白。


それは、一面の白だった。


ぼやける世界。色のみが僕の視界を支配していた。


僕はいま何を見てる?


分からない。


顔を横に向ける。


赤。


それは一面の赤だった。


これは何だ。


血か?


血?


誰の?


神経が張り詰める。

全ての感覚が消えうせ、ぼくはただひたすらに自失していた。


徐々に、足元からゆっくりとぬくもりが上昇してくるのを感じる。

神経が正気を取り戻し始めているのか。


それはまるで断線したケーブルを接続するように、途切れた感覚が徐々に目を覚ましていく。


鼓動の音が聞こえる。

最初はとてもゆっくりと。

後に、それはじんわりと速度を上げてくる。



「……あ、あ」



これは僕の声。

かすれにかすれた僕の声。


鼻をつくのは鉄の香り。


鼓動が早鐘を打つ。

どんどん早くなる。



「……さん!!」



視界に何かが映り込む。


ぼやける視界。

焦点が合わず、ぶれる視点。


僕は必死に一点をみつめる。

目を細めると、じわじわと視界の滲みが取れてくる。


クリアになった視界のその先にあったのは、



「悠乃さん!!」



その瞳に涙をいっぱいためた、白夜さんの顔だった。



「ああああああああああああああああああ!!!!」



視界がスパークした。

白と黒の背景色が僕の目の中で交錯する。


激痛。


僕は絶叫した。



「いたい、いたい!!」



肩だ。肩が痛い。

自分の手を痛みのある肩へとあてがう。


そこには、本来ならばあるであろう肩の感触がまったくなく、代わりにあるのは、ねっとりとした生暖かい感触だけだった。



「悠乃さん、私の声が聞こえますか!!」



身体の重みがなくなる。

自分の体重がなくなったのではないかと錯覚するその感覚に、僕は一瞬痛みを忘れる。


それが功を奏したか。


僕は痛みにとらわれていた正気を取り戻す。



「は、くや、さん……」



息も絶え絶えに言葉を吐き出す。

僕は歯を食いしばりつつも、自身の痛みの中心地へと気を集中させる。


やんわりと和らぐ痛みとともに、僕は現在の状況を視認した。



「悠乃さん……!よかった」



浮いていた。比喩ではなく、空中に浮遊していた。

そして、驚く僕の目の前に立っているのは白夜さん。


彼女は背中越しにこちらを見ており、その心配そうな瞳と僕の瞳がぶつかった。



「こ、れは……」



一体、何なんだ。


言葉がつまる。うまく発声が出来ない。

無理矢理にでも声を出そうと、僕は胸を二回たたく。


白夜さん。


僕が呼びかけるための空気を吸い込んだ、その直後だった。



ひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっひっ



また、あの笑い声が聞こえた。


保健室のタイルにひびが入る。

地割れのように、広がるひび。


そして、巨大な何かが落下したような、大きな地鳴りが僕の肌を震わせた。


再び地鳴りが大気を揺るがす。


―――― 一回、二回、三回


違う。これは地鳴りじゃない。足音だ。


その骨にまで響きそうな不気味な足音は、ゆっくりと僕たちのほうへと近づいてきている。


暗がりから現れたそれは――――



燃えるような赤い髪。

業火に燃える灼熱の瞳。

鬼のごとくとんがった耳。

人を食い殺さんとする鋭利な牙。

身の丈は7尺ほどの大男。



「おに、がみ……!!」



伝承の化け物、そのものだった。

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