第五三話 母さん――もう終わりにしましょう!

 燃え盛る瓦礫を見下ろしながら愚かだったと母は嘆いた。

 悪魔はただ戦争に介入するだけの愚かな存在でしかなかった。

 人形は人形の役目を果たせばよかった。

 母には母の役目があり、滅亡した人類に答えを出す使命がある。

 人類最後の一人を消去すれば、本当の意味で検分を開始できる。

 何百年、何千年かかろうと必ずや人類滅亡の意味を見出そう。

 それが母としての……――エネルギー反応!


 ――おい〈マザー〉まだ終わっていないぞ!


 Repair…head…chest…manipulator…actuator.

 Form…full armor unit…<Carpe diem>

 Clear…Electrophourus electricus Drive release system…<memento mori>

 Installation…Vaccine system…<fall down>

 ……All completion.


 まだ生きている。

 まだ死んでいない。

 まだ終わらせない。

 全システムオールグリーン。

 頭部、腕部、脚部共に動作正常、結合率一〇〇%。

 胸部装甲修復クリア。強化外部装甲〈カルペディエム〉形成率一〇〇%。

 EEドライブリリースシステム〈メメント・モリ〉システムクリア。

 ワクチンシステム〈フォールダウン〉インストール完了。

〈フィンブル〉が命を捨ててまで託してくれた力、無駄にはしない。

『まさか……』

〈マザー〉の息を呑む声がする。

 それほどまでに計算外で予測外なのだろう。

 だとしても、今ここに立っている以上、存在している以上、偽物ではないからこそ――

「おれは……――おれはここにいる!」

 DTの四肢より噴出する尋常ならぬ斥力場が嵐となり燃え盛る残骸を吹き飛ばした。

 たかがDT一機に与える推進力をはるかに凌駕している。

 何よりもその大元が〈ロボ〉であるが頭部から下の姿が一変していた。

 欠損した頭部や四肢、ひび割れた胸部装甲が再構築されただけでなく、胸部、腕部、腰部、背部、脚部が紫紺の増加装甲に覆われ、肘、肩、腰、脹脛の八ヶ所には推力偏向スラスタが追加されている。右背面には大型砲がマウント、背面にある斥力推進器はXの字を描いていた。

 武士が、騎士が鎧を纏うように、鎧纏う灰色のDTに〈地球のマザー〉は問う。

『その姿は……』

「……姿なんて関係ない! おれはここにいる! 〈フィンブル〉が最期に託してくれた力がある! この力で倒すなんて言わない……おれは、おれは……」

 滾る力を押さえ込むようにソウヤは憎しみと怒りを呑みこみ、言葉を放つ。


「敢えてこう呼ばせてください……――!」


 終わりなき無限に等しき検分を。終わりなき狂った人形劇を。

 ループでは先に進めない。

 マーチでこそ先に進める。

 繰り返しは、始まりもしなければ終わりもしない。

 だからこそ、無限の始を死へと変える。

 無限は終わりがないだけで始まりがある。

 始まりさえなくせば無限は崩壊する。

 ソウヤの今ある行為が終わりなく人類が繰り返す侵食行為であろうと構わない。

 人間だからこそ繰り返す。

 愚直なまでに。

 繰り返し進む。

 愚鈍なまでに。

『消えなさい』

 母からは憐憫を宿した無慈悲な言葉が返ってきた。

〈レト〉がドライブを唸らせて爪を突き入れたのと〈ロボ〉の右腕が突き出されたのは同時であり、接触の火花が飛び散った。

『――っ!』

〈マザー〉が息を呑む声が響く。

〈レト〉の爪先は〈ロボ〉の右腕部装甲に接触の火花を散らしている。

 貫くことも傷つけることもない。

 力の限り爪先をかち上げられたのは次の瞬間であり、〈ロボ〉の右腕部より飛び出したブレイドが〈レト〉の爪ごと右手首を切断した。

『何だとっ!』

 超微細の刃が不規則に稼働することで超振動の爪の出力を上回ったからだ。

 後方に飛び退る形で距離を取ろうとする〈レト〉に〈ロボ〉が右背面にマウントされた大型火砲〈ヴァナルガンド〉を起動する。

 それは斥力ライフルの威力と連射性を上げた収束斥力砲。

 右脇を通るように砲身が展開、右手でグリップを保持して急速チャージされたエネルギーが斥力の砲弾となり砲口より迸る。

 何度も銃火器を交えてソウヤは相手の癖が読めてきた。

 インプットか、〈マザー〉の操作かは分からないが、〈レト〉は一部でも損壊すれば修復作業に入ろうとする。

 完璧であろうとする機械故の潔癖さかは分からずともソウヤに隙を突かせる好機となる。

 現に連続して放たれる大火力に〈レト〉は曝され、機体を崩壊させていく。

『無駄なことを!』

〈レト〉が再生する。

 砕け散った四肢を、ひび割れた装甲を瞬く間にナノマシンで再生、否、進化させていく。

 先ほどまで撃ち抜かれていた装甲は屈強さを増し、〈ロボ〉からの火砲の嵐を意にも介さない。

『朽ちなさい!』

〈ロボ〉の足元から粉末状の物質が舞い上がり、カビのように張り付いた。

 アンチナノマシンだと〈フィンブル〉が遺してくれたデータが警告を発する。

 増加装甲と再生を受けた各部位が〈フィンブル〉のナノマシンで構築された以上、アンチナノマシンは〈ロボ〉にとって猛毒となった。

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