第二三話 目覚めし人形
「まったく……」
サクラは着地姿勢も取らず地面に頭部から激突させた〈ロボ〉に嘆息一つ。
訓練を重ねているようだが本番で生かされなければ無意味だ。
着地一つまともにできないようではただの的でしかない。
『サクラ、少しいいでしょうか?』
「ん? 〈フィンブル〉に何か動きがあったの?」
『いえ、違います。〈フィンブル〉は速度を維持したまま東に移動中です。お話というのはソウヤさんの件です』
サクラは眉根をひそめた。出撃直前になって〈ロボ〉の挙動に違和感を覚えたが、何事もなく着地に失敗している。
『これを見てください』
サクラの網膜に折れ線グラフが投影された。
『ソウヤさんのメンタルグラフです』
「何よ、これ……0どころかマイナスにまで落ちているじゃないの……」
時間的に、つい先ほど。
サクラが〈ブランカ〉で〈ロボ〉を小突く直前ではないか。
古代に起こったバブル崩壊による株価暴落の如く数値が下落している。
ただ〈ロボ〉が射出された頃から上昇、地面との激突後は安定域にまで回復していた。
『原因は言わずとも……です』
サクラは沈黙で返答するしかない。
自我を保ち、記憶を蓄積し、今を生きている以上、過去を思い返す。
サクラとて家族を失ってから、失う前までの記憶を時折返してきた。
良し悪し関係なく思い出があった。
『……わたしの計算では九二%の確率で遅くても一〇〇時間以内に危険域に突入する可能性があります。突入すれば……』
「それ以上は言わないで。遅かれ早かれ、そうなると予測していたわ」
サクラは遅れながら〈ブランカ〉の足裏を射出用台座に固定する。
未だ〈ロボ〉は頭部を地面に突き刺し倒立姿勢のままだ。
太古のライブラリ作品湖に逆さまとなって両足を天に高々と突き上げているシーンが有名な映画を思い出した。
あのバカ、何をしているの、と呆れた愚痴を溢す。
「……賭けるわよ。人間だけが持つ無限の可能性にね」
『非生産的です』
サクラの予想通りAIにとっては非生産的だと呆気なく返された。
現実逃避をするための希望を自ら作り出すことで精神的安定に繋げる。
AIが量子的観測により、ある程度の未来を算出可能である以上、人間が抱く希望は餓鬼の妄想にも等しいのだろう。
それでもこの世にはまだAIでは計算しきれない現象があるのだとサクラは信じている。
もっとも今は可能性についてあれこれ議論している状況ではない。
「〈ブランカ〉発進するわよ!」
サクラは射出タイミングをブリッジから〈ブランカ〉への譲渡を確認。
任意のタイミングで〈ブランカ〉は〈シートン〉より躍り出た。
ここは研究所地下という名の廃墟だった。
DTの研究施設だけに、地下でありながら天井は高く、底もまた深い。
何かの工作機械だった残骸、インナーフレームのままハンガーに固定された錆びたDT。一度も使用されることはなかったコクピットブロックには木が巻き込んでいる。開発室とプレートが掲げられた部屋には木の根が満載だ。
当時の面影はもはや廃れて、かつては活気に満ちた空間であろうと今はただの墓標としか思えないほどの荒廃ぶりであった。
「ここでDTが研究されていたのか……」
感慨深く呟きながらソウヤはライブラリデータを開示する。
データによれば、DTの研究開発はこの施設で行われていたとされている。
一説よれば、DTの元型を開発したのがニッポンであり、元々は建設機械の開発現場として運用されていたようだ、とされている。
されていると曖昧なのは戦争で当時のデータがほぼ喪失したためだ。
『ぼけっとしてないで下の階に行くわよ』
〈ロボ〉は頭部を〈ブランカ〉に小突かれた。
感慨に浸るよりも働けとメインカメラ越しにサクラが無言で語りかけてくる。
『この施設の動力はまだ生きているから、メインシステムを再起動させるわ。有力な情報が得られるかもしれないわ』
「お~ら~い」
ソウヤは〈ブランカ〉とのデータリンクで送られてきた施設情報をサブウィンドウに展開させる。〈ブランカ〉が高解析カメラを起動させて使用可能な端末を探索している。ソウヤは手伝いたい衝動に駆られるも生憎、現状の〈ロボ〉に高探査能力はなかった。
『これが使えそうね』
古ぼけたコンソールをサクラが発見する。例に漏れず朽ちているが、ひん曲がったメンテナンス用ハッチを〈ブランカ〉の手がこじ開け、無数に絡まったケーブルから一本だけを引きずり出していた。
その様はあたかも絡まり絡まった糸の束から目当ての一本だけを抜き取る器用で繊細な動作だった。
「おいおい、大丈夫なのかよ?」
『問題ないわ。大昔と違って〈千年戦争〉時の機械は耐久年数が軽く百年越えなのよ。異常なほど頑丈に作られていたからこそ、人類は千年もの間、戦争を続けられた』
ソウヤに説明をしながらサクラは〈ブランカ〉の機械手を器用に操作してケーブルにコネクタを取り付けてしまう。
次いで〈ブランカ〉の左指先に接続した。
『今から再起動をかけるけど、あんたは周辺を警戒して』
「わ、分かった……」
ソウヤは返しながら〈ロボ〉の右手にショートライフルを、左手には高周波ダガーを握らせる。両方とも安全装置を解除。いつでも使用できるように構えた。
センサーだけではなく有視界にも注意を払いながら周辺を見渡した。
「どうだ?」
『ちょっと待って。今洗いざらいデータベースを調べているところ……』
周辺に変化は無いが、メインシステムの再起動には成功したようだ。
『何かしらこのデータ領域……ってトラップじゃないの』
「おいおい、大丈夫なのかよ?」
『安心していいわ。ファイヤーウォールを利用したよくある攻撃型トラップよ。下手に突っ込めば接続者側がどか~んってなる代物のね』
「なお更大丈夫なのかよ?」
『もう解除できたわよ』
「そうか……ん? なんだ……この感覚」
安堵も束の間、ソウヤの背筋に怖気が唐突に走った。悪寒がこみ上げてきた。
この感覚を以前体験している。
見えない視線から放たれていた悪寒と同じ。
「……っ、動体反応!」
ソウヤが視界で捉えたのとセンサーで捕捉したのはほぼ同時であり、ショートライフルの銃口を向ける。
ハンガーに固定されたDTのインナーフレームを網膜に映した。
「何だよ、こいつか……」
ソウヤは安堵した。重ね重ねの老朽化により、部品の一つが落下したのだろうと。
『きゅぴ!』
その安堵がインナーフレームの異常を鈍らせた。
フレーム胸部には楕円状の白き機械が張り付いている。
さながら電子図鑑で見た太古の生物、三葉虫のような――
ライブラリが即座にマッチングデータを警報付きで展開。
〈フィンブル・リペア〉
あの〈フィンブル〉のリペアマシーンだった。
ソウヤは本能のまま〈ロボ〉より発砲。
だが、一拍早く〈フィンブル・リペア〉より粉末状の物質が放出される。
ナノマシンであると気づいたのは、周辺の残骸が瞬く間に加工され、放たれた砲弾ですらDTのパーツに変貌したからだ。
組み立てるのではなく組み換える。
誕生したパーツは同じようにナノマシンで再構築されたインナーフレームへと集っていく。
――Wirrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!
地下空間に目覚めし人形の咆哮が響き渡り、熊の如く豪腕が〈ロボ〉を殴り飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます