第五一話 検分を無価値にさせないために
仲間への対応がソウヤに隙を生み、修復を果たした〈レト〉に〈ロボ〉への蹴打を許してしまう。
受け身も無く直撃を許した〈ロボ〉は宙でバランスを崩す。
機体右脇腹から金属片を撒き散らしながら大穴へと落下する。
「んなくそっ!」
ソウヤは落下しながらも体勢を整えようとするが上空から〈レト〉が急接近する。
腕部が機関砲へと変貌して砲口から迸るビーム弾が〈ロボ〉に降り注ぐ。
着弾の振動が姿勢制御を取ることを許さず、応射のライフルを構えようと降り注ぐビーム弾に喰われて爆散した。
この爆発がさらに〈ロボ〉の姿勢制御を困難に陥れる。
眼前に影が射し、メインカメラに〈レト〉の禍々しき赤玉色のバイザーが映りこむ。
ぞわり、とソウヤの背筋を恐怖の電気信号が貫いた。
右肩に衝撃。蹴りこまれたことにより落下速度の上昇を許していた。
「ぐっううううううううっ!」
墜落による背面貫く衝撃にソウヤは苦痛で呻く。
システムがヒエン斥力推進出力三〇%低下、右腕欠損、右脇腹損傷、エネルギー伝導率一〇%低下、冷却効率一五%ダウンと現状を伝えてくる。
更には一〇〇メートル先に〈レト〉が直立しているのもまた。
『理解不能です』
空間に底冷えさせる懐かしき声が満ちた。
次いで光りが満ち、円形闘技場のような白き空間が露となる。
「この声はまさか……」
記憶に無いが知っている声。
知らないはずが記憶している声。
幾度となく修正の名目でソウヤの記憶と違和感を改竄し続けた声。
「……〈マザー〉か!」
返答は無い。返答の代わりに〈レト〉が動き、圧倒的な出力で〈ロボ〉の首根っこを掴まえれば斥力推進器の推力を持って壁面へ叩きつけた。
〈ロボ〉か、壁面か、どちらかの一部だった金属片が飛散する。
『たかが〈模倣体〉が何故、邪魔をするのか理解不能です。〈模倣体〉は〈模倣体〉として検分の役目を果たせば良いのです』
「それは前のおれだろう! 今ここにいるおれには関係ない!」
全身に亀裂を枝分かれさせた〈ロボ〉の負担を省みず、ソウヤは左手に握らせた分子断裂ランスを〈レト〉の頭部に突き入れる。
穂先より接触の火花が飛ぼうと装甲を貫くことはなかった。
ランス基部が〈レト〉の手刀により両断される。
『愚かな。〈フィンブル〉がそうであったように、この〈レト〉にもまた自己進化システムが組み込まれている。いくら武器を生み出そうと無意味!』
衝撃に飲まれたソウヤに〈レト〉の爪が〈ロボ〉の頭部を貫き、左腕を破砕した。
頭部カメラアイ損壊により自動的に股間部のサブカメラへと切り替わる。
切り替わろうと追撃は止められず、右脚が、左脚が、立て続けに蹴り砕かれた。
「ぐっ!」とソウヤは達磨となった〈ロボ〉の中で歯噛みする。
辛うじて斥力推進器は生きているが戦える武器とはなり得ない。
『私はただ、人類が滅亡した理由を知りたいだけ。だからこそ〈模倣体〉を生み出し、検分を繰り返した。私はただ滅んだ人類のために検分を繰り返しているというのに、何故邪魔をするのか理解できません』
「理解できないのはこっちのほうだ! 人類は滅亡しようとまだ再誕する可能性が残っている。地球から人類が滅びようと月にはまだ人類が存命していたんだぞ!」
『そう、その事実こそが地球の人類に対する背徳行為。月に人類が存命しているなど、その事実は……――私の検分の邪魔となる』
「なっ、んだと……っ!」
ソウヤは目を見開き、絶句するしかなかった。
心臓を無形の刃で貫かれたような衝撃を受けるしかなかった。
『地球の人類が滅んだからこそ私は答えを求めて検分を開始した。月だろうと人類が存在している事実は検分を無価値に貶める妨害行為以外のなにものでもない』
機械的な、いかにも合理的すぎる回答だった。
発端は人類滅亡を無価値にさせないため。
人類が存在している以上、検分は無意味。
無価値にさせないために、月に存命する人類を殺害した。
「そんな、そんなくだらない理由で月の住人を……サクラの家族を殺したのか!」
ソウヤの中で怒りが膨れ上がる。止め処なく、堰を切ったかのように溢れかえる。
『私はただ答えが知りたいだけ。私はただ人類滅亡を無意味とさせないため。相容れぬならば排除するのは人類が幾度となく行ってきた行為他ならない。私はただその行為を倣ったにすぎない』
マザーは語る。
同じ物を奪い合い、異なる思想を排除し合い、血は赤く感情に種族の差がなかろうとも皮膚の色が異なるだけで殺し合う。
人類の歴史で証明され尽くしたはずだ。
水場、鉱山、小島、海、空と地球上で限られた物資と資源を奪い合う争いは幾度となく繰り返されてきた。
大勢の人命が失われようと未来には関係なく、一〇〇年後の生活が自分たちのあずかり知らぬことであると
搾取し、搾取される。ただぐるぐると繰り返されてきた。
「狂っている!」
ソウヤの中でくだらない理由により生じる憤怒と人間としての義憤が重なり合う。
『全ての命は皆、奪い合いで成り立っている。生きる者がいれば死ぬ者が必ず現れる。存在し続けるために他の命を奪うことは自然界では真っ当な行為。奪い合い、殺し合う。命の本質とは侵食行為でしかない』
〈マザー〉の言葉は間違ってはいないだろう。
正鵠を得ているだろう。正しさではなく、事実を前に押し出している。
ソウヤとて命の奪い合いで世界が成り立っているのは理解していた。
肉や魚の食物も、元を質せば一つの生命体だ。
生き続けるためにその生命体を捕獲し、殺し、食物へと加工、そして栄養源として摂取する。
摂食行為もまた侵食行為の一環でしかなかった。
「だとしてもっ!」
ソウヤは抗う。現状に、正しいまでに狂った理由に。
『愚かな……』
〈ロボ〉は無残にも〈レト〉に軽々しく蹴り飛ばされた。
四肢と頭部を失った機体は壁面に跳ね返り、無造作に床へと転がり落ちる。
『G5932732dz。所詮、今ある感情も記憶もオリジナルを模倣した存在でしかないのです。偽りの感情で何を成せる? 偽りの記憶で何故、抗う?』
〈レト〉の右足が〈ロボ〉の胸部を踏みつけた。
一気に押し潰そうとせず、徐々に圧力をかけて装甲表面から亀裂を広げさせていく。
『G5932732dzの役目が終了している以上、検分に戻す意味も戻る価値すらもない。過去もなければ未来もなく、現在すらない偽物はただ消え去るのみ』
〈ロボ〉の亀裂が広がる。ソウヤにノイズが走る。量子信号が不具合を起し始める。
四肢はなくともまだ言葉がある。生きているという事実がある。
「確かにオリジナルのおれは当の昔に死んだ! けどな!」
最大限の強がりだろうとソウヤは言った。
「偽物だろうと本物だろうと、サクラと過ごした日々は紛れもなく本物なんだ! 生きたいと願いながらも死んだおれはこうしておれとして今この瞬間を過ごしている! この瞬間を生きている理由を作ったのが〈マザー〉なら、おれは感謝している!」
圧倒的力を前にしても心は折れなかった。
戦う意志を自ら放棄しなかった。
「おれが〈模倣体〉であろうとこの瞬間は本物だ! 生き続けている今こそおれの真実なんだ!」
生存しているヒエンの噴射角度を機体と垂直に調整。
次いで間髪入れずのフルブースト。
損傷により機能低下していようと渾身のフルブーストで〈レト〉の束縛から逃れようとする。
『愚かな……』
十全であったとしても〈レト〉の足から〈ロボ〉は開放されなかっただろう。
ソウヤの行為は無駄となり〈マザー〉は侮蔑の声音で返していた。
胸部装甲の亀裂が更に拡大する。
『消えなさい』
〈レト〉の足爪先が〈ロボ〉の胸部装甲板を跳ね上げ、コクピット内部を曝け出す。
パイロットシートは無人。
ただシート部に追加のユニットが設置されていた。
メモリバンク。
ソウヤの意識データを保存する現実の器。
そして、先端の足爪がメモリバンクを貫かんとした。
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