陸
放課後。
僕は校門前で天音を待っていた。
夕陽が眩しい。
降り注ぐそれに思わず薄目になりつつ、光の光線を遮断するように、僕は掌をおでこ辺りにあてがった。
その光はまるで朱色のカーテンように光輝き、容赦なく僕を照らしている。
何気なしに、生徒達の部活動姿を遠目に眺める。
彼らの掛け声が風に乗って聞こえてきた。
そんな日常の音色を耳で軽く捉えつつ、届いた風に揺れる自分の前髪を払いのけた。
まだか。
そう思い立ったとき、どこからか天音の声が聞こえてくる。
「おーい」
声のする方に視線を向けると、そこにはこちらに向かって手を振る天音の姿が見て取れた。
こちらに向かってくる様子だったので、僕も彼に向って歩き出した。
「すまん悠乃!またせたな」
「ううん、大丈夫。で、何か僕に用事?」
僕の問いかけに天音は得意げに鼻を鳴らす。
「まーな。ちょっと手伝って欲しいことがあってよ」
何だろう。
僕は小さく首を傾げた。それを横目に天音は続ける。
「その前に1つ聞きたいんだが。鬼神の話は読んだか?」
「まあ、一応」
そうつぶやきながら、僕は鞄から天音のメモ帳を取り出すと彼に手渡した。
「おっけー。じゃあ本題に入ろう」
軽い口調、に聞こえた。
表情もいつもと変わりない、ように見えた。
しかし、なぜだろうか。
一瞬、ほんのひと時だ。
妙に何かが引っかかった。
何ともいいがたい、気持ちの悪い感覚。
僕の背中の中心を、一筋の汗が静かに舐めた。
「実はな、あの鬼神伝説には続きがあってよ」
天音は自身の鞄をあさる。
そこから取り出されたのは、新聞記事の切り抜き。
それは、とある殺人事件の記事だ。
そして、その事件については僕も多少なりとも聞いたことがあった。
「これ、つい最近起きた事件だよね。この近辺で」
地元で起きた事件。そのせいもあったが、僕がこの事件を見知ったのはもっと別の理由だ。
それは、その手口の異常性と凄惨性、そして殺された人の数。
異様ともいえるその規模の事件に、全国のメディアがこの近辺に殺到したのはまだ記憶に新しい。
また、この事件の重要な要素がもう一つ。それは死体の状態だ。
どの死体にもあったといわれている大きな『噛み痕』。
それは獰猛な肉食獣に噛み切られたかのような、大きな風穴だ。
それを聞いたとき、僕は思った。
人間の仕業ではないと。
そのとき、僕の中で何かがつながった。
既視感があったのだ。殺人事件の手口と状況に。
もしかして――――
「そう。この事件さ、手口がそっくりなんだよ。鬼神の伝承に伝わる話の内容と」
この事件で狙われた者。
それは、女性と子供だった。
そして、その殺され方。
――――あるものは、四肢を引きちぎられて殺される。あるものは、暴行された後に体液にまみれ殺される。そして大きな『噛み痕』
同じだった。あの伝承と。
「い、いやいや。いくら何でもそれは……」
――――ない。と言い切れるのか?
ここまで状況が似てるのに?
多数の要素がその伝承の化け物を指し示しているのに?
自分だって、この事件には霊的なものが関係していると感じていただろうに。
手が震え、鼓動が早鐘を打つ。
「なあ、悠乃」
突如かけられた言葉に、僕は肩を跳ね上がらせる。
声を絞り出すように。
無理やり出したその相槌は、音として成り立たず、僕の喉元で行き詰った。
それを察しつつ、天音はただただ苦笑いをしていた。
申し訳なさそうに歪む端正な彼の顔は、なぜか無性に悲しそうだった。
「頼みがあるんだ。聞いてくれるか?」
何でだ。何でこんなに不安なんだ。
嫌な予感がする。本当に嫌な予感が。
虫のしらせ。
そんな言葉が存在するように、まさに僕の第六感が警鐘を鳴らしている。
「俺と一緒に探してくれないか?この事件の犯人……いや」
鬼神を――――
その瞬間。僕の体は反射的に飛び出した。
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