玖
白。
それは、一面の白だった。
ぼやける世界。色のみが僕の視界を支配していた。
僕はいま何を見てる?
分からない。
顔を横に向ける。
赤。
それは一面の赤だった。
これは何だ。
血か?
血?
誰の?
神経が張り詰める。
全ての感覚が消えうせ、ぼくはただひたすらに自失していた。
徐々に、足元からゆっくりとぬくもりが上昇してくるのを感じる。
神経が正気を取り戻し始めているのか。
それはまるで断線したケーブルを接続するように、途切れた感覚が徐々に目を覚ましていく。
鼓動の音が聞こえる。
最初はとてもゆっくりと。
後に、それはじんわりと速度を上げてくる。
「……あ、あ」
これは僕の声。
かすれにかすれた僕の声。
鼻をつくのは鉄の香り。
鼓動が早鐘を打つ。
どんどん早くなる。
「……さん!!」
視界に何かが映り込む。
ぼやける視界。
焦点が合わず、ぶれる視点。
僕は必死に一点をみつめる。
目を細めると、じわじわと視界の滲みが取れてくる。
クリアになった視界のその先にあったのは、
「悠乃さん!!」
その瞳に涙をいっぱいためた、白夜さんの顔だった。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
視界がスパークした。
白と黒の背景色が僕の目の中で交錯する。
激痛。
僕は絶叫した。
「いたい、いたい!!」
肩だ。肩が痛い。
自分の手を痛みのある肩へとあてがう。
そこには、本来ならばあるであろう肩の感触がまったくなく、代わりにあるのは、ねっとりとした生暖かい感触だけだった。
「悠乃さん、私の声が聞こえますか!!」
身体の重みがなくなる。
自分の体重がなくなったのではないかと錯覚するその感覚に、僕は一瞬痛みを忘れる。
それが功を奏したか。
僕は痛みにとらわれていた正気を取り戻す。
「は、くや、さん……」
息も絶え絶えに言葉を吐き出す。
僕は歯を食いしばりつつも、自身の痛みの中心地へと気を集中させる。
やんわりと和らぐ痛みとともに、僕は現在の状況を視認した。
「悠乃さん……!よかった」
浮いていた。比喩ではなく、空中に浮遊していた。
そして、驚く僕の目の前に立っているのは白夜さん。
彼女は背中越しにこちらを見ており、その心配そうな瞳と僕の瞳がぶつかった。
「こ、れは……」
一体、何なんだ。
言葉がつまる。うまく発声が出来ない。
無理矢理にでも声を出そうと、僕は胸を二回たたく。
白夜さん。
僕が呼びかけるための空気を吸い込んだ、その直後だった。
ひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっ
また、あの笑い声が聞こえた。
保健室のタイルにひびが入る。
地割れのように、広がるひび。
そして、巨大な何かが落下したような、大きな地鳴りが僕の肌を震わせた。
再び地鳴りが大気を揺るがす。
―――― 一回、二回、三回
違う。これは地鳴りじゃない。足音だ。
その骨にまで響きそうな不気味な足音は、ゆっくりと僕たちのほうへと近づいてきている。
暗がりから現れたそれは――――
燃えるような赤い髪。
業火に燃える灼熱の瞳。
鬼のごとくとんがった耳。
人を食い殺さんとする鋭利な牙。
身の丈は7尺ほどの大男。
「おに、がみ……!!」
伝承の化け物、そのものだった。
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