第五四話 無駄ではないですよ

 朽ちるはず――そうなるはずであった。

『な、何故、朽ちぬ!』

〈ロボ〉に張り付くカビはただ張り付くだけでナノマシン結合を破壊しない。

「邪魔だああああああああああああああっ!」

 ソウヤの雄叫びと共に〈ロボ〉の四肢より噴出する斥力場が機体を中心にサイクロンのような螺旋を描き、張り付くカビを霧散させる。

『な、何故だ! 何故、〈エンジェルダスト〉が効かぬ!』

 理解不能だと、計算外だと〈マザー〉は狼狽え叫ぶ。

 同調するように〈レト〉はたじろぐように半歩、身を引いていた。

「誰が教えるか!」

 ソウヤは手札を明かすほどお利巧ではない。

 生みの親に刃向う子のどこがお利巧か。

〈フィンブル〉が絶命寸前に完成させたアンチナノマシン用ワクチンシステム。

 名は〈フォールダウン〉。

 その仕組みは単純であり、ナノマシン結合部に電場による構造相転移を起こすことでアンチナノマシンの結合破壊を無効とする。

 相転移により物質変化が起こる以上、アンチナノマシンの偏食プログラムは別の物質と認識するため結合破壊を起こさない。

 結合破壊を起こすのならば、結合部守り切れば効率的というAIならではの対抗策であった。

 そして、構造相転移の副産物として防護性能が飛躍的に上昇。

 先の〈レト〉の爪撃を受け切ったのには〈フォールダウン〉が関わっていた。

『効かぬのならばっ!』

 鋭利さを増した〈レト〉の爪が幾重にも振り下ろされ、〈ロボ〉の装甲表面に傷を生む。

 装甲の防護性能が上がっただけで無敵ではない。

 幾度となく打ち付ければいずれ破砕する。

 何よりこの機体には〈フィンブル〉のような再生機能はないからこそ、〈マザー〉はそれを見破った上で攻撃を繰り返している。

「くっ、これだとジリ貧だ!」

 振り下ろされた〈レト〉の爪撃を〈ロボ〉が手首を掴むことで抑え込む。

 ストリングスが悲鳴をあげ、届かないはずの焦げ付いた匂いをソウヤは嗅いだ気がした。

 パワーは互角であろうと〈レト〉の腕部がナノマシンの輝きを放ち、新たな形成を行っている。

 形成が終了した時には〈ロボ〉は押し込まれ片膝をついていた。

「なんてね!」

 片膝はブラフ。収束斥力砲〈ヴァナルガンド〉再展開。砲口をコアある腹部へと突きつけ、右手で保持することなく発砲。同時に〈レト〉の胸部からも光が迸る。

 二匹の狼は着弾の衝撃で蹴り飛ばされ、盛大な大爆発に呑み込まれた。

「はあああああああああっ!」

 ソウヤは損壊チェックと同時に〈ロボ〉を起き上がらせる。胸部増加装甲に直撃。耐久値四〇%まで低下。ソウヤ及びドライブに負傷なし。収束斥力砲〈ヴァナルガンド〉損壊、使用不可。故にパージする。〈フィンブル〉が遺してくれた鎧はそう簡単に砕けず、袖口からブレイドを展開しスラスタにて急迫する。コアを撃ち抜かれた〈レト〉の腹部装甲を切りつけ、接触点から激しいスパークが迸った。

「くっ、浅い!」

 ソウヤは舌打ちをする。

〈レト〉は直撃する瞬間、機体を一歩引かせることで深手を逃れていた。

 さらには〈レト〉からナノマシン活性化反応が確認され、新たなコアが形成されている。

「もう一手っ!」

〈ロボ〉の脚部が床を蹴り、背面の斥力推進器が唸る。

〈レト〉もまた吼え、爪から不協和音を唸らせる。

 刃と爪が幾度となく接触した末、限界を越えてほぼ同時に砕け散る。

 刃は再生するはずもなく、爪は新たな制御コアにより鋭利に生え変わる。

 いち早く次なる攻撃に踏み出したのは〈レト〉であり、真っ直ぐ手刀を突き出した。

 ソウヤはその狙いが〈ロボ〉の頭部、翡翠色のバイザーで守られたセンサーアイの破壊だと見抜く。

 DTが人間を模した機械である以上、視聴覚などの情報収集センサーは頭部に集約されている。

 増加装甲で機体を包んでいようと、バイザーに増加装甲ほどの防護性能はない。

 故に狙われた。

〈ロボ〉は機体両腕で頭部をかばう防御姿勢を取った。


 硬き装甲さえ貫く〈レト〉の手刀は〈ロボ〉のバイザーを――空を切る。

 確実に貫いたはずの手刀に手応えなく、残骸すら指先にまとわりついてない。

 至近距離にいたはずの〈ロボ〉の姿がナノセカンドの間にロストした。

 回避された。

 あり得ない。

 起こりえない。

 間合いは完璧であり、踏み込み速度もこちらが上のはずだ。

 そう〈レト〉が再捕捉せんと頭部を左右に動かした時――

『――っ!』

 そのアゴは高く打ち上げられていた。


 消えたと錯覚したのは〈ロボ〉の両肩装甲にある推進偏向スラスタだ。

 斥力を任意方向に放つことで機体姿勢を強制変更。瞬発的な加速度に〈レト〉のセンサーが捕捉しきれなかった。

〈レト〉の手刀をしゃがみこむ形で急速回避するだけでなく、強かな一撃を叩き込む。

 その動きはあたかも、敵の一打を至近距離で避け、拳を撃ち込むボクサーに似ていた。

「うおおおぉぉぉぉぉっ!」

 次なる一打を放つのは〈ロボ〉であり、両肘の斥力推進器より斥力が噴出。斥力にて加速された鉄拳の連打が〈レト〉の赤玉色のバイザーを砕き、双目式カメラセンサーを露出させる。殴られた応酬に〈レト〉は後方へと殴り飛ばされた際の反動を利用して鋭利な足爪で〈ロボ〉の腹部から胸元を蹴り上げた。

「くっ!」

 ソウヤは衝撃でノイズが走る中、舌打ちする。

 先の攻撃で深々とした裂傷が地の装甲を露出させた。

 徒手空拳である〈ロボ〉に対して〈レト〉は両手の爪はおろか足爪が健全である。

〈レト〉の動きが変わる。

 一歩退くように〈ロボ〉との距離を壁面まで取れば、頭上から粉末状の物体を浴びた。

「ナノマシンかよ!」

 瞬く間に〈レト〉の欠損箇所が修復される。

〈マザー〉とのリンクにより更なる進化を重ねていく。

 装甲は屈強となり、エネルギー係数ですら上昇している。

『ここは言わば母の子宮。人形が抗おうと無駄でしかないのです』

 ソウヤは歯噛みするしかなかった。

 無限の源である〈マザー〉本体を叩こうにも下手に破壊すれば人工子宮のパーツへの破壊に繋がり、それは人類再誕の道を永劫に閉ざすことになる。

『役目を終えた人形はおとなしく――無駄ではないですよ』

 口調が変わる。

 あの懐かしくも底冷えさせる〈マザー〉の声に別なる声、温かな母の声が混じり出した。

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