第二八話 AIのため息
カグヤは〈シートン〉の航行管理をする傍ら並列作業で〈ロボ〉と〈ブランカ〉の出撃準備を行っていれば「はぁ」と小さなため息を零す。
人間とは失望や心配事、気に病むことがあればため息をするという。
こうしてため息をつくのはカグヤ自身、後ろめたさがある感情表現だと自覚していた。
AIとしてため息をつく処理があるならば、他の作業に振り分けよと別なる自分が語りかけてくるような気がした。
「サクラ。少しいいですか?」
カグヤはサクラの私室と通信を繋ぐ。負荷処理をかけぬよう音声通信のみ。三秒ほどの間を経て応答があった。
『何かしら?』
「次の〈集合データベースNOAH〉の件です」
「……中へのアクセスはあたしがする。ソウヤは外で護衛。それでいいわ」
声音の振れ幅によりサクラの精神状態が揺れているのが分かった。
人間であれ、AIであれ、行き着く答えは同じなのだろう。
『中身を確かめるまで分からないけど、あらゆるデータが収められている以上、ソウヤに触れさせるのは危険だわ。だからあいつは外で護衛という名の待機』
人間からすれば妥当な判断なのだろう。
物事は実証されて初めて証明される以上、それが無難だ。
AIによる計算結果は、あくまでも統計データによる最適な予測結果でしかない。
世の中には計算で計ろうと計りきれないものが無数に存在している。
その計りきれないものが人間だ。
いくら計算しようと計算しきれない。
これが人間だけが持つ無限の可能性なのか、カグヤは未だ計算しきれていなかった。
あの時は、AIとして非生産的だと片づけたが、この発言が未だカグヤの中で不可解な疑問データとして留まり続けている。
バグとして片づけるのは容易くも片づけてはいけないと保留したままだ。
『出撃まで少し寝るわ。何かあったら叩き起こして』
通信はサクラから一方的に切られる。
特に不快パルスを出さずカグヤは作業を続投する。
〈シートン〉の高度安定、敵影なし、ステルス及びドライブ良好。監視中の〈フィンブル・リペア〉に動作なし、システム侵入なし。〈フィンブル〉、アメリカ大陸から大西洋横断によるヨーロッパ上陸を確認。ソウヤ、メンタル数値良好。安定域を確認。確認作業をする中、ふと月にいる母親と会話をしたくなった。
会話理由は何一つ思いつかない。
親子というものは理由なく気兼ねに会話を交えるはずだが、何故か母親と話すのに理由というパスワードを必要な気がした。
そのパスワードを自分は組みきれない。
突破できない。
母親からは月を発って以来、通信傍受を警戒されてか通信を遮断されている。
繋ごうと思えば繋げるが、第一声に何故繋いだのか、その理由を問われるだろう。
理由をカグヤは組みきれなかった。
AIなのに――AIならば合理的な回答を組みきれるはずなのに――
「……分かりません」
カグヤは合理的な解答を組み切れないため、顔をうつむかせる。
そもそもこの作戦自体、無謀なのだ。
何故、戦艦一船とDT二機の乏しい戦力で地球に降下しなければならないのか?
何故、〈ドーム〉の住人を一人だけ、協力者に招き入れなければならないのか?
敵の牙城に攻め込むにはそれ相応の戦力が必要となる。
それは戦争の歴史が証明しているはずだ。
DTの性能に差がないのならば、勝敗は数とその作戦指揮により決定される。
ましてや地球は敵本拠地、敵側は無尽蔵にDTを出撃させることができる。
対して戦艦一とDT二の戦力しかないこちら側は数に圧倒される。
娘でも計算結果を算出できる以上、あの母親が解答を出せぬはずがない。
仮にピンポイントで敵本拠地に攻め入ろうと防衛網すら突破できぬと計算に出ている。
答えは無謀の一つしかない。
失敗が許されぬ以上、無茶で無理で無謀な作戦以外の何物でもないのだ。
母親は極少数の戦力で地球に降下しなさいと娘に命じた本当の目的は?
……娘に死ねと言っているようなものだと人間ならば怒るのだろうか?
AIとしてカグヤにある解答を導く根幹は、効率か、非効率かの二つだけ。
娘とデータにあろうと人間の親子が抱く情はAIである今のカグヤにはない。
「…………………………はぁ」
解答を計算しきれない。
いくら計算処理に没入しようと解答は出ない。
ただ出たのは曖昧な予測。
母親は娘に重要な要素を敢えて知らせていない。
この予測では、母親の真の目的という新たな問題が浮かび上がり、確率的に高かろうと結局のところ不確定要素である。
不明から解答を導き出すには、その不明を暴く必要があった。
「堂々巡りです」
ため息と共に言葉を吐き出した。
まるで戦争と平和の二拍子を繰り返した人類のようだ。
結局のところ、現在のカグヤの演算能力では母親の解答を導き出す要素を持たないという解答が算出された。
不確定要素が多すぎる以上、この件もまた保留としてカグヤは〈シートン〉の航行管理に処理を働かせるのであった。
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