第四九話 黒いロボ
「こいつは壮観だね……」
直径五キロメートルの大穴を見てソウヤは身震いしながらも呟いた。
特殊合金製に覆われた壁面には網目のように幾本もの光が走る。
DRW-Lの望遠センサーを最大限に、壁面の一部をサブウィンドウに網膜投影させた。
――どうやら壁面に量子サーバーが埋め込まれているようだ。
「みたいだな。数えるのが面倒なくらいにあるぞ」
一メートル×一メートルの正方形の区画に一台の量子サーバーが埋め込まれている。
計測からして何かしらの演算処理をしているようだ。
処理内容など事が済んでからゆっくりとログを解析すればいい。
問題なのは――
――急上昇する物体を確認。ソウヤ来るぞ!
データリンクで〈フィンブル〉から接近警報が届けられる。
DRW-Lの搭載センサーが反応しないことから低探知性ユニットを展開させているのだろう。
「先手必勝!」
ソウヤはミサイルボックスを展開。
残り弾頭を惜しまず大口開く縦穴へと解き放った。
密閉空間に振動と爆音が轟き、大穴より火柱が舞い上がる。
「……や、やったか?」
――いや、やっていない! 上だ!
DRW-Lのセンサーとソウヤが接近を認識した時には、先端部のドリルが引き裂かれていた。
敵機接触の振動すらなく、気づけば分子レベルで結合された頑丈な合金ドリルには人間が爪で引っかいたような五本の爪痕がある。
視界端を確かな敵影が横ぎった。
「くっそがっ!」
ソウヤは機体損壊を惜しむ暇もなく、センサーが捉えた敵影に大口径ビームキャノン二門を時間差で発射。一撃目は回避されようとソウヤの目論見通り、着地と同時に二撃目が突き刺さる。突き刺さるもビームキャノンの光が絹の如く引き裂かれていた。
――何、だと!
〈フィンブル〉から息を呑む声がする。
同時に〈フィンブル〉のエネルギー反応が高まり、ソウヤは反射的にDRW-Lを急上昇させた。
閃光が満ちたのは次の瞬間であった。
大口径荷電粒子砲の一撃は外壁を溶解させ、大穴を穿つ。
穿ってはいるも、着弾地点には悠然と敵機が立ち、全身を無傷のまま曝していた。
「嘘、だろう……」
茫然自失にソウヤは言葉を紡ぐしかなかった。
DRW-Lの砲撃を、〈フィンブル〉の砲撃を耐え凌いだ、からでもあるが、最も意識を掴まれたのは敵機の姿だ。
「く、黒い、〈ロボ〉……」
DRW-Lに搭乗する〈ロボ〉と瓜二つのDTが敵機の姿であった。
同機種であるが細部は異なる。
まず灰色ではなく全身が黒色であること。頭部には猛々しい赤玉色のバイザーから覗く禍々しいツインアイ。装甲表面の割れ目より赤熱化したエネルギーケーブルが血管のように貫き走る。指先で煌くは鋭利な爪。脚部先端にも指先には爪らしき刃物が確認できた。
視認では武装は爪以外見当たらないが油断ならず、先の砲撃から無傷で生存したことから耐久性は高いと認識していい。
何より敵機が自らの名を識別信号で伝えていた。
〈
それが黒き狼の名前であった。
システムが律儀にも名の由来を黒衣纏う女神の名であり、黒き牝狼であると告げる。
「灰色狼に対して黒色狼かよ!」
――来るぞ、ソウヤ!
〈フィンブル〉の叫びにソウヤは跳び上がった〈レト〉にDRW-Lの大口径ビームキャノンを放つ。
通用しないと理解しながらも撃たねばやられると本能的による発射だった。
〈レト〉の片腕の一振りがエネルギー柱を細切れに引き裂いた。
細分化された粒子エネルギーが後方へと飛び散り、壁面を焦がす。
「び、ビームが効かない!」
――恐らくは先端にある爪のせいだ。あの爪は分子レベルの超振動を起している。荷電粒子など容易く分解するぞ。
「ビームが引き裂かれたのはそのせいか!」
次いでドリルが引き裂かれた理由もまた。
爪に一寸でも触れられれば終わりだと無意識が〈レト〉との距離を取ろうとする。
それが隙を生み〈レト〉のDRW-Lへの馬乗りを許せば、両手両足の爪を硬き装甲に突き立てられた。
鋭利な爪先が深々と突き刺さり、DRW-Lの臓物が引きずり出される。
次いでエネルギーバイパスがショートによる誘爆を巻き起こした。
「ちぃっ!」
ソウヤはすぐさまDRWから〈ロボ〉をドッキングアウトさせる。
上へと跳び上がった〈ロボ〉に追従するようDRWのウェポンコンテナからヒエンが射出され、レーザービーコンに従い背面とコネクト。ヒエンにマウントされた新型ライフルを〈ロボ〉の右手に握らせた。
ライフル内コンデンサ急速充填完了の文字が網膜に投影されるなり迷うことなく銃口を向けた。
「これならどうだっ!」
ソウヤはライフルの引き金を引き絞った。
〈レト〉は爆発するDRWを盾にすることも、回避行動を取ることもない。
〈ロボ〉が引き金を引き絞った瞬間から予測弾道を計算し終えており、攻撃を引き裂かんと五指で煌めく爪を貫手で突き入れた。
「――っ!」
〈ロボ〉の銃口より放たれた不可視の銃弾が〈レト〉の右手を砕く。
ビームでないことが〈レト〉の挙動を一瞬だけ鈍らせ、着弾後に空気を割る鋭い破裂音――発射音が大気を揺さぶった。
「効いてる!」
効果はソウヤの予想以上だった。
〈フィンブル〉が開発し、〈ロボ〉が握る新型ライフルは荷電粒子を収束して撃ち出すビーム兵器ではない。
斥力推進器を攻撃に転用した新兵器、その名は斥力ライフル。
一点、それも極一点にまで絞った斥力を不可視の銃弾として射出する。
ビーム兵器でないため、大気中の分子の影響を受けなければ、先のように分子レベルにまで分解される危険性もない。
加えて射程も長く、熱量を持たない純粋な破砕する力であること、極超音速で放たれるため、発射と着弾のタイミングを相手に計られない。
――ならばまとめて受けろっ!
〈フィンブル〉が斥力ライフルを急速成形、二〇はある砲口が〈レト〉へと牙を剥く。対して〈レト〉は足裏を深く床へと食い込ませれば、胸部装甲が変質。〈フィンブル〉がしたように、自ら胸に大穴を――否、砲口を形成、胸奥に光を集わせる。不可視と可視の攻撃が放たれたのはほぼ同時であり、禍々しき光が龍の如く〈フィンブル〉の脚部の一つを抉り取っていた。
「嘘だろう、おい……」
〈フィンブル〉の装甲はDTの携行武器では傷一つつけられないほど頑丈なはずだ。
対して〈レト〉も無傷とはいかず、右腕が吹き飛び、各装甲に亀裂を走らせていた。ソウヤは即座に〈レト〉の損壊部へと斥力ライフルを発射する。極音速、それも 不可視の弾丸を〈レト〉は見えているかのように右往左往位に避けてきた。
「なんて反応速度だ!」
あの回避性能の原因は、〈レト〉が背中を垣間見た時に判明する。
機体背面にあるXの字に見える推進機関――それも斥力推進器が上下左右斜めに稼働することで推進ベクトルを操作している。
さらには〈ソウヤ〉の癖と次弾発射のタイムラグを見破ったのか、当たらない。
「〈フィンブル〉、今のうちに!」
〈レト〉の動きを目で追えようとソウヤの思考操縦を上回り捉えられずにいる。
だとしてもソウヤは弾幕を張ることで時間を稼ぐ。
――助かるっ!
〈フィンブル〉の補助アームが伸展。残骸となったDRWを引き寄せ、修復用ナノマシンを散布する。
DRW残骸の分子を組み換えることで欠損した部分を補填しようとした。
対して〈レト〉は〈ロボ〉の不可視の弾幕に曝されていようと着弾どころか掠めることもなく、脚部で床を蹴り上げて機体を反転させる。
サイドアーマーの一部が滑るように展開、中より白煙状の物質を散布した。
ナノマシンという認識がソウヤに走った時には〈レト〉の装甲から亀裂は消え、欠損していた右腕が完全に修復されていた。
「こいつ、〈フィンブル〉と同じ能力を……」
〈レト〉にはナノマシンによる分子組み換え作用により〈フィンブル〉同様、必要なパーツを瞬時に生産する能力が備わっていた。
言わば小型化された人型〈フィンブル〉だった。
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