第四八話 人間として発信された感情
厚さ一〇メートルはある防壁を轟音唸らすDRW-Lのドリルで突き破る。
飛散する破片が機体からリズミカルな音を奏で、ドリルが唸り声を止めたのと同時に音もまた止む。
システムが分子レベルで精製された特殊合金であると告げるも今では無意味。
偽装口を抜けた先は戦艦クラスが使用する幅広い通路であった。
DRW-Lだけではなく〈フィンブル〉ですら移動可能な充分すぎる広さを持っている。
「随分と広すぎる通路だな……」
無機質な白き金属板で床も壁も、そして天井も覆われた通路。
センサーだけでなくソウヤ自身の目で注意を怠らず、DRW-Lを微速前進させる。この通路は物資搬入用か、それとも万が一の緊急脱出通路なのか、生憎この通路には案内図と標識がないため、侵入者であるソウヤには分からない。
――静か過ぎる……。
ソウヤは〈フィンブル〉に同意する。
基地外では一方的だったとはいえ防衛部隊が配備されていた。
基地内はもはや腹の中であり侵入を許した時点で警報が騒がしく鳴り響き、侵攻を阻止しようと防衛DTが出現、隔壁が降下しているはずだ。
未だ警報は一つも鳴らず、隔壁があろうと降りる気配が一向になく、排除しようとする防衛部隊すら一向に現れる気配がない。
「……〈フィンブル〉何か反応は?」
――ない。微々たる反応すらない。ただ深度一〇キロメートルの地点に高エネルギー反応を確認。恐らくは……。
「〈地球のマザー〉本体がある、か……」
ソウヤは空気が気に食わなかった。
計器類が大気物質は健康に害のない清浄であるシグナルを示していようと、妨害も警報もない空間の空気自体が異常なまでに気に食わない。
敵機が低探知性システムを展開していれば話は別だが〈フィンブル〉の目は隠蔽を易々と見抜く性能がある。
何かある。何かが潜み、企んでいる、と本能的な感覚がソウヤに訴えていた。
「……進もう。罠であろうと進まないと話が進まない」
――同意。警戒レベルを最大に。いくらこの通路が広かろうと先のような磁気嵐は使えない。油断するな、ソウヤ。
「ああ、お前こそな」
奇妙な感覚であった。
ただ観測する、観測される、の関係だったはずが気づけば共闘という形で戦地に立っている。
悪くはない。悪い気分などしない。ソウヤには〈地球のマザー〉に組み込まれたパーツを入手しなければならぬ責任がある。
〈フィンブル〉には戦争の調停者として戦争根絶の指令がある。
共に〈地球のマザー〉という利害の一致があり、それ故一時期の共闘へと行き着いた。
戦後のことなど考えていない。事が済んでからゆっくりと考えればいい。
〈模倣体〉であろうと人間だ。
〈模倣体〉だからこそ人間だ。
武器を捨てることも拾うこともあろう。
他者の手を握ることも振り払うこともあろう。
ただ今は、偽りなく為すべきことを偽らずに為す。
〈模倣体〉としての量子パルスではなく、人間として発信された感情だった。
……愚かだと〈母〉は結論付けた。
自らの愚行により滅んだ種をどうして救おうとするのか理解不能であった。
ただ〈母〉とて人類の死を嘆き、悲しみ、痛みを抱いている。
だからこそ必要なのだ。
だからこそ為さねばならぬのだ。
無限に等しい時間の中で繰り返される人類滅亡の解答を。
〈母〉はただ求めたにすぎない。
AIとして合理的な答えを求めたに過ぎない。
理解不能――理解不能である。
〈母〉が求めし解答は滅亡した人類に必要不可欠なもの。
〈母〉が求めし解答は生存する人類に不必要なもの。
必要か、不必要か、AIとして合理的に判断した結果であり、検分の邪魔をするものは排除する。
それがAIとして合理的に行き着いた解答であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます