第一八話 戦争の調停者、その名はフィンブル

 ――お前は誰だ?


 声がした。光さえない一筋も差し込まない世界でただ一つ声がした。

 男のような、女のような、怒っているような、悲しんでいるような、性別も感情も入り混じった声だけがした。

 赤くて丸い巨大な一つ目がソウヤの眼前に出現する。

 無機物でありながら生命の色を漂わせる目。

 深淵さえも覗き込む目にソウヤは半ば意識を飲み込まれかける。

「お、お前こそ誰だよ!」

 ソウヤは己を奮い立てて一つ目に誰何する。

 ――我は〈フィンブル〉。戦争の調停者なり。

「ちょ、調停者!」

 ――我にある〈指令〉は、あらゆる戦争行為に対しての武力介入。戦争を引き起こす兵器の破壊。戦争を武力で破壊することが我に入力された〈指令〉なり。

「なんか矛盾してないか?」

 武力介入を単純に考えれば、ケンカをケンカで止めるようなもの。

 戦争とは国家同士の大規模なケンカであり、管理された殺し合いだ。

 そのケンカに第三者が介入する。

〈千年戦争〉には有人DT同士の戦争行為はあったも武力介入の結果が何をもたらすのか、分かりきっている。

 被害の規模によってケンカ続行は無理だろう。

 双方、甚大な被害を受ければ、止めねばならない。

 だが、その効果は一時的に過ぎず、争っていた者同士が手を組み、第三者を攻撃する。

 今ある争いが止まろうと、必ずや第二、第三の争いを起す火種となる。

 終わりがないのだ。

 嘆きは怒りとなり、怒りは憎しみを生む。人殺しの道具を破壊し続けようと、人に戦う意志がある限り、争いは終わりを迎えない。

 圧倒的な力により、いくら恐怖を与えようと人は諦めることがないからだ。

 確かに絶対的な力により屈服による諦観を与えるのが有効なのは戦争の歴史が物語っている。

 物語っているも、上から抑えつけられれば更なる反発を増加させるのもまた歴史が物語っていた。

 ――矛盾は理解している。だが、戦争根絶が我に与えられた〈指令〉なり。

「ならさ、戦争を根絶したら次は何をするんだ? 役目終えたから自爆でもするのか?」

 ――戦争根絶が確認次第、我は調停者から環境浄化装置へと移行するよう〈指令〉に入力されている。

 このイカレタ矛盾マシーンの開発者は預言者の如く、二、三手先の未来を見据えるほど賢智に長けているのだろう。

 ただの兵器として役目を終わらせない辺り、狂った思考を持ちながらも、まともな感性を開発者は持っていたようだ。

 もっとも第三者からすれば迷惑程度で済む存在ではなかっただろう。

 ――今度は我の番。お前の疑問に答えた。ならば我の疑問に答えよ。お前は誰だ?何者だ?

 疑問に返答した以上、ソウヤが答える番であり礼節であると赤い一つ目が雄弁に語りかける。 

「ソウヤだ。地球にある〈ドーム〉の住人だ」

 ――〈ドーム〉。〈千年戦争〉で生き残った人間たちが建造した地下シェルター型完全環境都市。管理するのは二つの〈マザー〉のうちの一つ、通称〈地球のマザー〉。ソウヤは、その〈ドーム〉の住人……――

 語尾がすぼまることにソウヤは違和感を覚えた。


 ――お前は人間か?


「当たり前なことを聞くな! おれは列記とした人間! ホモ・サピエンスだ!」

 何をもって人間を人間以外のものと定義付ける。

 敵だから人間として扱わないのか。味方だから人間として扱うのか。

 いつの時代でも戦争時には、正しさを全面的に唱えることで、悪と断定した人々に正義の鉄槌を振り下ろすことが幾度と無く繰り返されてきた。

 戦場では撃たねば撃たれる。撃たれるよりは撃つほうがいい。撃っていいのは撃たれる覚悟のある者だけだ。

 それは兵士の、戦場に立つ者の理屈であり、戦場とは無関係の市民には通じない。

 だが、正しさを唱える者たちは自らが悪と断定した者たちに容赦なく撃鉄を振り下ろす。

 同じである人間を、人の形をした悪魔として、排除すべき敵として消そうとする。

 敵が消えれば平和になる。戦争を続ける理由がなくなる。戦争は終息する。

 潔癖なまでの善良な心が悪の自覚を消し去り、戦争を幾度と無く繰り返させる。

 その結果が――成れの果てが今の世界だ。因果応報というべき世界であった。

 ――……人間か。

 一つ目の瞳孔が窄まる。どこか嘆息しているようにも見えた。

 ――我はソウヤに興味を持った。

「はぁ?」

 ソウヤは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ――人間とは何か、観測させてもらう……。

「お、おい。それどういう意味だよ!」

 問おうと返答は返ってくることはなく、ソウヤの前より赤き一つ目は消えていた。

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