第四章 人類の滅亡した地球で

第四二話 死の概念

〈シートン〉は度重なる攻撃に曝されたことで満身創痍であった。

 推進機関部大破、計八層ある多重装甲板の被害は第五装甲板まで。

 一部では第八装甲板まで貫通していた。

 特に格納庫周辺の被害が著しくとも不幸中の幸いは、この艦を制御するAIユニットと全データが保存されたサーバールームが無傷である点であった。

 もっとも不幸中の幸いだと片付けられる現状でもなかった。


「カグヤ、サクラの容態は?」

 白き部屋の中、ソウヤは艦内通話でカグヤにサクラの容態を尋ねていた。

 あの戦闘から四日が経過した。

 敵部隊の攻撃に曝された結果、〈シートン〉及び〈ブランカ〉のダメージは重く、現在、太平洋の奥底で文字通り身を潜めながら〈フィンブル・リペア〉の力により修復作業の真っ最中であった。

「四度目になりますが幸いにも命には異常ありません。ですが、ご周知の通り、左腕骨折、右肩甲骨、肋骨にヒビ、内臓器官にもダメージが多く、全治二週間の治療が必要です」

 生きているのが不思議だとかつての人類は驚嘆するだろうか、との自問をソウヤは不謹慎だと片付けた。

〈ブランカ〉で獅子奮迅の戦闘を行った代償でもあるが、サクラ負傷の主な原因は、ソウヤと〈フィンブル〉にあったりする。

 今まで利用し、騙していた仕返しだと〈ロボ〉で〈ブランカ〉を殴りつけた。

 メディカルデータではこの際の衝撃で肋骨にヒビが入ったと記載されている。

 次に〈シートン〉へと投げ入れた際の衝撃で内臓を負傷、とどめは〈フィンブル〉による現地離脱のフルブースト。機体を固定していなかったため、離着陸の衝撃で激しく叩きつけられたことで内蔵に追加のダメージ。そして現在に至っていた。

「今現在もサクラは治療用カプセルの中です。あと一〇日ほどすれば完治します。ともあれ……――今から腹を切る覚悟をしといてくださいね」

 怒る声音が通信を一方的に切った。

「カプセルね……謝っておけってことか」

 やれやれと嘆息しながらソウヤはデータ検索により該当データを呼び出した。

 治療用カプセルとは文字通り、外傷や疾患を治療及び再生するためのカプセルである。

 医療用ナノマシンを使用することで人体が本来持つ自己治癒能力以上の治療効果と速度を高め、自己治癒能力のない眼球や脊髄すら再生させる医療器具だ。

 ただし、一度、カプセルに入れば完治するまで出ることはできず、治療専念のため患者は睡眠と安静を強いられることになる。

「おおう……っ!」

 もしサクラが健全ならば殴りつけた報復で今頃ソウヤが治療用カプセルに入っていたかもしれないと悪寒で心身を震えさせていた。

「いや、おれ〈模倣体〉だしな、リアルに肉体の無い奴がどうやって入るんだよ?」

 冷静に考えた結果、治療用カプセルは〈模倣体〉であるソウヤには必要ないという結論にたどり着いてしまった。

 次いで〈模倣体〉が負傷した場合の治療法は何か、疑問が沸いてしまう。

 カグヤに尋ねようと、先の声音からしてご機嫌斜め、答えてくれる空気ではない。

 そもそもカグヤは〈シートン〉を管理するAIであり、今現在、修復作業に処理を追われている。

 いくら〈フィンブル・リペア〉の存在があろうと修復作業の指揮が必要であり、ソウヤの質問に処理を割く余裕はないだろう。

「おい、〈フィンブル〉いるか?」

 故にソウヤは何でも知っていそうな悪魔に訊いてみようと通信回線を開いた。

 ――何用だ?

「いや、ちょっと聞きたいことがあってな」

〈フィンブル〉は現在、〈シートン〉と共に海底で身を潜めている。

 あの悪魔とこうして共闘している現状に複雑さと奇妙な心地よさを感じながらも、ソウヤは〈模倣体〉が負傷した場合による治療法とは何かを尋ねていた。

 ――ふむ、実に興味深い。

「いや、興味深いってお前な」

 意外な返答にソウヤは困惑した。

 ――ソウヤは〈模倣体〉。言わば人間とAIの狭間に立つ存在のようなものだ。確かに、生身の人間と違い、現実世界に現し身が無い以上、各疾患に曝されることはないだろう。だが……。

 一拍置いて〈フィンブル〉は音声と共にデータファイルを転送してきた。

 ファイル内容は〈フィンブル〉が過去の大戦で外部から受けたウィルスソフトと自作したワクチンソフトだった。

 ――〈模倣体〉とてプログラムの一種だ。死という概念がないわけでもない。

「何でいきなり死なんだよ。物騒な」

 ――死とは有機生命体にのみ存在する概念だと思われているが、実際は無機物、機械にもしっかりと死の概念は存在する。ただ死への概念が有機生命体と異なるだけだ。

「異なるね……それがどう関係あるんだ?」

 ――故障はケガ、ウィルスは病気、そして破壊は死だ。構造プログラムに損傷が出れば修復パッチを当てる。ウィルスに犯されればワクチンプログラムをインストールする。データを保全するサーバーが破壊されればプログラムは保持できず消失する。作りが異なろうとその概念に差異はない。

「要はあれか? 仮に〈模倣体〉でも負傷はあるが治療用パッチがあり、ウィルスによる病気もあるがワクチンによる治療もある。そして、おれを保存するサーバーが破壊されれば死ぬと?」

 ――その通りだと言っただろう。

 ソウヤにはサクラのように人類再誕や〈フィンブル〉の戦争根絶など、明確な目的意識を持ちえなかった。

 DTに乗り続けたのはただ単に〈ドーム〉に外界の真実を伝えるため。

 戦場に出る以上、戦えば死ぬ、なんて当たり前な理屈、はなから頭にはなかった。

 オリジナルが事故で死んだ以上、無意識に死を忌避していたからかもしれない。

 今、〈模倣体〉と自覚したソウヤには戦う目的も真実を伝える理由もなかった。

「難しいな」

 ――死とは何か? などは哲学の領域だ。ソウヤの処理能力では無理だろう。

「うるせえよ」

 不機嫌面でソウヤは言い返すしかなかった。

 そのまま無造作に床へと身体を仰向けに横たえる。

 横たえれば白き天井ではなく見覚えのある肌色の柱二本と黒き物体が網膜に映り込んだ。

「はぁ? ……――ぐげっ!」

 次いで、ソウヤは間抜けな声を上げた。

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