3-7 嫌な人
本の制作を頼んだことを孤児院のマリアに話すことにした。あくまでも本が楽しいからという理由で、孤児院へ寄付したいということでレインからマリアへ伝えた。
マリアは本というものが、高級品であるのは知っていて、その上で子どもたちの教育のために寄付をするということを知り感激していた。儚い印象であるマリアだが、子ども達の話になると、やわらかく、そして強さを見せる。守るべき人がいると人は強くなる。母も子どもを守り、領民を守るからとても強い。父も強いが、精神的は戦いがあったら母が勝ちそうだ。ただ父も幾多の戦場を生き抜いてきたのだから、そういうときなら強いのかもしれない。父親という立場の父の姿しか見ていないアリーシアは、父の本当の怖さなどしらない。最もあまり知りたくもないのだが。
「とてもいい提案に感謝しています。リリア姉さまが考えてくれたのでしょうか。」
「リリア姉さまとサン様から贈り物ということで。本はアリーシアがアポロに贈ったものからヒントをもらってね。これを子ども達にも贈りたいと考えたみたいよ。」
アリーシアは母には、自分が言い出したことは伏せてほしいと頼んだ。後々考えてみたら、子どもらしくなさすぎる行動が自分でも多くなってきたと自覚したし、目立ちたくないのだ。善意というものを押しつける感じがなんとなく違和感もある。アリーシアは字を読めるようになれば、という気持ちもあるけれど、あくまで自分がオタク話をしたいことが先なのだ。誰かと同じ話題で盛り上がって、妄想したり、笑ったりしたい。同じ世代の子どもと遊ぶ機会などないし、アポロから聞いた貴族の子どもの話を聞けば親しくなれる気がしない。もともと庶民の感覚だから、相手を変に持ち上げて、気を張ってみたり、自分をむやみに下ろしてへりくだった態度もめんどうだ。
大人になれば表面のつきあいだらけなのだから、子どものうちからそんな面倒な関係を作りたくない。
「アリーシアもこの案に協力してくれたのですか。ありがとうアリーシア。」
「マリアさん、わたしは本が楽しかったからみんなも楽しい気分になればと思っただけです。」
「そうですね、本のなかにはたくさんの知識だけでなく、たくさんの世界がありますから。」
「マリアさんもお気に入りの本があるの?」
「ええ、本も読みましたが姉たちから聞いた話はとっても楽しいものばかりでした。家には姉たちが読んでいた古い本がたくさんあるのですが、本を読んでいるだけで楽しいことも、悲しいことも、いろんな感情を勉強できました。」
「わかる!ドキドキ甘酸っぱい恋愛とか、かっこいい王子さまのお話とか好きだったな」
レインが楽しそうに振り返るように話をする。
「レインちゃんもお気に入りの物語があったの?」
「あるある、わたしが特にお気に入りなのは女の子が不思議の国へ行ってしまうお話。主人公はアリーシアという女の子なんだ。」
「アリーシア!?わたしと同じ名前。」
「確か前にリリア姉さんが本を持っていたから、きっとアリーシアはその本から名付けられたのかもしれないね。」
「見たことがない。気になるわ。」
確かにアリーシアという名前は母がつけたと聞いた。そしてその由来が本の中にでてくるキャラクターの名前だということも。不思議な国へきてしまう女の子。まさにアリーシアも異世界に転生してしまい、二度目の人生を送っている。そういう意味で不思議な世界で生きている主人公みたいな感覚だ。
「リリア姉さまももともと勉強が好きな人だから、本を読むのも好きだったみたい。というか結構うちの兄弟は本読んでいるよね。」
「そうですね。父が本を集めるのが好きな人だからでしょう。本はたくさんありました。本を集めるのが趣味みたいなところがあって。」
「そうそう、だから家にはお金がないのよね。すぐ貴重な本買ってしまうから。」
「お母様の苦労を考えないから、困った父です。」
「私はお父さん好きだけどな、困った人ではあるけれど面白いし。」
「すぐそうやってレインは父の肩をもつから父が反省しないのです。」
「えー、お父さんは誰の言うことも聞かないでしょう。」
今話題に出ているのはアリーシアの祖父母のことだろうか。アリーシアは母方の祖父母には会ったことがない。隣国に住んでいるから会うことがない。それに経済的はこともあるだろう。手紙などは来たことがあるがどういう人か知らないのだ。アリーシアはおとなしく2人の会話を聞きながら、マリアがいれてくれたお茶を飲む。
しかしその会話を遮るように扉がバタンと開いた。そこに立っていたのは、男の人だった。すぐに気がついたマリアが目を開き。男の人の近くへ寄る。
「扉を開けるときは静かに。子どもたちがびっくりしてしまいます。」
男の人はマリアと同じくくらいの背丈だ。マリアは女性にしては大きい方なので、男の人は少し背が低いという程度だ。前髪で顔が隠れていてよく見えない。ただ着ている服を見る限り、平民であり、扉を開けた所作から見るとこの施設の人だったのかもしれない。この場所に慣れている様子だ。
「はいはい、相変わらずうるさいな。」
「まずはご挨拶でしょう。レイン、アリーシアごめんなさいね。」
粗野な振る舞いに怒っているマリアは、挨拶をしっかりしなさいと男の人に注意をする。体つきや声の様子からするとテトと同じくらい、15歳から16歳くらいといった様子だ。
「あんたら貴族だろ?どうせ。かわいそうな孤児たちに恵んでやってる貴族様、すばらしいですねって言えばいいのですか?マリアさん。」
「ザッカス、あなたはなぜそういった言い方しかできないのですか?」
「貴族が嫌いだから。何度もいっているだろ。気持ちが悪い。」
「貴族が嫌いなのは知っています。ただ客人にむかっての振る舞いは、あなたが嫌う貴族以下の振る舞いということです。貴族ということではなく、初対面の人に挨拶をするのは当たり前です。」
「マリア様はいつも正論をおっしゃいます。こんにちは、男爵家のお嬢様方。」
マリアは辛辣な物言いにも全く動じることがない。慣れているといった毅然とした態度であり、やはり孤児院をまとめる責任者としての風格だ。
アリーシアはここまであからさまに貴族を嫌う人を見たことがなかった。悪意のある物言い、好意的ではない視線。すべてが初めてのことだった。レインは多少困惑した様子だったが、マリアの様子をみて悪意はあるが攻撃などはしてこないと踏んだのだろう。警戒をする空気を緩めた。レインもさすがである。
「こんにちは、ザッカスというのね。わたしはレイン、マリア姉さまの妹です。」
レインのコミュニケーション力はもともと高いのは知っていたが、臆(オク)することなくザッカスに近づいた。さすがに悪意をありありと向けたのに、おびえていないレインに面を食らったようだ。少し沈黙を続けた。それからザッカスは小さく口元に笑みを浮かべた。
「マリアの妹?マリアよりは話がわかりそうなやつだな。そのちびっ子は?レインさんの妹?」
ザッカスはマリアのことは呼び捨てだが、レインを一目おいたらしく「さん」づけをした。ちびっこといえばアリーシアは自分のことだと気がついた。
「こ、こんにちは。アリーシアです。」
「聞こえないな?」
「アリーシア、です。」
威圧感のある言い方に、びっくりしてしまったアリーシアは声が小さくなってしまった。こんな乱暴な言い方する人など初めてだ。確かに乱暴な言葉遣いをした人がいても、こんなに怖いことはなかった。どうにか声をしぼりだす。ただ相手をしっかり見つめなければ、かえって怖がっているのを悟られてしまうと思った。
前髪でザッカスの瞳はわからないが、ちびっ子なりに気を張ったのがわかったのだろう。何もいうことなく、ずかずかと奥に移動しソファに勝手に腰をおろしてしまう。
「ザッカス………。あなたという人は。ごめんなさいね、アリーシア。」
勝手な振る舞いに怒りながらアリーシアに謝るマリア。アリーシアは首を横に振る。
「マリア、知り合いに本頼んだやついる?」
「ザッカス、お行儀が悪いです。」
マリアはソファにだらしなく座るザッカスにお説教をする。マリアとザッカスは実年齢は5歳ほどしかかわらないだろう。マリアがかなり年上に見えてしまう。
「本ってもしかして孤児院に寄付の件?」
勘のレインが唐突に言い出した。どういうことだろう。
「ああ、レインさんさすがだ。知り合いにここに本を寄付するってんで、仕事を請け負った話を聞いたから。それが本当か聞きにきたってわけだ。」
「それは本当だけれど、侯爵様からの贈り物としてね。」
「侯爵様っていうと、野獣のサン様だろう?サンパウロの本作って贈るってどういうつもりなんだか。」
「どうって。この国では古いおとぎ話みたいなものでしょう。」
「自分の先祖の話を子ども聞かせるって?何かあるのか?」
「特には。サン様はそういう意味の深いことはしないでしょう。」
アリーシアは大きな衝撃を受けた。確かによかれと思ったことだけが、聞く人が聞けば自分のご先祖さまのお話の本を作って贈るなんて、何か悪いことをすると思われたのかもしれない。アリーシアには野望はあるが、ただ単に楽しみたいという気持ちだけだった。
ただ世の中にはそれをよく思わない人がいることを知った。やはり自分は子どもだった。アリーシアは急に恥ずかしくなってきた。自分の行いが急に悪いことに思えてきたのだ。
「ふーん。まあ、あのサン様はそういうのは苦手そうだから深い意味はないんだろうな。ただらしくないから、変なことに巻き込まれてなければいいんだが。」
「ザッカス、心配してくれたのですか?ありがとう。」
マリアはレインとザッカスのやりとりを聞きながら、言葉を選んでいた。しかしザッカスの行動が、孤児院を思ってのことだとわかれば優しくお礼を言う。
「別に。まあ、妹分や弟分に手を出されるのは気分がものでもない。自分の縄張りでもある。」
「大丈夫です。サン様やリリア姉さまが子どもたちに危害を加えることはありません。」
「どうだか。貴族は信用できない。」
「ザッカス………」
「じゃあ、俺は行くわ。」
嵐のようにきて過ぎ去っていったザッカス。彼の身のこなしはとても早い。そして頭もきれる人のようだ。アリーシアは彼がいなくなって、ほっとして気持ちになった。やはり悪意をもたれると怖い。それにほっとしたら、ザッカスという人がとても嫌な人に感じた。アリーシアにとって、公爵の王子に次いで嫌なやつに決定しそうだ。
そのあとマリアはレインとアリーシアに謝るが、レインは全く気にしていなかった。アリーシアもマリアが悪いわけではないし、怒っているわけでもない。ただなんとなく苦手な人に出会ってしまって、心の奥底にもやっとしたものが残った。
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