第二七話 男を建前に
「痛って~また殴らなくてもいいだろう」
ソウヤは殴られ、ひりひりとする頭頂部を撫でる。
白き部屋の中、トレイから食欲そそる香りがあろうと痛みのせいで台無しだ。
原材料生産地、月面食料生産プラント。製造出荷元、月面食品加工プラント。
ありきたりな合成食品ではなく宝石並みに価値の高い天然食品なのは喜ばしく、味も格別なのだが、どこか素直に喜べない。
理由はいわずとも理不尽に振られる
「挙句に〈フィンブル・リペア〉までいるし……」
押しかけ女房でも気取っているのか〈フィンブル・リペア〉は格納庫隅に専用ケージを製作してからはスリープモードに移行し、微々たる動きも見せていない。
〈ロボ〉の武装を改良するといい、こうして居座るといい、大本である〈フィンブル〉の意図がソウヤにだけは読めた。
「おれを直に観察するためか……」
辻褄が合う。
わざわざ物騒な本体ではなくリペアマシーンならば警戒度は低くて済む。
文字通りの獅子身中の虫であるが〈フィンブル〉の狙いがソウヤの観察ならば、自ら観察対象を排除するのは愚行のはずだ。
非協力的な態度は〈フィンブル〉の不利益になる。
だから〈ロボ〉の武装を改良しヒエンとベルセルクを修復した。
自ら協力的であるとアピールし続ければ利益に繋がると考えたのだろう。
「そういえば話してなかったな……」
今更ながら〈フィンブル〉がソウヤに興味を持った話をサクラとカグヤに打ち明けていなかった。
「……止めておこう」
今更の話であり、もし打ち明ければ『何で早く言わないのよ!』とサクラからまた殴られるオチが見えていた。
我が身の安全のために事実を黙することをソウヤは決めた。
「ソウヤさん、お食事中のところすいません」
音声に次いでカグヤが白き部屋に現れた。
相変わらずドアの存在しない部屋にどうやって入室しているのか謎多き子である。
その謎にすら慣れてしまったソウヤは食事を進めながら聞いていた。
「何かあったのか?」
「いえ、次のルートのことです」
「サルベージしたデータから何か分かったのか?」
「はい。〈DT研究所〉で一部製造プラントが稼動していたことが判明。次いでその可動データの発信源がユーラシア大陸にある〈集合データベースNOAH〉であると判明しました」
「〈集合データベースNOAH〉ね……」
データベースを閲覧すれば、別名データの箱舟と記載されていた。
あらゆるデータが保存されている箱舟。
〈千年戦争〉の戦火から耐え切り、今でも絶賛稼働中のデータベース。
「次は〈NOAH〉を調査するのか?」
「その通りです。現在〈シートン〉はユーラシア大陸へと航行中。入手したデータではデータベース周辺に防衛用DTが配置されているようです」
「つまり戦闘は避けきれないと?」
「その通りです。また戦わせてしまうことになりますが……」
「気にしなくていいって。それにさ」
「それに?」
「カグヤは凄いよ。まだ小さいのにこんなでかい戦艦を一人で動かしているんだ。おれも動かないと男として廃るってものよ」
ソウヤとしては関心を通り越して感動している。
何しろこんな幼子一人が戦艦一隻を完璧に操っている。
戦争史で習ったことだが、戦艦一隻を一人で手足の如く動かすのは不可能に近い。
指揮を出す艦長に、舵を預かる操舵士、索敵担当の管制官、火器管制を担当する砲雷長、機関を預かる機関士、各所を整備する整備士と、作業用ロボットがあるにしろ、必ずや人の手が必要となる。
これら全てをカグヤ一人で行っているのだから『凄い!』の言葉以外出てこない。
よほど高性能のAI搭載型なら操舵可能だが、現在、地球に存在するAIは〈ドーム〉内にある〈マザー〉のみ。
だから凄い。カグヤは凄いのだ! 次いでにカワイイと思っていても照れ隠しで口にしない。
「男、ですか?」
きょとんと合点の行かぬ顔をカグヤからされた。
ジェンダー意識に囚われているわけではないが、ソウヤとしては出来る範囲で行動を起しただけであり、何よりも〈ドーム〉の住人たちに外の世界の真実を伝えたいがためであった。
要は男を建前に出した発言である。
「まあ〈ロボ〉の準備を頼む。今のおれに出来ることってDTに乗ることだけだからさ」
「わかりました。しっかりと準備しておきますね」
笑顔で答えたカグヤはそのまま白き部屋から散るように消えてしまった。
「椅子に座らず移動できるのか……いいな」
何の装置も入力操作もなく出入りする。
恐らくは月で開発されたテレポート装置の類なのだろう。
戦争史で〈千年戦争〉以前、その手のテレポート装置が研究されていたと習った。
地球と異なり〈千年戦争〉からの技術を保全していた月だからこそ実用化にこぎつけたと結論付ける。
ソウヤの場合〈ロボ〉のコクピットと直接通路があるにしろ、移動するには専用の椅子に座る必要がある。カグヤみたく消えるような移動はできない。
うらやましいと思う反面、移動用の椅子自体が急造品なのだ。わがままは言えない。
「ともあれ……」
トレイの中身を平らげたソウヤは入れ替えるように携帯端末を取り出した。
〈シートン〉の現在位置からして出撃までまだ時間がある。
その間に端末内に保存した真実という外の世界の映像データを整理するのであった。
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