第五六話 魂を燃やす人形
「EEドライブリリースシステム――〈メメント・モリ〉
ソウヤが叫んだ瞬間、〈ロボ〉の機体温度は瞬く間に急上昇。
熱源であるEEドライブを中心に周辺装甲の一部が赤熱化し、プラズマと陽炎が揺らめいた。
『人形無勢が!』
赤色の光輝を放つ〈ロボ〉に〈マザー〉の声が焦燥と憤怒に染まる。
〈メメント・モリ〉
意図的に熱暴走を起こすことで機体性能を強制的に底上げさせるリリースシステム。
強制的である以上、諸刃の剣であり、機体にかかる負担は重く、長時間使用すれば各エネルギーバイパスは焼き切れ、最終的に熱源であるEEドライブは損壊する。
また中のパイロットも高温に曝され、ただでは済まされない。
故に〈死を忘れるな〉の意味を持つ〈メメント・モリ〉と〈フィンブル〉より名づけられた。
〈模倣体〉であるソウヤは無意識ながら死を忌避していた。
ならばこそ〈フィンブル〉が名付けた意味を今のソウヤなら理解できる。
〈
今を生きるからには死を忘れるな。
ソウヤを偽物ではなく人物と認めた〈フィンブル〉が託した遺言だった。
『まだ分からないのですか! まだ理解できないのですか! 何故、彼が抗うのか、何故、彼が生みの母である〈
〈母親〉ならば気づくべきだ。〈母親〉ならば気づいて当然のはずだ。
『理解不能! 人形無勢が抗う理由など算出不能!』
だからこそソウヤは〈マザー〉に言ってやった。
「反抗期だよ――母さんっ!」
『な、何だとっ!』
〈レト〉が牙を剥こうと赤い輝き放つ〈ロボ〉に蹂躙されていた。
左手を失おうと左腕部を〈レト〉の首部に斥力推進を持って床へと叩きつける。
激突の衝撃で左腕部装甲に亀裂が走ろうと構わず、素早く起き上がれば右脚で〈レト〉の胴体を踏みつけ、ねじ切る様に左脚を引き千切った。
無数の金属片が〈レト〉より飛び散る中、〈ロボ〉の各所に赤い亀裂が生まれていく。過剰なまでに内部から発せられる熱量に排熱が追いついておらず、逃げ場を求めて装甲を内側から食い破らんとしてた。
このまま行けばオーバーロードによる爆発だ。
いや、中のソウヤすらただでは済まされない。
『理解不能。自滅に至ろうなど非効率―――そんなことをすればあなたは!』
「ああ、死ぬだろうな! けど、後悔なんてあるわけないだろう!」
ノイズの波動が更に高まろうとソウヤは最高の気分だった。
生れ落ちた瞬間、ただ検分を繰り返す道具でしかなかった。
記憶と自我を与えられた人形だった。
本来ならば人形は人形のまま死ぬはずだった。
だが、サクラと出会ったことで人形ではなくなっていた。
実体すらない存在が命を持った。
そして、その命を燃やし、今まさに燃え尽きようとしていても、この瞬間ほど最高に、満足できることが他にあるだろうか。
いやない。断じてない。
人間とは一つの物事に命を賭け、魂を燃やす。
人形が魂を燃やした瞬間、人形ではなく人間となっていた。
「人類は再誕させる! そうして新たな歴史をスタートさせるんだ!」
『下らぬ妄言を!』
飛び起きた〈レト〉が吼える。
背面の斥力推進器を唸らせ、〈ロボ〉へと突進していた。
ソウヤもまた右手を握り締め、最大推力で〈ロボ〉を突撃させる。
繰り返しはしない。
止まらせはしない。
ましてや阻止などさせぬ。
ここから新たに――否、再び始めさせる。
再誕した人類が同じ過ちを繰り返そうとするならば、サクラが、カグヤが必ず止めてくれる。
それは信頼であり、未来へと通じる道をソウヤが作る。
あはは、あいつは怒るだろうな。勝手に出かけて勝手に死んでと怒るだろうな。
誰かのために死ねることは幸せかと問われれば否と答えるだろう。
誰かを残して死ぬことは不幸かと問われれば是と答えるだろう。
それでも、だとしても――命は何にだって一つだから。
この命をサクラのためではなくソウヤという一人の人間のために使う。
偽物でもなく、本物でもなく、人物としてソウヤが自ら決めた覚悟。
眼前に敵機が迫り――そして……激突した。
ソウヤは衝突音を感じず、痛覚を感じず、ただ感じたのは現実だった。
〈ロボ〉の右拳は〈レト〉の胸部に深々とめり込み、〈レト〉の貫き手が〈ロボ〉の剥き出しとなった臓物を貫いている。
両機の目から光が潰える。力なく擱座しようとする。
「――うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
灰色狼が吠えた。
剥き出しの臓物を貫かれようと、灰色狼は倒れていなかった。
リミッターが解除された〈ロボ〉の背面から噴火の如く斥力が吐き出され、拳を〈レト〉の胸部にめり込ませたまま壁面へと猛進していく。
それは叫び。それは怒り。消えかかる命の灯が見せた最後の力。
そして発せられるは、人形ではなく人物として力強き叛骨の言葉だ。
「最期に言わせてもらおうか……――くたばれ、〈
〈ロボ〉は拳を〈レト〉にめり込ませたまま壁面に撃ち込んだ。
特殊合金製の強固な壁面に衝撃と亀裂が走り、人型の穴が穿たれる。
鉄拳によって砕かれた〈レト〉のダブルドライブが爆発、上半身を吹き飛ばし、残された下半身が壁面に磔となる。
至近距離から爆発の煽りを受けた〈ロボ〉は増加装甲を剥がされるだけでなく、腰椎フレームの耐久値突破も受けて上半身と下半身が腰部から分断される。
戦争に勝者などいないと、皮肉にも歴史の一つが再現されていた。
『ぎぃやあああああああっ――未来はあの子たちに……』
「……あははははっ――人間って最高だぜっ!」
砕け散っていく意識の中、ソウヤは満面の笑みを浮かべていた。
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