1-3 回顧

 疲れたのを察してメイドを部屋に呼ぶと、兄もこれ以上は何も言わずそっと額にキスをして離れた。だ幼いながらも破壊力のある絵面に、顔が真っ赤になったのが自分でもわかった。しかし、内心とは別に兄は熱があがったのか心配そうな顔をする。曖昧にうなずくとそっと目を閉じて、事の始まりをゆっくり振り返ることにした。


 私がこの体で目覚めたのが先ほど。その前は違う体だった。いわゆる前世だと思うのだが、不思議なことに時間が過ぎるとこの体での意識を思い出してきた。


 アリーシアは侯爵家の長女であり、年齢は6歳である。兄はアランといって、侯爵家の跡継ぎとして勉学に励んでいる。この国は時代としては、私がいた世界ほどは発展していなさそうである。スマホやテレビなど電化製品の記憶らしきものは、この体の記憶としてはなかった。残留する気持ちから察するに、アリーシアは可愛い可愛いと家総出で育てられたお姫様の反抗期だったようだ。いきなり「お姉さん」になれと、周りから期待されて、わがままに振る舞っていたところもあるようだ。


 父親は母親似である娘に激甘らしいので、やることには何もいわないようだ。母がそんな娘を叱る役目らしいが、現在は妊娠中で悪阻があり体調がすぐれないようだ。兄も12歳という年をむかえちょうど家を離れ、寄宿舎のある学校へ通うことになっていた。手続きを済ませることも多く、家にいることが少なくなり、家族の目が自分にないことをアリーシアは不満があったようだ。


 この年齢の子どもならあるだろう振る舞いなので、自分で自分を可愛い~と老婆心で思ってしまうのは前世の記憶があるからであろうか。


 ふと、まぶたの裏で思い描いた記憶。前世の私が最後に見たのは、大通りから歩道へトラックが突っ込んでくるところだった。


 あれは、幼なじみの結婚式が終わり、それからすぐハワイからの新婚旅行から帰ってきて実家に呼ばれ幸せいっぱいの新婚さんからお土産を渡された。アロハシャツと定番のナッツの入ったチョコレートを握りしめて。二人の笑顔を見送った。それからなんとも言えない気分で、実家から一人暮らしの部屋に戻る最中だった。


 そのときはもう20年に及ぶ片思いが破れ、この先幼なじみたちとどう過ごしていくか悩んでいた部分もある。子どもができて、大きくなって。それでも自分はこの位置で見守らないといけないのか。

 新婚旅行から帰った夫婦は二人とも私の幼なじみ。5歳から育った幼なじみは、中学校で出会った私の親友と結婚した。しかも、結婚前夜に二人から聞かされたのはつきあった切っ掛けである。


 親友は幼なじみが好きだった。幼なじみは私を好きだったらしい。しかしそんな私は、相手が好きすぎて好きなんぞ言えなく、親友を応援してしまった。その時点で私は勝負に負けていたと思う。好きすぎて、距離が近かったからこそ言えなかった。そして親友のことも私は好きだったから、次第に「もう変な人に幼なじみを渡すくらいだったらいいや」と自棄になった。二人からは、感謝しているという言葉をもらったが、何も感じなかった。




 それから恋愛に関しては苦手になってしまい、行き場のない気持ちだけが残ってしまった。その部分を癒やしてくれたのは二次元であった。高校生からアルバイトもできたので、ゲームに漫画に果ては同人誌まで。幅広くオタクとして現実の恋愛に反応しなくなってしまった。忘れたらいいとか、新しい恋があるなんぞわかっていた。高校卒業してから、合コン・婚活などそれなりに藻掻いてみた。


 でも駄目だった。


 最初は嫉妬心がひどく、二人に関わることが嫌になってしまった。しかし年月を過ぎると二人の組み合わせがしっくりきて、後ろ暗い嫉妬心も慣れてきた。親友にそんな本心を言えなかった時点で、親友なのかとも思ってしまうが、それを抜きにすれば居心地がよい相手だったのだ。

 実家に帰れば幼なじみに会うので、実家には寄りつかなくなって数年がたち一人の生活も慣れてきた。

 一人の生活は思いの外慣れてしまえば楽で、仕事に没頭していて、休日は癒やしとしてオタク活動を謳歌しているうちに、新しい恋愛をするのが億劫になってしまった。



 ――――――というのは、実際のところは建前で。

 性根がオタクだったからそれ以外の時間をとられるのも嫌だったのだ。


 人間関係も疲れるし、一人でアニメを見ていれば楽だし、お腹が空いて給料が出たらちょっとおいしいレストランへも行ける。気ままなお一人様が自分にあっていたし、幼なじみのことはきっかけではあったけれど、あれがなければオタクになることもなかっただろうし前向きに人生を謳歌していた。

 恋愛を重視する人からみたら、もったいない!と言われると思う。25歳で恋愛に一生懸命にならなくて、結婚は?なんて言われなくもなかったが、実家に帰らなければ問題ない。


 そう思い返せば、もっとお金が稼げただろう30代をおくれなくて、そっちこそもったいなかったと思う。働いていてそれなりに生活も安定していたので、これからオフ会を開いたり、同人誌を作ったり。趣味ブログを作って情報交換したり。思い返せばやり残したことが多すぎた。気になる漫画の完結もみていないし、アニメだって新作は尽きないのでこれからいい作品との運命の出会いがあったかもしれない。

 好きな作家さんにファンレターをおくり、さらに大人買いでグッズを買いあさり、ライブへも行けただろう。そして気の合うオタク友達と聖地巡礼をしたり、一緒に女子トークをしたり、萌えキャラを語って妄想したり。仕事にも慣れてきて、これからという時期にもったいない!と悔しい気持ちになってきた。


 後悔は先におこらない。せっかく美形に生まれ変わったわけだから、恋愛も頑張れるのかもしれないが。


 私はオタク活動がしたかった。

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