第二二話 生きているのに何故死んでいるのか?

「いいソウヤ。危険だと直感したらすぐ離脱。今回は前回の件も踏まえて高機動戦闘用ミッションフォルム、ヒエンを装備させているけどあくまで離脱のためだからね」

 結局、サクラは折れるしかなかった。

 元々の目的地が〈DT研究所〉でもあったが、ソウヤの口から勘なる言葉が出たのは明らかに予想外だ。

 その勘に折れてしまったと断言していい。

 男の勘よりも女の勘のほうが的中率は高いが、ソウヤの勘だからこそ折れた。

『分かっているよ。また掴まりそうになったらフルブーストで逃げ出すさ』

 モニター越しのソウヤはどこか活き活きと感じられた。

 戦闘にて充実を獲ているのではない。今を生きているからこそ活き活きとしているのだ。

 人間らしい、と口にしかけるもサクラは心の奥底に押し込めた。

『各員に通達。現在〈DT研究所〉一〇キロ手前まで接近。〈フィンブル〉の反応は未だ無し。ですが戦闘の痕跡を確認。望遠映像出します』

 別ウィンドウで〈DT研究所〉が映し出される。

 元々は広大な研究施設であったその場所は〈千年戦争〉により廃墟となり、自然に晒されたことで木々の侵食を受けていた。

 そして、真新しいDT残骸が多数確認できた。

「……勘もバカにできないわね」

 あの〈フィンブル〉と戦闘したことは疑いようがないだろう。

 ただ、今回はどれも食われた箇所は無く、荷電粒子ビームによる高熱線で溶解した残骸ばかりであった。

『……?』

 ヘルメット内臓スピーカーから微々たるもカグヤの声がした。

「どうしたの?」

『いえ、何か動いたような気がしたのですが、動物でした』

「……放し飼いなんて元の飼い主は一体どんな神経をしていたのかしらね」

 未だに地球の自然環境を理解してない発言であった。

「ともあれ〈シートン〉はこの空域に待機。研究所にはあたしとソウヤで向かうわ。万が一にも〈フィンブル〉が現れたら……」

 逃げるように、と伝えかけた時、アラートが鳴り響き、カグヤが『〈フィンブル〉です!』と叫ぶ。一瞬にして緊張感は膨張した。

「位置は!」

『ここから東の位置、太平洋上、五〇〇〇キロ! 進行方向によりアメリカ大陸に向かっていると思われます!』

 だが、サクラは解せなかった。

 センサーにさえ引っかからない〈フィンブル〉が何故こうも自ら補足されるような醜態を曝すのか。否、もしかしたら敢えて自分の現在地と進行方向を曝すことで〈DT研究所〉には手を出さないと行動にて伝えているのかもしれない。

 考えすぎだろうと、そのように考えてしまえば辻褄が合ってしまう。

「カグヤはそのまま〈フィンブル〉のトレースを。警戒を怠らないで。次いで〈ブランカ〉にはバンシーを装備させて。エネルギー反応からして地下施設はまだ生きているわ」

『了解しました』

『おれは?』

「あんたも中に来るのよ!」

 モニター越しであろうとサクラはソウヤの頭を小突きたい衝動に駆られてしまった。


 ヒエン。

 高機動戦闘用ミッションフォルムであり、外見は従来の戦闘機をダウンサイジングした形に近く、一部ユニットが装着時には増加装甲兼姿勢制御スラスタとして機体胸部に覆われる形となる。

 コンパクトであろうと後方に集約された二つの斥力推進器により生み出される推進力は高く、非装着時と比較して高い推力と高機動性能を会得した。

 またヒエン装着時にはDT単機で大気圏内飛行が可能となり、一対の可変翼は上下左右フレキシブルに稼動することから高い運動性をも併せ持っている。

 と電子マニュアルに記してあった。

「実際に飛んでみないと分からないな……」

〈ロボ〉内でソウヤはヒエンの調整を行いながら記憶を思い返す。

 脳波による思考操縦とはいえ人間の背中に翼はなく、プールの飛び込み台から飛び降りたことはあるも空を実際に飛んだことはない。

 無論、飛行訓練のシュミレートはこなしたが調整を怠ってはならなかった。

 密閉空間であった〈ドーム〉内で飛行機などの巨大な飛行物体は安全性を鑑みて仮想体験でしか行えず、仮にライト兄弟のように自作の飛行機を飛ばそうならば、その前に警察が飛んでくる。

 精々飛ばしたものといえば、十歳の頃に作った市販キットの模型飛行機しかない。

 その模型飛行機も初飛行で工事現場へと飛んだまま天へと召されてしまった。

 苦心の末の結果がこれなため、次を飛ばす気分が萎えてしまったのをよく覚えている。

「工事現場でね……」

 昔を思い返しながらソウヤはにやついた笑みを浮かべてしまう。

「あれ?」

 浮かべるも何故か、頭上より鉄骨が降ってくるシーンが浮かんでしまった。

「何で鉄骨?」

 模型飛行機は工事現場を出入りするトラックに轢かれたはずだ。

 何故、模型飛行機ではなく、ソウヤ自身が鉄骨に潰される姿が浮かぶ。

「ん? なんだ? この感じ……?」

 言語化できない。頭の中に空白があるような、胸の内に穴が開いたような、そんな例えでしか言語化できない。

 十歳のソウヤが飛ばした模型飛行機は最初で最後の飛行を終えた。

 十六歳のソウヤは工事現場より落下した鉄骨に挟まれてその生涯を終えた。

「………………おれが死んだ?」

 今を生きているソウヤは誰なのか? 生きているのに何故死んでいるのか?

 最大の疑問が芽生えてしまう。

 ぐるぐるぐるぐる。

 何かがソウヤの中で回る。回る。回り続ける。

 増殖する違和感。緊迫する不快感。自問する存在感。

 ぐるぐるぐるぐる。

 あらゆる感覚が息を詰まらせる。

『いつまで突っ立てるの、邪魔よ!』

〈ロボ〉は後方で待機する〈ブランカ〉に機体後頭部を殴られた。

 この瞬間、ソウヤの中に渦巻いていたあらゆるものが忘却の彼方へと吹き飛んでいた。

『さっさと行きなさい! 後がつかえているのよ!』

 サクラが操作する運搬アームにより〈ロボ〉の足裏を射出用台座に固定されたかと思えば、網膜に投影される強制射出の文字にソウヤは絶句した。

「ちょ、ちょっとタイム!」

 現実はタイムを聞き入れるわけなく、ソウヤは〈ロボ〉の中で射出による加速Gに顔を歪めながら〈シートン〉より射出されていた。

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