2話 職場

無機質で格式の感に満ちた建物の中を、カッカと靴音を鳴らして歩く。


中に入ったとたん、再び緊張が増してきて、黎には朝からの出来事が夢であったかのように思われた。


彼と大差ないはずの茶楽の背中がやけに大きく感じる。


心が限りなく矮小わいしょうになる。


視界がせばまる。


……そうした中で、茶楽は振り向いて、黎に対して温かい笑みをつくりながら言った。


「君がこの課に来てくれるのを楽しみにしていたんだよ。初見でも、君は霊感が異常なほどに強いと分かった。私が君の面接官になれてよかった。私自身が面接でもしないと、『ウチ』みたいな胡散臭いところ来るやつはいないし、霊感の強弱を見分けることができないからね」


緊張に埋め尽くされた身体からだであったが、不思議なことに、思考を司る部分の脳味噌だけは安静に活動していた。

黎は視線を上に向け、記憶の中に納められた面接の場面を出す。


──ちまたの怪異を噂の状態に保つ。


その仕事の概要を聞いて、並々ならぬ不安を感じたものであった。

具体的な仕事はどんなものなのか、それは危険ではないのか……などである。


考えれば考えるほどに、不安が膨らむのであった。


本来は、普通の警察官へという思いだけで面接に向かったつもりだったのだが、幸か不幸か、茶楽に『超常ちょうじょう特殊とくしゅ捜査そうさ』なる職を勧められてしまったのである。


断るのも良かった。

だが、最終的に、黎は自分からこの仕事を志願したのだった。


「君がなぜ、この仕事を引き受けようとしてくれたか、私には分からない。だが、君の顔からは覚悟が感じられるよ。この仕事を志願する多くは、給料目当てか、浅からぬ因縁を持っているやつだ。だが、君に給料の話をした覚えはないね。そしたら君は後者なんだろう。君が本当に、怪異による被害を受けたことがあると言うのであれば、つらく、不安しかないはずだ」


茶楽は、哀愁に満ちた顔をしていた。

彼にもそのようなことがあったのだろうか。


黎は、自分の数少ない過去の、数少ない感情が、今の茶楽と重なったように感じる。

そうした負の経歴を想起すると、無意識に、黎も哀愁の顔になっていた。


……深呼吸をして、間を置いてから茶楽は続ける。


「ふつうの人は、幽霊や妖怪などの存在を曖昧あいまいにしか把握できていない。いるか、いないか……それさえもだ議論の種だ。それゆえ、この仕事は、それを確実なものとして知り、それに関わりをもつ私達にしかできない仕事だ。また、私達に危険が迫ったとき、助けてくれる者も私達くらいしかいないと言える。大いに危険な仕事なんだよ。それでもなお、この仕事を選んでくれたという勇気に、深く感謝する。本当に、ありがとう」

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