第二九話 罠

 データの箱舟は切り立った山脈の岩盤をくりぬき、地中に隠れ潜むよう建造されていた。

〈シートン〉は高度と山肌の距離に注意をしながら上空を航行する。

「こんなところに例のデータベースがあるのか?」

 外部カメラで外界を見下ろしながらソウヤは呟く。

 カメラ越しであろうと吸い込まんとする高さは恐怖で男の玉を冷やす。

 ただデータベースの名の通り機械的な建造物が山の中にあるかと想像したが現実は違ったようだ。

 カグヤから端末に転送されたデータを閲覧すれば、周辺地形に擬態するよう入口は隠されている。挙句にサイズからして人間専用であり〈シートン〉はおろかDTでも内部に侵入できない。

 極秘裏に建造されたデータベースが後世に露見しているのは〈千年戦争〉末期に存在が露見した単純な理由があった。

 末期といえば、かの〈フィンブル〉が暴れまわっていた時期だ。

 データには〈フィンブル〉の対抗策を見出すため、データベースを徴収するための部隊が派遣された記録が残されている。

 今の時代にも健在なことから侵攻に耐え切ったのだろう。

『おかしいですね』

 小首を傾げたようなカグヤの声がソウヤの耳朶を打つ。

 ソウヤはその理由を〈シートン〉の索敵システムから割り出した。

「確か、防衛用無人DTが配備されているはずだろう? 一機も反応がないぞ」

 センサーにはDTらしき熱源反応がない。

<シートン>はデータベースまで一〇キロメートルの距離にまで近づいている。

 高度非探知性システムによりセンサーの目から逃れているとしても、侵入者に対して攻撃が何一つ行われてないことに疑問を抱く。

「カグヤ、何か怪しい反応は無いのか?」

『……いえ、ありません。計算では八〇,四%の確立で奇襲があると出たのですが、逆に何故、攻撃が行われないのか、計算では罠である可能性が九〇,八%の確立で出ました』

『中で待ち構えているのかもね……』

 サクラの発言にソウヤは同じ答えに至っていた。

 出入り口が人間サイズである以上、この中で侵入するのはサクラとなる。

 カグヤは〈シートン〉の管理があり、ソウヤ自身は病原菌への免疫が皆無である以上、外界に出るのは自殺行為。防護服があれば、と口ずさんだのは一度や二度ではない。

「データベースなら機材搬入用の出入口やメンテナンス用ハッチとかないのか?」

『わたしもそう思ってデータを洗い出した結果、発見はしたのですが、どうやら資材搬入が完了するなり内側より完全に密閉したと残されていました。穴を開けようにも外壁の素材は分子レベルから精製された特殊超合金製の防壁です。残念なことに〈フィンブル〉の武装でなければ貫通は不可能との計算が出ています』

『ちょっと〈フィンブル〉なら可能ってシャレにならないわよ』

 サクラがモニターの向こうで前髪を左手でかきあげる。

 いらついた時や呆れた時にする癖だとソウヤは最近になって気づくようになった。

『その〈フィンブル〉は現在ヨーロッパ方面からロシア地方を移動中です。接触する可能性は高いですがこちらが撤退する時間は充分にあります』

 それに、とカグヤは間を置いて続けた。

『扉のパスワードは今しがた解析が終了しました』

 誇らしげなカグヤの声にソウヤは胸張る姿を連想した。

『人間の管理者が死亡してから管理コードはデータベースの管理AIが引き継いだようですが、結果はこの通りです。ただしシステムの都合上、一人が電脳空間よりアクセスしてパスワードを解除する必要があります。ついでに中の防衛システムを沈黙させておきました。これで心置きなくデータベースの調査が可能です』

『データベースのアクセスはあたしがする。ホバーバイクを用意して。直に乗り込むわ』

『了解しました』

『それからカグヤは〈シートン〉で待機、周辺の警戒を怠らないで。次にソウヤは〈ロボ〉でデータベースの扉前であたしの護衛。いいわね』

「わ、分かった!」

 的確な指示を出すサクラに答えたソウヤは行動で示すように、〈ロボ〉との直通であるリクライニングシートへと背中を預けた。

「カグヤ、お願い!」

『はい、転送します!』

 移動のはずが二度も言い間違えたカグヤにソウヤはまたも微笑ましさを感じてしまった。


 白き部屋から〈ロボ〉へと移動する最中、突如としてアラートが鳴り響いた。

「な、なんだ!」

『こ、これは侵入者です! 何者かが〈シートン〉に強制アクセスしています!』

 緊迫したカグヤは声を震えさせる。

 ソウヤ自身は移動中であり、意思に反して身体は動かせず無防備だ。

『そ、そんな……データベースの管理AIがまさか……』

 愕然としたカグヤの声。

 ソウヤは手も足も出せない状況に地団駄さえ踏めない。

 その時、懐かしき声がした。

『あなたたちを真実へと案内しましょう』

 懐かしくも底冷えさせる〈母〉の声がソウヤの意識を奪い去った。

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