2-12 別れと出会い1
中庭の花々が咲く頃、兄・アランが寄宿舎へ行った。
寄宿舎は貴族階級の子息が国中から集まり、その寄宿舎のある学校から国の機関へ配属される者が多い。剣や座学など様々なことを学び、演習などもあることから、都市部から離れた郊外に学校がある。そこで兄は屋敷がある中央都市部から、郊外へ移動することになる。
休日になればまた兄と会えることは可能であり、まったく会えないわけではない。ただ前世の意識が覚醒し、心細かったときに一番そばにいてくれたのは兄だった。兄のそばにいれば、怖いこともなく、この世界の意識と前世の意識が混ざっているときに安心をくれた人だ。今は前世の意識はあるものの、この世界での生き方も慣れてきて違和感はなくなってきた。だが心の支えが離れるのも怖かったし、誰を頼ればいいのかという不安もあった。
両親は相変わらず仕事で忙しいし、メイドや執事は優しいけれど、やはり雇われる側と雇う側では隔たりはある。
アリーシアは兄を見送る一週間前から、所在なくなってきた気がして兄にべったりだった。もう9歳になるのに、兄は急にべったりになったアリーシアにどうしたのかと尋ねた。
アリーシアは自分の気持ちなど言うことは出来ず、ましてその不安を口にしたところで騒ぎになることは目に見えていた。
前世だの言い出したら、兄は心配するだろうし、また寄宿舎へ行くことが出来なくなってしまうだろう。兄の夢を応援したい。
「特になにもありません。」
ただ不安で部屋で荷造りをする兄の姿を見ながら、アポロと遊んでいた。こうして3人で過ごす時間も少ないかもしれない。兄が寄宿舎に行って最短で3年、長くて6年勉学に励む。それから王宮へ出仕するかもしれないし、父のもとに戻り本格的に家の仕事を手伝うかもしれない。
3年後はアリーシアは12歳になる。まだまだ子どもだ。もっと侯爵家の生まれとして学ぶことは多くあるだろうし、これからアポロが大きくなるときに兄の存在が近くにいればもっと心強いだろう。
「アポロ、君にいいものをあげる。」
「兄さま、何?」
部屋の本棚を整理していた兄が本を片手に、そばで転げ回っていたアポロに振り返る。アポロは何かもらえると思って、兄に喜んで近づいていく。
「はい、この本。」
「えー、むずかしい本?」
「いや、これは父からもらった本なんだ。世界に数冊しかない貴重な本。」
「そうなの?でもむずかしい本は読みたくない。」
「開いてごらん。剣の使い方がのっているから。」
「え、剣?!」
最近アポロはサンパウロ様ごっこと称して、父からもらった木刀をよく振り回している。アリーシアもそれにつきあうことがあるが、アポロの剣を受けているだけで腕が痛くなる。アリーシアも嗜み程度には剣を習うことはある。しかし護身術程度であり、戦うためではなく時間稼ぎという程度のものだ。アポロの一太刀がとても重く、たまに受けている木刀が折れてしまうこともあった。
「これ、むずかしいけど絵が描いてある。」
「そう、これは400年前の剣の使い方がのっている。剣の構えの形は古いものも多いけれど、参考になるよ。この構えは父が使っているけれど、万人受けはしない。でもおじいさまも使っていた。」
「サンパウロ様も使っていた?」
「わからない。でも外にはこの方法は出ていないだろうから、ご先祖様の遺産だと思う。」
「なんか、かっこいい!」
兄ももちろん剣は扱える。その強さのほどがどのくらいなのかわからない。ただアポロと打ち合っているのを見れば、それなりの使い手なのだとは思う。
「僕は体格がそれほど大きいわけではないから、こういった技が参考にはならなかったけれど。おじいさまやお父様に近い体格のアポロなら、習得もしやすいと思う。」
「でもむずかしい文字は読めない。」
「それはアリーシアに読んでもらって、二人で解読してみて。アリーシア頼んだよ。」
「は、はい。」
当然話を振られたアリーシアは慌てて頷いた。
「アポロ、これはお兄様との約束。いいかい?君は一番にアリーシアを守ること。お母様にはお父様がいる。お父様は屋敷の者を先導しなくてはならない。もし何かあったとき、君は一番にアリーシアを守るんだよ。」
「姉さまを?」
「そう、君がアリーシアの騎士になるんだ。」
「兄さまとの約束。」
「そう、王にサンパウロ様が誓ったように。侯爵の名に誓って。」
「わかった!よくわからないけど、姉さまを守る!」
なんだかアリーシアも急な展開に一瞬頭がついていかなかったが、じんわりと感動してしまった。兄がアリーシアの不安を感じていたのを察していてくれたこともある。そしてまだ小さいアポロがアリーシアを守ると言ってくれたのだ。たぶんアポロは意味なんて理解していないかもしれない。
でもアリーシアは勇気をもらえたのだ。やはりお兄様はすごい。
「アリーシアもだよ。君はこれから僕のかわりにお父様やお母様を支えてくれるかい?僕の留守を頼んだよ。」
「はい。」
兄に頼りにされているのが嬉しかった。まだ自分は小さくて、何ができるか不安でもあったが、アリーシアに頼むと任せてくれた。信頼されているということだ。
アリーシアはアポロを力を合わせて、兄の留守を守るという心の準備ができた。
それから兄に本を何冊か譲り受けて、数日ゆっくりした時間を過ごした。やはり兄が馬車で行ってしまうときは、涙が出そうになった。でも横にいたアポロの顔がいつもよりしっかりした顔つきに見え、自分もしっかりしようと心を奮い立たせた。
新しい季節が巡り、アリーシアにも出会いがあった。
屋敷を歩いていると見慣れない顔があったのだ。よく見ると以前見た顔だった。彼はサンパウロ様の絵本を描いてくれた、ピエールの息子だ。アリーシアはお礼を言おうと思い、足を踏み出した。
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