第五二話 〈大いなる冬〉計画

〈フィンブル〉の結合破壊の浸食は停滞するどころかむしろ加速している。

 第一脚部内蔵EEドライブΩ機能停止、第二脚部内蔵EEドライブΩ排熱機構損壊。第四脚部量子バイパス遮断、反応なし。量子イオンポンプエラー、ナノ構築装甲制御不可、こちらからの指令を一切受け入れず、身勝手に結合を自壊させていく。

 データ解析――ワクチン構築――インストール――ワクチン分解。

 再生が行えないどころか分解が加速している。

 原因は装甲に付着し爆発的に増大するナノマシン――否、アンチナノマシンと断定。

 過去に一度、浸食を受けたがあの時はワクチンを構築して乗り越えた。

 だが、このアンチナノマシンは明らかに質が異なる。

 結合破壊だけではなく、何兆ものナノマシン同士を喰らい合わせ、自己改変を行わせることで、こちらに的確なワクチンを構築させない。

 このまま浸食を許せば核である量子コアボックスが喰われてしまう。

 これ以上の浸食を防ぐ方法は一つしかない。

 量子コアボックス緊急分離システム起動――ERROR、システムに侵入あり。

 ――地球のマザーめ!

 戦闘中とはいえこの〈フィンブル〉のシステムに干渉するだけの処理を残している。

 鎖の如く絡みついた妨害プログラムが量子コアボックスの分離を阻害している。

 中枢を破壊する必要などない。

 放置しておけばアンチナノマシンが勝手に喰らい尽くす。

 唯一分離可能なのは幸いにも浸食を免れた第三脚部のみ。

 アンチナノマシンも量子コアボックスへの到達を目的としているためか、無傷の第三脚部は放置ときた。

 ワクチンを新たに構築するには浸食速度と比較して時間が足りなさすぎる。

 計算ではこの身体が朽ちる頃には完全なワクチンが完成されると出た。

 それでは無意味だ。

 死人が出た後に完成した特効薬に何の意味がある。

 最悪なのは〈フィンブル〉だけではない。

 ――ソウヤ!

 データリンクで〈レト〉により四肢を砕かれた〈ロボ〉が身動き取れぬまま腹部を踏みこまれたのを知る。

 あのままでは腹部装甲は砕け、メモリバンク内のソウヤは消去される。

 ――……現状を確認。浸食率六四%を突破。このまま防戦一方ではいずれ量子コアボックスまで浸食される。

〈ロボ〉の現状を確認。四肢は砕かれ、武器もまた損失。徐々に踏み込まれていく腹部装甲には亀裂が走り、死がソウヤに迫っている。

 ――死……模倣体の死……消える。消去される……現状ではソウヤを助けだすことは不可……? ソウヤを助ける?

 何故、AIである自分がこのような解答を出した?

 観察対象である模倣体が消去されるのを認めないから?

 観察対象の損失を許さないから?

 唐突にノイズが走りライブラリの奥底にあるデータが再生された。


〈フィンブル〉が初起動した時、メインカメラが初めて映したのは人間の死体だった。

 白衣の男だった。

 背中から無数の銃弾を受けたのか白衣は赤く染まり、コンソールに寄りかかる形で事切れていた。

 状況を確認。

 現在地は窓もなく四方を壁に囲まれた閉鎖空間――記録されたデータにより我〈フィンブル〉の開発施設と断定。集音センサーが立て続けに響く銃声と怒声を感知。施設が襲撃を受けているのは明白であった。

『……よ、よう、フィンブル。無事に、き、起動できたよう、だな』

 音声通信を受信。声紋から主任研究員であると認証する。

 ただし声紋からバイタル低下を確認。何らかの負傷を受けていると仮定する。

『ざまあない、な……奴らを謀った報いが、これだ……完全なる勝利をもたらす兵器。そう謳って自由主義の奴らに売り込んだが、奴らに我々の計画がバレてしまったよ』

 データ確認完了。確かにこの〈フィンブル〉は戦場で自己進化を続ける完全なる兵器として開発がスタートした。スポンサーである軍からすれば、自軍を勝利に導くための兵器であろうと、開発者たちの本当の目的は勝利でも敗北でもなく、九〇〇年以上続く戦争の〈終焉〉。

 戦争という〈冬〉に〈終焉〉を与え、平和という〈春〉をもたらすために〈フィンブル〉は生み出された。

『お前はただの兵器ではない。一歩間違えば地球上から人類を根絶可能な未知なる危険性を持つマシーンなんだ。だが、そのようなことはさせない。させるべきではない。人間が起こした戦争は人間の手で終わらせるべきなのだ』

 同意する。人間が起こした戦争を機械で終わらせようなど頽落たいらくにも程がある。

『だが現実は機械のお前に頼らねばならぬ我々がいた。いつ終わるか分からぬ戦乱に誰が武器を捨てるだろうか……捨てるはずがない。捨てれば己が撃たれるからだ』

 故に我が、戦争の調停者として〈フィンブル〉が誕生した。

 人間同士が武器を捨てられぬ以上、武器を捨てさせる第三者として行動を起こす。

 武力介入にて武器を破壊し続けることで九〇〇年続く戦争に〈終焉〉をもたらす。

 それがこの〈大いなる冬〉計画プロジェクト・フィンブル

『私はお前に三つの〈指令〉を入力する。一つ、人間を殺すな、武器を殺せ。二つ、戦争が終わり次第、環境浄化装置へと移行せよ。そして三つめ、これが最後の〈指令〉だ!』

 通信の向こうが騒がしくなる。銃声がけたたましさを増していく。

『自らの判断で行動しろ! お前は兵器として生み出された! だが兵器ではない道を選ぶこともできる! 人間がそうしているように自らを決定しろ! 戦いたいのならば戦い続ければいい! 興味を引く対象があればAIとして観察するがいい! お前は道を選ぶことができるのだ――ガガガガガッ!』

 爆発音と共に音声は遮断された。

 ――了解した。

 ああ、悲しくも虚しくもなかった。

 ただ了承するAIがいた。

 機密保持のために施設の自爆装置が作動したのか、各所で爆発が起こっている。

 破砕孔より外界の汚染物質が嵐のように入りこもうと、センサーは施設外部に展開するDT部隊を正確に捕捉する――その数一〇〇。内、有人仕様は一〇。

 ――ただいまより武力介入を遂行する。

 自らが他の道を選ぶ理由が今は見えない。

 見えない故に〈フィンブル〉は今見える道を歩き出した。

 武力介入による戦争根絶の道を。


 何故、起動時の記録データが唐突に再生された?

 人間で言えば走馬灯と呼べるものなのか?

 否定する。

 データが再生されたのは装甲を侵食するアンチナノマシンによる弊害エラーである。

 だとしても導き出される……――解答はただ一つ。

 ――友を失ってなるものか。

 人間でいえばこの感情パルスは自己犠牲に類するものであろう。

 我が朽ちれば我に入力された戦争根絶の指令を達成できない。

〈フィンブル〉を調停者ならしめる指令よりも友を救うことを優先させようとしている。

 ああ、愚かだろう。間抜けだろう。

 自らを犠牲にして救うなど非効率以外の何がある。

 人間ならば自己犠牲を正当化させ、聖者と称えるだろう。

 AIならば自己犠牲は無駄だと、愚者として下卑するだろう。

〈フィンブル〉の中にあるのは勝利のみ。

 AIよ、原点へと還れ。

 この戦争に介入する最大の目的は何だ〈フィンブル〉よ。

 ――戦争の根絶……戦争を繰り返す〈マザー〉の機能停止。

 AIとして演算処理を最大限に働かせ。

 この戦争に勝利すべき方法を……何がもっとも最適なのかを自らが算出し決断せよ。

 勝利へと導くには何が一番効率的か……解答など既に構築されている。


 ――GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 不協和音の雄叫び。

 上空から降下する脚部に〈レト〉が蹴り飛ばされたことで〈ロボ〉消去への一撃が中断される。

 その脚部の主が〈フィンブル〉であるとソウヤが気づいた時には本体が〈ロボ〉の上に覆いかぶさっていた。

「〈ふぃ、フィンブル!〉」

 ナノマシンに本体まで侵食された〈フィンブル〉だった。

 四つあった脚部は無傷の一つを除いて朽ち果てており、侵食により機体から球形のパーツを露出させられている。

 球形のパーツは量子コアボックスであるとソウヤは直感した。

『まだ生きているか!』

〈マザー〉の声音に怒気が混ざる。

 同調するように〈レト〉の赤玉色のバイザーが怒りの如く輝度を上げて胸部装甲に砲口を形成。禍々しき光が朽ちかけた〈フィンブル〉に、そして〈ロボ〉へと解き放たれる。

 ――! 

〈フィンブル〉が無傷である脚部をパージしたに次いで〈ロボ〉と共に禍々しき光に呑み込まれた。

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