第四一話 模倣体であろうと

 ソウヤの気分は一言で爽快、痛快、愉快の三拍子の快だった。

〈ロボ〉の拳で満身創痍の〈ブランカ〉の頭部を殴り飛ばしただけなのだが、たったこれだけの行為で三つ全てを返した気がしてならない。

「よし、すっきりした! さっぱりした! ざっまあ~みろっ!」

 ソウヤはさらに暴言で追い打ちをかける。

 ケガ人に鞭打つ行為を実行した結果、サクラの生体反応は一瞬イエローゾーンに下落するもしばしの間を経てグリーンゾーンになったため問題無しとした。

『な、何がよしよ! 帰って来たら帰って来たで何よ、この仕打ち!』

 横転した〈ブランカ〉より通信、サクラの怒声が届けられる。

 通信システムに動作不良が出ていたはずだが、殴った衝撃でノイズもなく正常に作動している。

 加えて機体は満身創痍であるがコクピットブロックは無事であり、内部に多少の損傷が波及していようと中のサクラは無事なためこれまた問題ないとした。

「人を騙していた仕返しだ。機体は辛うじて動けるんだ。さっさと〈シートン〉に帰艦してな」

 ソウヤはやかましいサクラの反論を聞かず、〈ロボ〉で〈ブランカ〉を掴み上げれば、スイング後〈シートン〉の貫通孔目がけて放り投げる。

 抗議の声を黙殺して、ホールインワンとなった〈ブランカ〉を見送れば、改めて〈ロボ〉にショートツインライフルを構えさせた。

 敵DT部隊は〈ロボ〉に異変を察知したのか、一切〈シートン〉への攻撃を止めている。〈地球のマザー〉があの敵部隊を制御、統制している以上、ソウヤの復活は全くの計算外であり、この戦場に現れるのもまた計算外なのだろう。

 相手が機械であろうと、装甲越しに無機的な殺気がひしひしと伝わってくる。

 不確定要素を排除せんとする別なる意志が殺気とは別に感じられる。

 その時、別なる通信が割り込んだ。

 ――あと六二秒でそちらにたどり着く。

「何かは知らんが分かった!」

 通信相手が〈フィンブル〉であろうとソウヤは構わない。

 観測対象である以上、自我崩壊から復活したことに更なる興味を抱いたのだろう。

 好きなだけ観測させてやる。

 ただし、この邪魔なDT部隊を殲滅してくれるのが観測料だ。

「聞こえているんだろう。〈地球のマザー〉!」

 返答がなくともソウヤはオープン回線で呼びかける。

 呼びかけへの返答は当然、各DTの攻撃だった。

 銃弾が、ミサイルが、ビームが、一斉に〈ロボ〉へと迫る。

 背面の斥力推進器をドライブ。

 地を滑るように迫りくる凶弾の群れを回避する。

 着弾の爆発をバックに機動性を活かした踏み込みで手身近なDT二機に銃口を突き刺すよう胸部装甲に突きつけ、実体弾とビーム弾の二種の弾を接射で叩き込む。

 いくらビーム兵器を無効化する電磁波発振装甲を持とうと零の距離間では効果を為さない。

 機体内部のジェネレータまで穿たれた敵DTはスパークを走らせて誘爆。

 爆発した時には〈ロボ〉は別なる敵機に二種の弾を撃ち込んでいた。

「おれは〈ここにいる〉! 〈模倣体〉であろうと、おれは〈ここにいる〉!」

〈ロボ〉は戦場を駆ける。

 二丁の銃を巧みに操りながら俊敏なステップで敵部隊を翻弄する。

 時折、ロックオンのアラートが響こうと常に移動を忘れず、敵位置さえ忘れない。

 ただ置き土産に弾をぶち込んでいく。

 弾倉内の銃弾とコンデンサ内の電力が空になったとアラートが入る。

 その瞬間を見逃さぬと敵DT群からの一斉砲撃が開始する。

 ソウヤは機体を右に、左に、時には右に、着地点を騙すように斥力を利用して回避運動を続け、右へと見せかけて空に舞い上がる。

 高度五〇〇メートル。

 ヒエンと比較して固定された斥力推進器では空中飛行は無理だろうと浮遊程度なら可能であった。

 敵機群は動きに翻弄された結果、センサーから<ロボ>をロストしてしまう。

 人間がそうするように頭部カメラをせわしなく動かしては位置を把握しようとしている。

 ソウヤはその間、素早く空となった実体弾の交換及びコンデンサのチャージを行おうとする。

 ショートツインライフルより空薬莢を排出。次いで腰部側面装甲にショートツインライフルを接続。エネルギーバイパス接続クリア。エネルギー充填開始を確認。腰部後面装甲にマウントされたスピードローダーを取り出せば、弾倉振出式シリンダーに予備弾薬を装填。

 弾薬リロード、コンデンサ充填完了。

 眼下に展開する砲撃型DTたちが<ロボ>に気づき、対空攻撃を行おうとしている。

 だがもう遅い。ざっと目で敵機をロックオンさせる。

 機械的なロックオンではなく、人間の思考による擬似的なロックオン。

 この〈ロボ〉は白兵戦仕様であり、戦局に応じてバックパックを換装する効率的なDTでしかない。

 今の背面にミッションフォルムは装着されておらず、命中精度も距離が開くに連れて低下していく。

 別に直撃などさせない。ただ引き金を引き、撃滅する。乱れ撃ちで!

 フルオートで実体弾、ビーム弾を雨のように眼下の地上へとばら撒いた。

 狙点を変えながら、ただ、ただフルオートで弾をばら撒く。

 移動を忘れず、斥力で左右に、時には再上昇、再下降と移動を繰り返しながら立体的に動き、敵機に現在位置を把握させない。

 装甲越しに急激なGを感じようとソウヤにはそれが心地よかった。

 生身の人間ならば高機動による負荷Gにより潰れていたがソウヤには関係ない。

 敵部隊がたった一機のDTに翻弄されている焦燥感を装甲越しに感じたのと同時にショートツインライフルのマガジンとコンデンサの中身が尽きる。

 まだ眼下には健全な敵機が残っている。

 攻撃体勢を取っていようと何ら問題はなかった。

「グッドタイミング!」

<ロボ>着地と同時に、背後の地に亀裂が走り、千年戦争の悪魔が出現した。


 地中から現れると同時に〈フィンブル〉は攻撃体勢に即移行する。

 交戦にて多少の損傷があろうと影響は微々たるものであった。

 ――ターゲット、オールロック。

 攻撃対象〈地球のマザー〉制御のDT部隊。

 攻撃非対象〈ロボ〉〈ブランカ〉〈シートン〉。

 各脚部に設置された大型砲塔、ビーム偏向力場、磁気制御力場起動。EEドライブΩ動作正常。エネルギーバイパス異常なし。

 ――フルバースト。

 無数の閃光が地を薙ぎ、空を照らした。

 敵機が電磁波発振装甲を持とうと、かの〈フィンブル〉の前には無意味だった。

 ――敵機殲滅を確認……南西一〇〇キロの地点に増援反応。数五〇〇。

 南西だけではなく北東からもまた増援を確認する。

〈フィンブル〉は現状況に置いて合理的な計算を即座に行った。

 こちらとて先の戦闘で多少なりともダメージを負っている。

 この場は撤退するのが妥当だと判断。

〈ブランカ〉の反応を〈シートン〉内で確認。

 パイロットの生存の確認した後、〈フィンブル〉は〈ロボ〉に通信を送る。

 ――撤退する。ソウヤは〈シートン〉へ。

『だけどよ。〈シートン〉は機関部が!』

 ――問題ない。

 地より跳び上がった〈フィンブル〉は、不時着して黒煙を噴き出す〈シートン〉の機関部に四つの脚部を食い込ませた。

 ――修復用ナノマシンを応急処置レベルで散布。

 粉末状のナノマシンにより次なる動作に耐え切れる程度にまで艦体を修復させる。

『何をする気だ!』

 ――急げ、フルブーストでこの場から撤退する。

〈フィンブル〉は斥力推進機関を展開。

〈ロボ〉とは比較にならぬ推力を持ってこの場より撤退せんとする。

〈シートン〉の中へ〈ロボ〉が消えたのをセンサーで確認すれば、仰角を調整、次いでカウントダウンを省略する。

 ――フルブースト!

 あたかも〈フィンブル〉はロケットのように〈シートン〉ごと、この戦場から撤退した。

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