ようやく学校に到着。遅刻ギリギリの時間だ。僕は山城さんと別れ、自分のクラスに到着するや否や、すぐに自分の机に突っ伏した。


朝から除霊をしたからなのか、妙に身体が重々しい。



「おーす、悠乃」



そんな中、僕に明るく話し掛ける爽やかな青年がいた。



「あ、天音(あまね)。おはよー」



 彼の名前は須佐野 天音(すさの あまね)。

僕の小学生からの友達であり、僕の親友ともいえる人物である。


この学校で唯一、僕をお化けちゃんではなく名前で呼ぶ人物でもある。


小学校から面識があるということで、天音は僕の特別な力について知っている。しかし、そんな僕を怖がらず、それを認めるという彼の度胸と器量はかなりのものだ。



「んだよ、元気ないな」


「うん、ちょっと朝から疲れちゃって……」



心配をする天音をよそに、ふわぁっ、と僕は大きく欠伸をする。



「おいおい、また人助けでもしたのか?程々にしとけよ」



少し心配するような声色。

そして天音のその綺麗なぱっちりとした瞳も、大丈夫なのかと訴えかけている。



「心配しなくても大丈夫。これくらい余裕だよ」



少し強がって笑って見せた僕だったが、



「ふーん、どうだかなぁ」



天音にはお見通しのようだった。



「なあ、悠乃」


「んー?」



ちょっと重くなる瞼を指で擦り、気の抜けるような返事を返す。

机に突っ伏す僕に、天音は視線を合わすようにしゃがみ込んだ。

その顔に少し怪しい笑みを浮かべながら。



「お前さ、鬼神(おにがみ)伝説って知ってるか?」


「鬼神伝説?」



聞き覚えのない単語に、身体を起き上がらせた僕は首を傾げた。



「そっ。ここらへんに伝わってる伝承だ」



そう言いながら天音はゆっくりと立ち上がる。

口の端を吊り上げ、少し自慢げそうにやらしく笑った。



「聞きたいか?」



だんっ、と僕の机を興奮した様子で叩く天音。

彼のそのキラキラした瞳に、



「聞きたくないって言っても話すんでしょ?」



僕は諦めたようにため息を吐いた。



「さすが悠乃!分かってんなあ」



天音は嬉しそうに僕の肩を軽く叩く。

何処からともなく取り出したメモ帳をめくり、とあるページを開いた後、僕にそれを押し付けた。


そのはしゃぎようはまるで子供そのもの。


僕はしぶしぶメモ帳を受け取る。

はしゃぐ天音の様子を呆れた様子で眺めながら。



「えー、まずは鬼神とは一体何なのかだな」



得意げに鼻をならし、にやりと笑う彼はさらに続けた。



「ずばり!一言でいうと――――」



――――鬼に魅入られ、神のごとき力を手に入れた人



 その時、凛とした声がどこからともなく聞こえてきた。



「ですよね。天音さん」



先ほどの声の主が、僕の背後を回り込むように現れる。

まさに音もなくという表現が正しいだろう。


静かに。ただひたすら静かに煙のように現れた少女は、落ち着いた鈴のような声で天音を呼んだ。



「お、白夜(はくや)さん。おはよっ!」


「おはようございます」



白夜 結菜(はくや ゆな)。僕のクラスメートだ。



「悠乃さん。おはようございます」


「う、うん。おはよう、ございます?」



動揺した。

声が喉元から引っかかるような感覚で吐き出される。



「珍しいね、白夜さんから話しかけてくれるなんて」



天音はいつもの調子で軽く言う。

が、やはり僕と同様の違和感を彼も感じていたらしい。


そう、正直なところ今まで僕たちと白夜さんに接点という接点はなかった。


クラスは同じだが、話したことすらない。

クラスメートなので、一応名前を知っている程度の距離感である。


もしかしたらいつの間にか天音と仲良くなっていたのか、と僕は推測したが、先ほどの彼の発言を見る限りそうではないらしい。



「はい。何やら面白そうな話をされていたようなので」



そういって白夜さんは微笑する。

正直面食らってしまった。


彼女はクラスの中でもかなりおとなしい人だった。

昼休みや、授業ごとの休み時間でも誰かと談笑している姿は見た覚えがない。

彼女がしていることといえば、一人ぽつりと自席に座り、本を読んでいるくらいだろうか。



「お!もしかして白夜さんも『鬼神』に興味ある人?」



天音は瞳を爛々とさせる。

いつも通りの彼の態度に僕は少し安堵した。


僕は人見知りだ。

なので、天音のように誰にでも明るく接することが出来るその性格は、うらやましいと思うとともに、こういったシーンでは頼もしくもあった。



「はい。この周辺に伝わる伝承ということで、一度本で読んだことがあります。印象に残るところもありましたので、ぜひご教示いただければと」



白夜さんは小首を傾げながら、優しく微笑んだ。

普段クールな彼女の印象からは想像もできない、可愛らしい笑顔だ。



「そっかそっか。やっぱり分かる人には伝わるもんだねー、俺の熱い魂が」



顎に手を当て、にやにやと惚けた笑みを浮かべる天音は、鼻息荒く頷く。


はいはいそうだねー。とそんな彼をなだめつつ、僕は話の先を促した。

それにどや顔で答えた彼は、おっほんと咳ばらいをした後に続けた。



「白夜さんが言った通り、鬼神とは一言で現すと『鬼に魅入られ、神のごとき力を手に入れた人』だ。伝承にあるその姿は、燃えるような赤い髪に、業火に燃える灼熱の瞳。鬼のごとくとんがった耳と、人を食い殺さんとする鋭利な牙を持つ。そしてその体格は2メートルをゆうに超え、目に入ったものを片っ端から襲おうとする、らしい」



完全に化け物だよね。

そんな僕の言葉に天音は、そうだなと相槌をうった。



「一応ベースは人らしいがな。『鬼に魅入られる』とそういった特徴を持つのが鬼神だ。それで――――」



その時だった。


先ほどまで談笑をしていた周囲のクラスメートたちが、自席に戻っていく。

どうやらそろそろ、朝のホームルームが始まる時間らしい。



「やべ。すまん悠乃、この話はまた後で!」



僕と天音は別のクラスだ。

そのため、彼は慌てた様子でクラスから出ていこうとしたが、



「あ、そうだ悠乃ー!すまんが放課後空けといてくれ!」



教室の出入口付近でそう叫ぶ。

扉から顔をのぞかせた状態で、彼はにかっと笑った後、自分のクラスへ走り出した。



「では、私もこれで」



丁寧にお辞儀をした後、ゆっくりとした足取りで自席に戻る白夜さん。

彼女と会話をする必要がなくなったことに、ちょっと安堵している自分がちょっと嫌だった。

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