3-6 制作依頼
アポロが貴族とのつきあいを学ぶころ、アリーシアはレインに連れられて視察に同行する機会が少し増えた。アリーシアはレインにアポロに読んで聞かせている絵本を見せた。レインは初めはなんだろうと思い聞いていたが、それが子ども用の絵本で、文字を学ぶには最適ではないかということを提案するとびっくりしていた。アリーシアのような小さな子どもがそんなことを言い出すのも、確かに変かもしれない。
そんなことを気にするよりもだ。
文字が読めれば、何か身の助けになるなら良いことではないかと考えた。実際アポロは文字を絵本があることによって、何度も繰り返し読む訓練になった。自発的に文字を覚えることができるものになった。
この本はまだ一冊しかないが、それを何冊か頼んで、孤児院に贈ることができれば、もっと子ども達のやれることが多くなるかもしれないと考えた。
すぐに母に絵本を何冊か作るためにお金はないかと聞いてみる。母もびっくりしていたが、アリーシアの話を聞くと少し考えた。本を作ってもらうとなると、手間もかかるだろうし。お金も必要になるだろう。そこはアリーシアがピエールの息子のテトに、どうにかならないか聞いてみると話してみた。アリーシアの熱意に押され、母も任せてくれることになった。さらにアリーシアは母に頼んで、テトと話がしたいと頼んだ。
数日後、テトが屋敷に訪れた。今回はお客様としてお迎えするので、いつもは勝手口から入り、キッチン横の簡単な応対室で話もすることが多かったが、今回は母の仕事場の横の応接室で話をすることになった。
「今日はありがとう。」
「いえ、アリーシア様からお話があると伺い、何か本に不都合があるのかと思いまして。」
応接間に入るとソファから立ち上がり、テトが頭を下げる。どうぞ座ってと促すとアリーシアもソファに腰をかけた。それを見計らってメイドがお茶菓子とカップを置く。アリーシアは待ちきれず、テトを見上げながら笑顔を向けた。テトは何の用事かは多少聞いているものの、詳細は聞いていないらしく緊張した面持ちだ。
「絵本のことではあるのだけれど。テトに相談があって。」
「私ですか?はい、絵に関することなら。」
「はい、今度は絵本を複数。出来るならたくさん作ることはできないかと思って。」
「それはそれは………」
「もちろん、私が最初にお願いしたような本をそのままたくさん作ることは難しいと思っています。」
「ええ、率直に言いますと時間も資金面でも厳しいでしょう。」
「簡単なもので構いません。今回お願いしたいのは、絵本の改良したものを複数できないかと思って。」
「簡単な文章をつけたものですか?」
「ええ、アポロに試作品として渡した本です。」
「なるほど。」
「出来るかしら?」
「そうですね。いくつか案がありますが。ただどちらも越えなければならないハードルがあるでしょう。」
「いくつか。どういったこと?」
「まず一つは、すべて手作りにする場合。アリーシア様がある程度資金面で協力して頂くことになりますが、工房には見習いの画家や職人が複数います。」
「職人には頼むのは難しいけれど、………見習いの人に頼むということ?」
「そうです。一冊一冊別のものになりますが、一冊既に試作品を作っているので、それをもとに見習いの職人に頼むということになります。」
「それでも構わないわ。個性がある本がたくさんできそうで楽しそうね。」
「アリーシア様ならそうおっしゃってくださると思いました。ただそれには課題があります。」
「大人の事情かしら?」
「ええ、アリーシア様は賢くいらっしゃいます。その通りで見習いの職人はあくまで工房に属していますから、勝手に仕事を引き受けられないのです。」
「確かに。新人が勝手に仕事をするなってなるわね。」
「工房には縦社会ですから、上のいうことが絶対なんです。」
「そこを突破しないことには、仕事は難しいかもしれないわ。」
「その点はまだ実用的ではない案なのです。理解を得られなければならなく。」
「ピエールの工房の見習いの人を使ってしまってはお仕事に支障がでるものね。」
「父はその点は理解がありますが、ほかの工房から理解をされるのはまだまだ時間がかかるでしょう。」
「テト、ほかに考えはあるかしら?」
「もう一つは印刷という方法です。」
「印刷………。」
驚いたこの世界にも印刷することが可能なのだろうか。アリーシアは印刷された本をみたことがないのだ。
「隣国では用いられている方法です。東の貴族の地域でも一部見られている方法です。木の板を彫ってそれに一枚ずつインクを乗せて、紙に判子ように貼るのです。」
「ええ、聞いたことがあるわ。」
それは前世でも創作物には印刷は必須だったわけだし、アリーシアはテトには悟られていないがかなり興奮してきた。これは創作物を楽しめる方法を見つけたのではないだろうか。
「私が見たことがあるものだと。版画といって、一枚一枚の板を重ねることによって色を乗せられる方法を聞きました。」
「それは聞いたことがありません。」
テトは身を乗り出してアリーシアの話に食いついてきた。
「ええ、私も話しに聞いた程度なのですが。一枚の板に青い色を塗る、そうすると空ができあがるのです。重ねてもう一枚の板には、板に絵を彫りそれに色をつける。何度も重ねていけば一枚の風景の絵ができあがるのです。」
「………それは斬新な発想です。東の地域ではその手法は聞いたことがありますが、実際には目にしたことがありません。」
アリーシアが言ったのは前世での浮絵の概念である。前世では休日に暇だったので浮絵展に行ったことがある。たまたま知り合いが日本画が好きだというので付き添った形だ。そこで簡単に浮絵の創作過程を見たことを思い出した。
「それだったら……。アリーシア様、早速創作の構想ができそうです。」
「アイディアが浮かんだのなら嬉しいわ。まだ試作も必要だと思います。資金はお母様からある程度ならと許可を頂きました。」
「アリーシア様、ありがとうございます。」
「私、テトの本のファンなのです。だからもっとたくさんの人に知って欲しい。良さをわかって欲しいなと思っていて。」
「やりがいのある仕事です。」
「では用意にお金もかかるでしょうから、お母様と話し合ってくれないかしら。私には難しい事だから。」
「はい。」
「私は午後からお稽古があるので失礼します。お茶菓子を食べていって。料理長が最近、城下街で人気のクッキーを真似した特製のものだから。きっと美味しいと思うわ。」
「ありがとうございます。」
テトは心なしか顔が赤くなっていた。やりがいのある仕事を前にして興奮しているといった様子であった。アリーシア自身、創作物はあくまで楽しむ側、消費する側なので作り手の気持ちはよくわからない。ただ創作物をつくる過程に関われるのは楽しいことだ。テトには少しお茶を飲む時間をとってもらい、母とバトンタッチすることになった。
母はまだ仕事中で応接間に来ないが、アリーシアは先に部屋を出て行った。これからお昼を食べてから、午後は歌のお稽古である。貴族の
「これは進歩だわ。サンパウロ様の本を印刷………。ということは、創作物を共有できるじゃないの!ああ、楽しみ。孤児院のみんなで読めば、サンパウロ様萌えがみんなと話せる!」
字を読み書きできて、さらに妄想も一緒にできるなんて、みんなハッピーじゃないかとアリーシアは思った。お母様には子ども達への本の寄付という名目で、資金をいただけたし。テトには創作物の依頼ということになった。誰も損をしていない。
「これが世にいう、ウィンウィンの関係ってやつね!私、案外いいこと思いつくわ。」
自画自賛しながらも自分が結果的にしたいことが叶うのだから、楽しいことである。
アリーシアは午後のお稽古もやる気になってきた。
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