられた。


「お待たせしました」

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