漆
轟音が鳴りはためく。
「うお!!」
僕は天音を力いっぱい突き飛ばし、そのままのめり込むように前方へ転がった。
「いってえ……。なんだってんだ」
起き上がる天音をしり目に、僕はさっきまで天音が立っていた場所を振り返る。
そこには大木が突き刺さっていた。
それはコンクリートの地面を砕き、力強く差し込まれている。
ようやく天音が体を起き上がらせる。
自身のいた場所の状況を視認するとともに、彼は動揺に言葉を震わせた。
「おいおい、まじか……」
僕は砕け散ったコンクリートに破片を拾い上げる。
そして、刺さる大木に手を触れた。
ただのコンクリートと木だ。
しかし、こんな大木が空から降ってくるなんてありえない。
そして大木がコンクリートを貫いて地面に刺さることも。
まるで投擲された槍のごとく。
空気を切り裂き一直線に飛んできたこれは、明らかな異彩さをその身から放っていた。
僕は確信する。
これは、明らかに霊的な何かだということを。
「天音!!この場から離れ――――」
ひゅっ。
風を切る音。
何かが飛んでくる。
それはまさに音速を超えた何か。
人知の理解を超える領域。
僕の声が発せられ、彼の鼓膜を揺らすその前に、ひどく鈍い音と大きな悲鳴が僕に届いた。
「うわあああああああ!!!!」
「天音!!」
咄嗟に彼をかばうように寄り添う。
彼の足元には拳ほどの大きさを持つ石が転がっていた。
恐らくこれが飛んできて、彼の左手を打ち砕いたのだ。
いや飛んでくるなんて比喩は生ぬるい。
あれは、『撃たれた』と表現するのが正しいだろう。
人には視認できないスピード。
まさに狙撃銃の弾丸をも思わせるその鋭さが、現状の異常さを物語っていた。
「いったん避難しよう」
ここにいたらまた狙われる。
周囲から身を隠すため、僕は天音を抱えつつ校舎内へと移動した。
♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎
不思議と校舎には誰もいなかった。
不審に思いつつも、僕たちは保健室にたどり着く。
僕は天音をベットに座らせる。
「天音、大丈夫?」
「あ、ああ……。正直かなりいてえが、つっ!!」
天音が激痛に顔を歪ませた。
撃たれたその左手は青く灰色に染まりかけ、そして大きく腫れていた。
痛みのせいだろう。
彼の顔には大粒の汗がにじみ出ていた。
――――心配しないで。
僕は彼にそう語り掛ける。
不思議そうな面持ちの彼を横目に、僕は大きく腫れあがるその左手に掌をかざした。
光。
それはぼんやりとした光。
行灯から漏れ出したかのような、橙色の淡い輝き。
それはやがて大きく膨張し、重なり合う二人の手を優しく包んだ。
「あれ?」
少し経ち、素っ頓狂な声が保健室に響いた。
天音は恐る恐る自身の左手をつつき、一言叫ぶ。
「痛くねえ!!」
驚きと喜びに表情が満ち足りる。
ぶんぶん。
風を扇ぐように手を上下に振る彼だったが、その様子に痛がる素振りは一切見られなかった。
「悠乃。これはいったい?」
頭上に疑問符を浮かべる天音に、僕はどう答えるべきか思案する。
ま、別に天音になら話しても問題ないか。
「それね、『ヒーリング』っていうんだ」
「ヒーリング?」
あまり聞き覚えのない単語に再び疑問符が浮かび上がっている。
「そ。端的にいうと、人を癒す力かな。自分の気を相手に流し込んで、傷を癒すことが出来るんだ」
すごいでしょ。
ふふん、と得意げに鼻を鳴らしてみる。
いつもの天音の真似だ。
「お、おぅ。なんかよく分からんが、すげえな」
おどける僕に、天音は微笑した。驚きの表情をしつつも、ちょっと呆れたといわんばかりに彼は乾いた笑い声を上げていた。
「まったく……。お前はほんとに凄いやつだよ」
僕もつられて軽く笑う。
そこは静かな空間だった。
ここだけ現実の世界から切り離されているような、妙な静寂感が辺りを包んでいる。
妙なざわつきを胸に抱えながら。
それを無視するかのように、僕は笑顔を作っていた。
強がっていないと押しつぶされそうだったのだ。
このぬぐいきれない不安感に。
笑っていれば多少気分も落ち着くだろう。
そんな安易な思考から放たれる笑い声。
僕たちの笑い声がこだまする。
いやに、いやに、こだまする。
――――こんこん。
そんな時だった。
扉を叩く、小さな音が聞こえた。
保健室の先生が戻ってきたのか。
そう思い立ち、僕はゆっくりと腰を上げた。
叩かれた扉に近づき、その扉の把手部分に手をかける――――
「悠乃!!待て!!」
「え?」
彼の焦燥を思わせる語勢に、僕は一瞬静止した。
しかし、その意図が僕にはわからなかった。
その間に、
――――がらがら。
空け放たれた扉。
ノックの主がゆっくりと扉を開いた。
そこに立っていたのは、僕のクラスメート。
白夜結菜。
彼女の凛とした瞳が、僕の瞳を鋭く射抜いていた。
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