今思い出してみたら馬鹿だったなぁ―――――


昔の自分の行いを顧み、頭の中で自嘲する。


 もっと他にいい方法があっただろうに。何で僕はあんな馬鹿正直に……。


 不意に。



「お化けちゃん、ちょ、ちょっと待って……」


「ん?」



背後から呼び止める声。その声は息も絶え絶えだ。


「も、もう限界……」


そんな呟き声に僕はゆっくりと減速し、足を止める。



「お化けちゃん……なんで、今日は、そんなに速いのよ……?」



後ろを振り向くと、苦しそうに息をはずませる山城さんの姿が。

僕は彼女に近づいた。



「ちょ、ちょっと休憩……」



山城さんは膝に手を当て、肩で息をしながら切れ切れに言葉をつむぐ。

そんな姿を僕は無言でじっと見つめていた。


そして――



おかしいな。



妙な違和感を覚えた。


それはなぜか。

実を言うと、このようなシチュエーションは今日が初めてではない。


登校するルートが同じ、かつ時間の感覚が似ているからなのか。

登校中、遅刻ぎりぎりのタイミングでばったりお目にかかるなんてことは今までもよくあった。


その場合の展開はいつも同じ。


2人で、「またか……」と、顔を合わせて苦笑い。そのまま一緒に全力疾走する。


これがいつもの流れだった。


しかし今日は少し違う。

僕たちが出くわすまでは同様だが、その後が違う。


何が違うのか。


それは、一緒に学校へ向かうとき、走るのは僕のほうが絶対に遅いということだ。


いつもの山城さんならば、



『お化けちゃん、男のくせに体力ないわねー』


『なっさけないわねー、体力つけないと女の子にもてないわよ?』



と、小馬鹿にしてくるだろう。


しかし、今日はそんな素振りを見せる暇もないといわんばかりの疲れ方。

僕は今まで、こういったシーンには出くわしたことがなかった。


だからである。山城さんの様子に妙な不自然さを感じたのは。



「山城さん、ちょっとごめん」


「えっ、ちょっと何?きゃっ……!?」



 僕はゆっくりと目を閉じ、山城さんの額に手を当てた。



「ちょ、ちょっとお化けちゃん?」



明らかに困惑している様子の山城さん。だが、気にしない。


じわり。

彼女の熱が、僕の掌にゆっくりと伝わってくる。


後に、深く深呼吸を一つ。僕はイメージを浮かべる。

自分の神経を、まるで針の先端のように尖らせた、そんなイメージだ。


――数秒後



「……山城さん」



僕はゆっくりと目を開くと共に、山城さんに話し掛けた。



「な、なに?」



不安そうな声。

細くきれいに整えられたその眉が、困惑に八の字を形どっていた。


僕の急な接触、いつもとは少し違う態度に戸惑っている。

そんな表情を浮かべる彼女に、僕はゆっくりと言葉を返した。



「今日来るときにさ、どこかでお葬式してたでしょ」



えっ?

そんな呟きが僕の鼓膜を小さく揺らす。



「確かに来る途中にお葬式してたけど。何で知ってるの?」



それは、僕が知り得るはずのない情報。


何でそれを僕がしっているのか。当然の疑問である。

驚きに少し目を見開いたため、彼女の元から大きな目がさらに大きく見える。


あまり見たことのない驚きの表情に、ちょっとかわいいと思ってしまった。


気を取り直し。

僕は、驚きの表情を浮かべる山城さんへ淡々と話し出した。



「それは、そこのおじいちゃんに聞いたからだよ」



 ――おじいちゃん?


僕の言葉を復唱し、山城さんは再び困惑の表情に眉をひそめる。

彼女は、小首をかしげつつ、辺りをちらりとうかがっていた。


しかし、そこに僕が言及した「人」は見つからなかったのだろう。

彼女は僕のほうに振り向きなおす。



「もしかして、からかってる?」



彼女は目を細める。

「不満です」そう言わんばかりに自身の柔らかそうな下唇を噛みしめた。



「いやいや、からかってないよ。後ろにいるよ?山城さんの」



――はあっ?

いい加減にしなさい、とでも言いたげに彼女は語勢を強める。


しかし、やはり僕の言葉が気になるのか、自分の背後へ彼女は勢いよく振り向いた。



「……誰もいないじゃない」



その瞬間、突風が吹いた。



「きゃあっ!」



とても女の子らしい、かわいい叫び声。

普段ならば絶対出くわさないであろう、彼女のその声に、ときめく男子はいかほどか。


ばさばさ。


彼女のスカートが大きく風に揺れる。

彼女は咄嗟にそれを押さえつけ、自身の下半身をガードした。



「ちょ、ちょっと……!!」



山城さんはこちらをちらりと窺う。その表情は羞恥に染まっている。


こっちみんな。


そんな彼女の心の声が聞こえてきそうだ。


 しかし、僕の意識は彼女へと向いてはいなかった。



「ちょっと!だめだよ、おじいちゃん!」



――ん?

傍からみたら現状に明らかにそぐわない僕の発言。

何をいっているんだ。


そう思われても仕方ないだろう。


そして、山城さんの表情も移り変わる。

羞恥に赤く染まっていたその頬は、薄いピンク色に平静を取り戻し。

睨み付けるようだったその瞳は、不思議そうに揺れている。


彼女は一旦僕から視線を外すと、周囲の様子に目線を移した。

もちろんスカートは押さえつけた状態で。


彼女はすぐに気づいたようだった。

自信をおそっている違和感に。



「……風が吹いてない?」



そう。今のいままで大きな風など吹いていなかったのだ。

周囲に生えている草木は風に揺られている様子はない。


また、僕も突風に戸惑う様子はない。

そして彼女自身の感覚からしても、風を感じることはできなかった様子。


しかし、なぜか捲れ上がろうとしている自分のスカート。


そもそも、スカートの捲られ方が風のような自然なものではない。

もっとこう、人為的な力。そう、スカート捲りをイメージするとしっくりくる。



「え、え?なに、何なの!?」



山城さんの声色が驚愕と恐怖に染まる。

それは仕方のないことだった。彼女からしたら、完全に超常現象にしか見えないだろう。自身のスカートだけを捲るポルターガイスト。正直、恐怖しかない。


しかし、僕からしたら、こういった光景はありふれていた。


種明かしをしよう。


彼女は今、スカートを捲られている。

犯人は、



『うひょひょ、やっぱり若い子はええのぉ~』



このおじいちゃんだ。

今日、山城さんが通学中に出くわしたお葬式。

その葬式の故人さまなのだという。



『おほー、このすべすべな太もも!!思わず昇天しそうじゃわい!!』



それはジョークとして捉えていいのでしょうか?


僕から見たら現状はこう見えるのである。


女子高生のスカートを捲り上げ、奇声を上げつつ太ももに頬ずりするおっさんと、それに怯える見目麗しい女子高生。


ってか、完全にセクハラだよね。



「おじいちゃん!いい加減にしないと、怒るよ!」



じろり。

不満そうにしぼめられた視線が僕を貫く。



『なんじゃい、つまらん奴じゃの~。お前さんももっと今の状況を楽しまんかい!パンツみたいじゃろ!!ほれ、ほれ!!』



見たいけど!!



「きゃあ!!」



山城さんの悲鳴が響く。

興奮したおじいちゃんが、彼女のスカートを持てる力の限り上に引っ張ったのだ。



『パンツ!!ちょっと見えたか!?もうちょいじゃ、お前も手伝えい!!』



なおもスカートを引っ張るおじいちゃん。生き生きしている。


しかし、それとは対照的に山城さんは疲弊しきっていた。

彼女からしたら目では見えない、謎の超常現象だ。疲れるのも無理はない。




「お、お化けちゃん。た、助けてよぉ……」



彼女は涙をにじませ、俯き気味にそうつぶやいた。

よっぽど怖いのだろう。彼女の華奢なその肩はかたかたと振動しており、赤い鮮やかな彼女の綺麗な唇は、小刻みに震えている。



「おじいちゃん?」



ぷつん。


僕の中で何かが切れた。



「いい加減にしないと、怒るよ?」



僕は満面の笑みをおじいちゃんに向けた。

それはそれは、まばゆい太陽のような笑顔だったと山城さんは後に言う。


おじいちゃんは、びくっと肩を跳ね上がらせる。

ゆっくりこちらを振り向いたときの彼の表情は、しかめっ面。



『……やれやれ、仕方ないのぉ』



ぶつくさ文句を垂れつつも、おじいちゃんはゆっくりと山城さんの傍から離れていく。彼は離れた勢いのまま空中へ、ふわりと浮かんだ。


その表情はどことなく寂しそうだ。

さっきまでの元気はつらつおじいちゃんはどこへやら。

その雰囲気の移り変わりに、僕はおじいちゃんへ目線で問いかけた。



『実を言うとな、その娘っ子。妻の若いころにそっくりなんじゃ』



それはまた大層美人な奥さんをお持ちで。



『先に逝ってしまったがな』



しばしの沈黙。

おじいちゃんは空を仰ぐ。そして、眩しそうに目を細めた。

それは、とても寂しそうな瞳だった。



『面影が、重なったんじゃ。妻とその娘の。断っておくが、憑いた理由はその娘が可愛かったからとか、エロかったからとかではない。そこは勘違いするでないぞ』



はいはい。

僕はくすりと笑いをこぼした。


それにつられたのか、おじいちゃんも笑う。

にかっ。そんな擬音がぴったりの豪快な笑顔だった。



『では、そろそろ逝くとするかの』



その言葉を合図に。

僕はおじいちゃんへゆっくりと近づく。

それと同時に、彼は浮遊をやめ、地面に足をつけると、そのまま地面に正座をした。



「では、失礼します」



僕はおじいちゃんの頭へ掌をかざし、ゆっくりと目を閉じた。

集中。かざしている掌へと神経を集中する。


ほんのり温まる僕の掌は、やがて小さな光を生み出した。

それはぼんやりとした光。その様は、ふわりとした綿毛が淡いオレンジの光を発し、舞っているかのよう。


その光は数秒の間、大気を浮遊したのちにはじける。


光が降ってきた。


大きな筒状の光だ。


その光は正座をするおじいちゃんの周囲を囲むと、より一層の輝きを放ち始める。



「では、僕はこれで」



おじいちゃんは、まるで光の輪に引っ張られるかのように上昇していく。

僕は頭を下げたのち、彼を見上げた。



『達者でな。あの娘にも謝っといてくれ』



お茶目にウインクするおじいちゃんに、僕は大きく手を振った。

天国で、奥さんに会えるといいですね。


そんな思いを、心の中でつぶやきつつ――





『よ~し!!天国のかわいこちゃんのパンツ見まくるぞーい!!』


「おじいちゃん!!!!」



おじいちゃん、性欲で動きすぎでしょ。



♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎ ♢ ♦︎



「ねえ」



袖を引かれる感覚。



「なに?」



僕は引かれた方に振り向く。

そこには山城さんが立っていた。



「――――しょにしてて」


「え、何て言ったの?」



目じりが険しく吊り上がる。

悔しそうにうるんだ瞳が、僕を捉えつつ揺れた。



「だから、その……さっきのこと!内緒にしてて!」



さっきのこと?

少し思考を巡らすこと数秒。ようやく合点がいく。



「あー、山城さんが怖くて泣いてたこと?」


「は、はあ!?泣いてないですけど?全然泣いてないですけど!?」


山城さんは下唇を噛み締めつつ、恥ずかしそうに僕を睨み付ける。



「んっ~~!!助けてくれてありがとっ!!」



悔しまぎれの捨て台詞のような語気で、そう言い放つ彼女。

それと同時に踏み出したその足は、止まることなく僕の先を駆け抜けていく。


僕はそれについていく。いつものように。



――――お化けちゃんのばーか。



少し遠くから。そんな声が聞こえた。

そんな声に笑みがこぼれつつ、僕たちは学校へと走り出した。

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