1-5 英雄の話

 ようやく当家専属の女医により、散歩だけならしてよいという許可を得てから昼間だけは屋敷の庭に出ることになった。

 屋敷を歩いて思ったのは、豪華な作りの屋敷の割にとても質素な生活だったことだ。使う部屋しか基本空けていない。調度品は出しておかなければ、悪くなるものもあるので、定期的に部屋干し程度に管理はしているらしい。お屋敷はとても古いものだが、使っている部屋は新しく改築しているらしく、自分が使う部屋などは壁紙などは新しかった。


 父は侯爵家代々の土地を納める傍ら、国王が住まう宮殿で勤めている内勤の兵士の指導や管理もしているらしい。父の住まう場所が比較的、王宮に近くそれだけ昔から当家が王家に信頼され重用されていることがわかった。


 その関係が伺われるのは、母が病床のアリーシアに告げた英雄サンパウロの伝説である。父の祖先は、現国王がこの地に建国して400年前からの側近であった。


 サンパウロは建国以来の忠臣であり、最も王が信頼していた友だったという。

 国王と英雄サンパウロは、乳兄弟だった。

 国王は辿れば神に近いといわれる、今はいない始祖の生き残りと言われた。


 400年前、青年サンパウロと王は荒れた耕地で貧困に苦しむ民を案じて決起した。

 まだ見ぬ土地をみて流浪の旅をした二人は、この渓谷に囲まれた地を発見した。

 そこへ領民を導くべく、サンパウロは四方手を尽くして仲間を募った。

 それが後の5貴族である。


 サンパウロを筆頭に、4人の仲間と国王。6人で領民を率いて安住の地を目指した。

 苦難の末、領民と国王そしてサンパウロは建国まで行き着いた。


というのが、この国の古い伝記らしい。これは我が家の語りぐさであり、何度も聞いても楽しい物語だった。


 サンパウロはまさに英雄であり、知略、武力、人望すべてにおいて優れていたようだ。しかし国王との美談も多く、これほど歴史がたっていればどこまでが本当かはわからない。


 ただ暇をもてあましていたアリーシアにとっては、妄想を膨らますにはとってもいいネタであった。キャラクター付けがそれほどないお話なので、サンパウロを美形にして王様も美形にして純粋に英雄物語でも楽しい。友情物語でもいいし、少し禁断な関係も見るようによっては楽しいだろう。


 自分の先祖につながる人に対して失礼だとはわかっていたが、妄想だし誰にも言わなければわからない。アリーシアは暇な時間は妄想に特化した時間で、とても充実することが出来てきた。屋敷から出歩けるようになると、この屋敷にサンパウロがいたかもしれないと思うとそれだけでワクワクしてきた。

 英雄の話は聞いたはずだが、英雄物語など興味の薄そうな妹が、急に楽しそうに何度も話をこう姿は兄からみたら不思議に思っただろう。


 この世界には本というものはあるのだが、やはり高価な物らしく宝物庫と同等に厳重に管理されている。子どもが読める程度の簡単な書物がなく、あっても聖書のようなもので難しい文体である。精神年齢が25歳のアリーシアでも、古文が羅列されている書物を読みたいとは思わなかった。


 兄からの英雄話はだから面白かった。兄はとても勉学に熱心なのか、サンパウロについてとても詳しかった。屋敷の窓は、サンパウロが指示して作った逸話も楽しかった。サンパウロは王家の忠実なる家臣であり、玄関から見える大きな窓からは常に王宮を見渡せるようになっている。警備の面もあり、さらにすぐ駆けつけられるように。さらに王家への忠義の表れであり、常に王宮に敬意を払って、朝から一番にそこの窓から掃除をするのは、我が家の習慣ということである。


 アリーシアはどんどんサンパウロ萌えしていくのがわかる。残念ながら姿絵は400年前なので、架空の肖像画ならある程度である。わからないからこそ妄想はかき立てられるものだ。


「女の子はあまり英雄のお話は好まないから、アリーシアが楽しく聞いてくれて僕もうれしいよ。」


 兄は英雄話をするときは無邪気な12歳の子どもになる。どうやら兄は典型的なお姫様気質の妹とは、こういった話はしなかったようであった。話題と言えば花の話や、ドレスの話、刺繍の話、お茶会の話。そういったことだったので、英雄としてバッサバッサ敵を倒す話を身を乗り出してきくアリーシアに思わず苦笑したこともあった。


 アリーシアは前世のオタク時代には少年漫画を好んで読んでいたし、もちろん恋愛物語も読んだし様々なジャンルを網羅していた。でもその中でも王道ファンタジーは大好物だった。


 アリーシアは、この時代にネットがあれば「サンパウロ様萌え」を誰かと妄想を共有できるのにと残念でたまらなかった。

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