1-2 兄と

 ドレスをきた金髪の貴婦人は、どうやら母親だったようだ。現在第三子を身ごもっているらしい。まだそれほど大きなお腹ではない。


 状況を振り返ると、優しい紳士の野獣(失礼な表現だったとあとで思うものの)は父であり侯爵の位を賜っているらしい。金髪の美少年然とした少年は兄、そしてドレスを着た百合の花に香りがするのが母親。兄はアランという。父の血筋はどこへいったのかというほど、兄と私の容姿は母親似である。顔色がまだよくないと母から手鏡を渡されたら、鏡にド金髪の美少女がいたのでびっくりした。目は深い青いであるが、母親が繊細でありながらもクールな美形であるのに対して、私は甘い顔だちをしている。ふわふわの砂糖菓子みたいだ。兄もどちらかというと系統は私よりで、将来は人ったらしになるだろうことが仕草からわかる。兄は私には度外視に甘いものの、しっかり怒ってくれる優しい兄であるようだ。


 母親がまだ不安定な体を気遣われて、父と一緒に私の寝室から退出したあとしっかり話をしてくれたのは兄だった。


「アリーシア、本当によかった。流行病にかかって、意識が混濁していてね。もう一週間寝込んでいたんだよ?覚えてるかい?」


 兄の言葉にまだ声を出すのをためらわれて、首を横に振る。


「そうだよね、君はちょっと後先考えないところがあったから。少し心配していたんだ。まさか夜に庭で隠れん坊をしていたなんて。下に新しい家族ができるから、不安がっているのは聞いたよ。だからお母様も気がついてあげられなかったと、とても自分を責めていてね。僕も君にちゃんとお話をしなかったと悪かったと思っているよ」


 夜に隠れん坊とは、プチ家出みたいな感覚なのであろうか。

 手鏡でみた感じだと、自分の年齢は5歳か6歳あたりだと思われる。軽く赤ちゃん返りでもしたのだろうか。確かにこの屋敷は広そうだし、隠れん坊はやったら楽しいとは思うけれど。それでどうやら風邪を引いて抵抗力が落ちたところに、流行病が重なって重篤状態になったらしい。


「アリーシア。君はお姉さんになるんだよ?もう赤ちゃんという年でもなく、立派なレディにならないと。お父様は基本的に、アリーシアには何も言わないだろうし、お母様も今が大変な時期だからね。僕も今回のことで、寄宿舎へ入るのはやめようと思うんだ。家でも勉強は十分にできるからね。だからこれからも僕に頼ってくれて大丈夫、寂しい思いをさせたね。」


 この家族は何でも熱烈なハグをするのが習慣なのだろうか。目の前に美少年の顔がせまってくると、体が小さい私なんて簡単に腕の中におさまってしまう。兄から香るのは淡いオレンジの香りだった。この年でこの香りを使うなんて、将来ひどくモテる人になるに違いないと不謹慎に思ってしまった。兄の言っていることは、最もだし、一方この体のお姫様の気持ちもわかる。いきなり可愛いがられてたお姫様にもっと下の可愛い子ができたらヤキモチをやきたくなるだろう。


 私も実は経験があった。意識が途切れる前―――――そう私の髪の毛が真っ黒で、もっと醤油顔で。そのときも兄弟ができることで不安だったときがあったのだ。そこで出会ったのが幼なじみだった。彼は隣の家に引っ越してきて、寂しさを紛らわせてくれた。そして私は彼を好きになってしまった。


 ふとそのときの甘酸っぱい気持ちだけでなく、そのあとの辛い片思い時代を思い出すと体がだるくなってきた。まだ病み上がりだからだろうか。兄がぎゅっと抱きしめてくれて、そっとベッドに横たわらせてくれた。


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