2-11 木の上での出来事2

 アリーシアは木の上で、一人残され寂しさと悲しさで泣きたくなってままった。早く誰かが気がついて欲しいと思った。


「おい。」


 ふと声がした。もしかして誰か気がついて声をかけてくれたのだろうか。辺りを見回すと誰もいない。


「おい、金髪の。なんでここにいるんだ?」


 アリーシアは声のする方向へ顔を向ける。アリーシアのさらに上、そこに赤髪の少年がいた。アリーシアは驚いたが、同時に以前に起こった出来事を思い出し、途端に嫌な気持ちになった。声を聞かなかった振りをしようとしたが、この状況で完全無視というわけにもいかない。


「こんにちは。」


 一応、心は大人だと思っているので、大人の対応として挨拶だけはしてみた。赤髪の少年、エドワードはするすると降りてきてアリーシアの前に立ちふさがった。


「お前、登ってきたのか?」


 レディに対しての口の利き方というものがあるのではないかしら、といちいちムカムカしてしまうアリーシアも自分の幼さを感じた。


「はい。」

 

 用件は短く、あまり話したくない。


「へえ、侯爵令嬢様でも木に登るんだな。初めて見た。」


「趣味程度には。」


 嫌味なのだろうか。もしかしたら含みなど言葉にないのかもしれないが、こちらがエドワードに対していい感情をもっていないので出る言葉は自然と冷たくなる。


「で、さっきから動かないが。弟は降りていただろう。」


「木の上が好きなんです。」


 アリーシアとアポロの様子とみていたのだろうか。今までアリーシアが降りられなく、縮こまっているのも見ていたのだろうか。弱いところを見せたくなく、ツンツンした態度で接してしまう。

 さすがにアリーシアが好意的ではなくと言葉の様子からでも、エドワードは感じるらしく、むすっとした様子だ。ますます威圧感が増す。


 エドワードはまた背が高くなっていた。アポロまでは体格はよくないが、エドワードもそれなりに体格がいい。顔つきも前に見た時よりは、顔の丸みがとれてきていた。


「じゃあ、このまま侯爵令嬢さまは木の上にいるのか?」


 それは意地悪な質問だ。アリーシアの様子を見ていたら、きっと困っているのはわかるだろう。アリーシアは言いたくなかった。まだドレスのことも謝ってもらってない。それにアリーシアも殴ったことを謝らないととは思ったが、まずはエドワードに謝ってもらわないと謝りたくない。


 アリーシアは軽く睨み付けた。

 小さく舌打ちをするエドワード。さっとアリーシアに手を差し出す。

 アリーシアは首をかしげる。


「手、出せ。手伝ってやる。」


 まさかエドワードがそんなことを言ってくれるなんて思わなかった。少しためらったが、ここは意地になっている場合でもない。もしアリーシアがいなくて屋敷のものが騒いだから大変だろう。

 アリーシアも手を差し出した。


 エドワードはこの木に登り慣れているらしく、慣れた手つきで降りていく。先に降りていき、アリーシアがどこの手をついたらよいか、足をどこにかければいいかとアドバイスとくれる。うっかり足を滑らせそうになったときは、下から足を持ってくれるときもあった。


 こういうときにエドワードの逞しさを感じた。身軽であるし、凜々しい顔つきを見ると男の子なんだなと思った。


 降りるのに必死でアリーシアは、とにかく今は素直に従おうと思った。あっという間に地上に降りることができた。アリーシアは乱れた髪の毛や、汚れた衣服を整えた。

 そしてエドワードを見る。


 お礼を言おうと思ったとき、エドワードがアリーシアを見た。


「これで貸しはチャラだな。」


 アリーシアは何のことがわからなかった。

 もしかしてこれで、あのドレスのことはなしにしろということだろうか。しかしそれとこれとは違う。まずは謝罪だろうと、またいらついてきた。


「謝ってください。」


「何でだ?困っているのを助けた、それでいいだろう。」


「違います。」


「わがままなやつだな。」


 わがままなのはエドワードではないだろうか。


「今回のことは、助かりました。ありがとう。ではこれで失礼します。」


 エドワードはどこまでも偉そうだ。アリーシアはもっとお礼の気持ちを伝えるつもりだったが、そんな気持ち吹っ飛んで行ってしまった。さっさと形ばかりの挨拶だけをして、その場を立ち去ろうとした。

 ぐいっと手を引かれた。エドワードがアリーシアの腕を掴んだのである。


「特別に友達になってやってもいい。」


「結構です。悪かったことを謝罪できない人とは、友達になりたくありません。」


 腕を振り払った。今度は服の袖は破れない。シンプルだが頑丈な服だから問題ない。エドワードはつれなくされ、さらに断られ顔をこわばらせた。助けた上、適当にお礼だけされ、さらに誘いを断るのが信じられないようだ。


「ああ、そうか。お前とは友達にならない。アリーシア嬢。」


「ええ、そうですね。エドワード様、ごきげんよう。」


 お互い顔をそっぽに向けて、ドシドシと地面を踏みしめるように屋敷の中へ向かった。

 なんでエドワードはあんな言い方をするのだろう。もっと素直に謝ってくれれば、アリーシアだってもっと素直に話ができるのかもしれないのに。なんでその気持ちがわからないのだろう。


「あんなやつ、知らない。」


 助けてもらったのは本当に助かった。勝手に人の家に忍び込むのはどうかとは思うが、でも今回はそれのおかげで助かった。ただエドワードとは友達にもなれない。

 またアリーシアは複雑な気分になって憂鬱な気分を数日感じるのだった。

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