1-4 生活の始まり
前世の記憶(次第にアリーシアの記憶が戻ってきたことから、前世の意識が覚醒したと推測する)が戻っても、実際何かが変化したということはなかった。6歳児では大きな変革をもつわけでもないし、外に行くわけでもないし、平穏な生活だった。まだ病み上がりであるから、十分に静養をするように当家帰属の主治医が念をおしていたのもあった。
主治医はとても優しい女医さんであり、私の兄、私、そして生まれるであろう兄弟の出産も立ち会うようだ。実は父もこの女医さんが取り上げたという。産婆さんではなく、国で認可された正式な女医さんらしい。この国は女性でも女医として活躍できるらしい。まだ病み上がりもあって、多少話し方など変わっていても、それだけ高熱でうなされたのだからと女医さんはフォローしてくれる。
優しく実のおばあちゃんのようだ。話をしていくと、この女医さんは伯爵家の未亡人であり、代々医師の家系らしい。ただ今でも女性の医師が多いわけではないという。
女性の医師がこの世代にいるのには理由がある。60年前に起こった大きな戦に巻き込まれ、国々の男性が戦前へ行くことになった。幸いこの国は国土を囲うように渓谷があり、立ち入りは難しい。地理に利もあり、それに囲まれた土地は豊潤で作物の実りがいいらしい。国境を閉ざしても自給自足ができる国と言うことで、他国のことも含め戦には積極的に関わらない。ただ60年前の戦争が起こった場所は、長年の同盟国であり、この国が崇拝する使徒も多い大神殿がある場所だった。諸々の大人の事情で屈強な兵を送りこんだものの、思ったより戦争は長引き、国内は女性ばかりになってしまった。
そこで王は女性にも男性と同様の資格を受けさせる措置を考案したらしい。この時代にあっという間に、国に仕える職に女性がついた。特に医療、教育、さらには芸術、工芸など手先が求められるものは女性の力が投入された。
この女医、マリアンナは白い髪を後ろに一つに束ねて私の回診をしながら、子どもにわかりやすいようにゆっくり話してくれた。
「私は隣国から嫁いできたので、今平和な世があるのはうれしいです。」
神殿近くの居を構えていたらしいマリアンナは、戦中にこちらの国へ逃れてきた。マリアンナの家系も隣国で男爵家だったが、父親が医療の分野での研究者としての功績を認められて爵位をもらったのだという。もちろん家族は戦争にかり出され、父親は前線で医療班として活躍した。そのときの恩があって、伯爵家に嫁いだと語ってくれた。
実はこのマリアンナは、父と母のキューピット役もしたようだ。父は見た目もいかつく、腕などを見ると剣で受けたような傷が見受けられる。実は父はもともと三男坊だったのだ。兄が二人いて侯爵家を継ぐのは兄の出番だと思っていた。小さいことから騎士に憧れ、士官学校に入学。成人する前には正式に軍に入り、他国への遠征で功をあげていた。母と出会ったのも、大神殿近くのマリアンナの実家にちょうど遊びにいったのが切っ掛けだという。
母はもともとマリアンナの遠い親戚で、貧しい男爵の家の出身だった。兄弟が多く小さい頃は貴族らしい生活はなく、下の兄弟の面倒をよくみていて、忙しかったらしい。嫁ぐにも嫁ぎ先へ渡す大きな持参金がやはり必要で、姉や兄たちが一通り結婚すると実家のことも考えた。これ以上は負担はかけられないと考えたようだ。大神殿につかえる道を選ぼうと考えていた。生涯神に仕えることになるが、そこでならしたかった勉強もできるので、一石二鳥だと考えたようだ。神殿に仕えれば将来のことも心配がなくなるとそのときは見習いをしていた。
そのときに出会ってしまったのが、父であった。
父は母に一目惚れをして、さんざんつれなかったらしいが、執念で母の心を奪うことができた。
しかしそこで事態は一変する。兄が流行病で次々になくなったという。跡目には関係ないはずの父に侯爵の席がまわってきた。母と父は既に神殿で、婚姻の儀を済ませてしまっていた。見習いの身分だった母は、結婚はまだ可能であり、その時の縁で大神殿の司教様の前で神に婚姻を誓った。
一度神の前で誓ってしまったことをいまさら消すこともできない。まして司教様の立ち会いの婚儀である。父は母を溺愛していたので、別れるくらいならこのまま他国の傭兵になって家族を食わせるとまで言ったらしい。侯爵家の者たちは慌てふためいたが、それも母がどうにか貴族の位だし………ということで諦めの境地で折れた。しかしそれも一転。1年後に生まれた兄が、親戚一同を魅了した。祖父母も今では孫の中で一番兄をかわいがっているらしい。英雄サンパウロの末裔である父の家系はどちらかというと、線が太いりりしい体型の人が男女とも多い。その中、線が細く天使のような容姿の兄は目に入れても痛くないという。同じく私もその容姿を受け継ぎ、溺愛されているらしい。
確かに母はシンプルなドレスが多い中、私の衣装ダンスの服はふりふりのレースが多く、これは母の趣味なのだろうかと疑うものも多かった。ほとんどは祖父母の贈り物だという。
とってもおしゃべりが好きなマリアンナは、私がわからなくてもいいだろうと独り言のようにお話をしてくれた。物事がわかりやすくなったし、マリアンナの話し方は上手でとても面白かった。父や母のこと、親戚のことなど今置かれている自分の状態がわかった。
よくよく考えてみると、家は兄が継ぐし、両親も仲がいいし、家はお金持ちだし。
転生してラッキーだったかもと呑気に考え始めた。衣食住が困らないなんて恵まれている。
そういえば英雄・サンパウロのお話を聞いてなかった。
だけれどこれ以上話を聞くと、日が暮れてしまいそうだし、黙ったおくことにした。
「アリーシア様。随分お顔の色もよくなってきましたから、ゆっくりでいいのでお散歩もしてもよいでしょう。くれぐれも無理は禁物です。リリア様のお腹の中の赤ちゃんも、アリーシア様がお転婆をすると驚いてしまいますからね。」
「マリアンナ、わかった。」
こくっとうなずくと今日の診察は終わったが、実は重大なことに気がついた。とても暇なのである。
漫画もアニメもゲームもない世界。なんと暇なんだろう。外に遊ぶことも禁じられているし、部屋の中には何もない。人形は一応あるのだが、リアルでなんだか可愛いとは言えない人形だ。ただ寝ていることだけだが、これも一週間はたつと、時間をつぶすのに苦労し始めた。
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