全神経が逆立つ。


沸き立つ悪寒。鳥肌がまるで体内から吹き出るかのように、寒々とした悪寒に僕は全身を震わせた。



「くっ!!」



間髪入れずに。


風を切る、甲高い音が耳をかすめた。

その瞬間、鬼神の左腕がはじけて飛ぶ。


丸太のように太いその腕は、きれいな弧を描き、地面に落ちた。


黒々しく光るそれは、肉が腐ったように表面がとけ出す。

数秒後、その左腕は空気に浄化するかの如く消滅し、



「ぐがあああああああああ!!!!」



けたたましい絶叫が僕たちの耳をつんざいた。


思わず耳をふさぐ。

しかし、怪我をしている方は肩が上がらないため、片耳だけをふさぐ形だ。


耳障りなその怒声に顔をしかめつつ、先ほど鬼神の左腕が消滅した場所に僕は目をやった。


そこに、あのおぞましい物体の跡形はない。


代わりに存在したのは、布。

ぼろぼろに破れている一切れの布が静かに横たわっている。


まぎれもない。


あれは、僕たちの学校の制服。

その、切れ端だった。



「天音……!!」



僕は目を閉じる。


全ての感覚を瞳に集めるように、静かに静かに深呼吸。

全身の感覚を針のように尖らせ、閉じた目の中で鬼神を射抜くように気を張り巡らせた。


邪悪な気。

それを纏うかのように佇む鼓動を、僕は確かに察知した。


あの巨体の中心。

人型の何かが苦しそうに頭を抱えており、その姿は黒く、ひたすら黒く染められている。


僕は確信した。


天音が憑りつかれている、と。



「白夜さん!」


「は、はい!」



彼女は驚いたような語勢で返答。

顔だけは鬼神に向けつつ、僕に背中で問いかける。



「天音が―――――」



憑りつかれている。


その言葉を言い切る前に、



「ぐ、がががががああああああああああああああああ!!」



大気が振動した。


室内の棚、ベット、机。あらゆるものが一斉に吹き飛んだ。

それはまるで暴風雨。

集約された突風。


風圧による衝撃に、ガラスははじけ、床が砕けた。



「きゃっ!!」



かすかな悲鳴。


同時に、背中に衝撃。



「かはっ……!!」



息が止まる。

体内の空気がキックバックされるように口から漏れ出した。



「白夜、さん……」



何とか呼吸を整え、彼女に呼びかける。

しかし、返事はない。


僕の隣でぐったりと目をつむる彼女は、額から血を流した状態で割れた棚に背中を預けていた。


彼女の血で作られた血だまりに手をつく。


治さなきゃ……。


朦朧とする頭の中、その言葉だけが瞬いた。


彼女だけでも。


僕の腕が、ゆっくりと彼女のほうへ伸びる。


掌に宿る、大きな光。淡く、温かい、ぼやけた光。

瞬間、まるで光に力を吸い取られるように意識を失いかけるも、歯を食いしばり耐える。


僕は、淡く光るその手を、気絶している彼女にかざした。



「ぎ、ぎひひ、ぎひひひっひっひっひっひ」



重く、低く、かすれ、かつざらつくような重低音が耳に触れる。

足音が鳴り響く。大きな大きな足音だ。


その矛先は当然僕たち。


もう、だめか。


今にも途切れそうな意識の中、僕は思わず視界を閉じた。



――――乃



声が聞こえた、気がした。



――――悠乃



妙に懐かしい声が僕の胸の中心に反響する。

突然の感覚に、全身の運動神経が意識を失った。


今、ここに在るのは心だけ。

精神世界、とでもいうのだろうか。

全ての物質が五感から消えうせ、僕の思いの塊だけが抽出された世界。



――――悠乃、すまん。



心に直接響くその声は、どこか物悲しそうにこだました。



突然、全てがまっしろになる。


深く、深く眠っていた僕の感覚はゆっくりとその意識を取りもどし、周囲の気配を認識できるようになる。


霞んだ視界が、徐々に開けてくるとともに。



「天音……」



真っ先に飛び込んできたのは、自身の右腕に胸を貫かれた鬼神の姿だった。

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