第四七話 サクラに笑われるからな!

 氷に覆われた死の大陸の地下深く。

 地中一〇キロメートルに位置する空間に〈地球のマザー〉本体は存在した。

 元は〈ドーム〉に本体が安置されていたが〈月のマザー〉の襲撃を警戒した結果、隠匿にもっとも適した地、南極が選ばれた。

 南極条約があろうとそれは既に滅んだ人類が結んだ条約。

 AIが律儀に守る理由はなく、本体を守るために様々な活動を行ってきた。

 発電衛星からのマイクロウェーブによる電力受信は所在地が露見する危険性がある。稼働電力は隠匿を踏まえて地中深く掘り込まれたケーブルによる地熱発電。熱量を隠蔽する防衛システムの構築。極地対応型DT防衛部隊の配備。万が一、攻め込まれようと何一つ不備はなく一〇〇%防衛可能な戦力。

 ただ誤算があるとすればあの〈千年戦争〉の悪魔〈フィンブル〉が存命していたこと。あの自己進化と自己再生の能力は計り知れず、処理能力ですら〈マザー〉クラスのAIと同等である。

 もっともそれは過去のデータを踏まえての話。

 先の戦闘により〈フィンブル〉の組織片を入手。

 ナノマシンの分子配列の解析に成功した結果、対抗策が完成した。

 対悪魔兵器〈エンジェル・ダスト〉。

 これにより〈フィンブル〉は塵芥へと還る。

 G5932732dzに関しては再起動は計算外であるが些細なことでしかない。

 たかが〈模倣体〉に何が出来る。

〈月のマザー〉が放った刺客に関しては懸念事項であるが、危険度は低い。

〈ドーム〉内の検分を妨害する以上、排除するのが通例。

 毒に毒をぶつけるように、にて排除する。

 誰であろうと邪魔はさせな……――接近警報!

 センサーに南極大陸へ接近する信号を二つ感知。

 システムに従い、防衛部隊が自動起動。

 センサーに異常感知。

 半径五キロメートルの大規模な磁気嵐を確認。

 衛星からの観測不能。

 各DTの信号、磁気嵐により途絶。

 ただの磁気嵐ではないと断定。

 量子通信ですら妨害する特殊波長であると仮定。

 危険レベルを引き上げ、アンチジャマーを展開。防衛部隊に殲滅を入力。

 量子コードエラー。エラー理由は磁気嵐と断定。アンチジャマーを無効化された。

 光学望遠鏡起動。敵影を視認する。


 DRW-L、現在速度250km/h、コンデンサ残量九九%、磁気嵐影響〇,四二%。EEドライブ稼働良好、エネルギー供給ライン及び各駆同系異常なし、各種センサー類磁気影響なし良好。

 ざっと投影された計器に目を走らせるも異常は無い。

「どけどけどけどけ! 掘られたくないならどきやがれ!」

 故にソウヤはDRW-Lにドッキングした〈ロボ〉の中で雄叫びをあげていた。

 網膜投影されたメインカメラの映像には南極のブリザードではなく、ノイズを走らせる磁気嵐が猛り狂っている。

 磁気嵐の発生源はDRW-Lの後方一〇〇メートルを追走する〈フィンブル〉だ。

 ――機体速度を維持しろ。一〇メートルでも嵐の目から離れれば、瞬く間に磁気嵐に喰われるぞ。

 荷電粒子の特性を利用した人工の磁気嵐。

 荷電粒子砲発射の際に発生する電場と磁場を応用したものだ。

 ただ単に〈フィンブル〉の荷電粒子砲を上空に向けて渦状に拡散発射したにすぎないが、少数機による強襲作戦では多大な効果を発揮していた

「わかっている! 磁気にやられて機能停止だなんてマヌケだとサクラに笑われるからな!」

 ソウヤは、あんな女に笑われてたまるかと気合を入れ直す。

 拡散された荷電粒子は大気中に様々な影響を発生させる。

 電気の持つ電場と磁気の持つ磁場が影響しあうことで発生する波。

 それにより様々な波長の電磁波が撒き散らされる。

 今回の磁気嵐は拡大拡張版であり、波ではなく文字通りの嵐。

 おまけに量子通信を阻害する特殊量子波も混ぜているために、DT防衛部隊は嵐に巻き込まれれば搭載電子機器が電磁波によるシステム障害を起していた。

「邪魔だっ!」

 システム障害を起しながらもDRW-Lの先端に飛びついてきた勇猛な敵DTの一機を高速回転するドリルで破壊する。

 ミキサー音を発するドリルで残骸となったDTに目もくれず、装甲に破片が打ちつけようとただ前進する。

 本来ならば磁気嵐の影響をDRW-Lがイの一番に受けるのだが、台風の目の特性を利用して半径一五〇メートルの無風地帯を設けることで影響を免れていた。

 また敵機攻撃のためにビーム兵器を放とうと磁気の影響により大きく飛散、ミサイル兵器はセンサー類が磁気によりエラーを起して予測外の方向に飛んでいく。

 だからこそ、磁気嵐の影響を最小限で済む質量兵器の出番である。

 放つことはせず、ただ回転するだけの兵器。高推力を持って敵陣突破のお供となるピッタリな武器が他にあろうか。

 ――センサーに反応あり。前方三〇キロ先、DT発進口を確認。

 データリンクで〈フィンブル〉からソウヤへと拡大映像が送られてくる。

 氷河の一部が正方形に区切られ、機械的な扉を出現させている。

 紛れもなく偽装口であり、その先は格納庫に、引いては〈地球のマザー〉本体の道へと通じているはずだ。

 ――六〇秒後に磁気嵐を解く。外すなよ。

「もちろんだ!」

 ソウヤは素早く火器管制ロックを解除。DRW-Lの火器をアクティブにする。

 両サイドに装備してあるミサイルボックスのハッチを展開。中より無数ある弾頭が顔を迫り出した。連動するように大口径ビームキャノンの砲口も競り上がり、チャージを開始。砲口奥に光が蓄積していく。

 ――拡散荷電粒子砲、停止。次いで磁気制御力場起動。目標、正面偽装ゲート。

 六〇秒後ジャストに磁気嵐が停止。本来なら停止しようと即座に収まらない磁気嵐であるが、〈フィンブル〉が発する特殊な磁気制御力場により、DRW-Lの正面だけ真っ直ぐトンネルのような道筋が形成される。

 磁気嵐同様、荷電粒子の影響を利用した不可視の通路であった。

「ターゲット、偽装口。フルバースト!」

 ソウヤの思念に連動してDRW-Lより無数のミサイルが撃ち出された。

 ロケット推進の尾を引くミサイル群はピラニアの如く、河川に見立てた不可視の通路を通り抜けてターゲットに猛進する。

 敵機が防衛に入ろうと磁気嵐の後遺症により反応が鈍い。

 一気呵成に猛進するミサイル群は停められず、着弾の殺到を許していた。

「ついでにもう一発!」

 偽装口より爆発の炎が上がり、瓦礫が出入口を塞ぐ。

 着弾後、臨界状態の大口径ビームキャノン二門を発射。

 ミサイル群で邪魔な防衛部隊を一掃し、ビーム砲で突入ルートを作る。

 疾走する二本のビームは磁気制御力場により一本へと強固に集束、鋭利な光槍となって偽装口に突き刺さった。

「〈フィンブル〉遅れるなよ!」

 ――無論だ!

 偽装口より第二の爆発を確認、次いでDRW-Lのドリルを再起動させる。

 唸り声を発するドリルでマシーンごと偽装口だった大穴に突撃した。

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