第一九話 千年戦争の悪魔

〈シートン〉ブリッジでシートに座るサクラは頭を抱えていた。

「最悪ね……本当にもう」

 モニターには戦闘とは呼べないお粗末な交戦データが再生されている。

『驚きました。まさか千年戦争の悪魔――〈フィンブル〉が生きていたなんて……』

 データでしか知らない〈フィンブル〉が前触れも無く出現した。

〈千年戦争〉末期に突如として戦場に現れては、無人DTを破壊し、有人DTは武装だけを破壊する悪魔。

 どこの誰が、何の目的で、何故、無人機だけを破壊するのか、今現在でも謎のまま。

 ただ過去の交戦データにより判明しているのは、合理的に戦局を判断し学習する完全自律制御のAIを搭載した無人機であること。〈フィンブル〉個体そのものが、単細胞生物のように数万数兆ものナノマシン群で構築されていること。その構築された特性を最大限に生かし「砲身ならば砲身に」「脚部ならば脚部に」と戦局に応じて自らの身体を最適に組み換えて発展させる自己進化能力を持っていること。仮に損壊しようとリペアマシーンが現れ、ナノマシンにより必要なパーツを瞬時に製造すること。連続稼働時間は底知れず、エネルギーや砲弾ですら自己生産すること。

 そしてフィンブル討伐に派遣された無人DT一個師団(一万機)がたった七四秒で消滅させられたという事実であった。

 この悪魔を止められる兵器は何一つ存在せず、データによれば天変地異による地割れで地底深くに消えたとされている。この時代に現れたことから戦争の反応をキャッチし、武力介入するために地中奥底より目覚めたのだろう。

「……カグヤ、ソウヤの状態は?」

『メンタル値は安定域。要はぐっすり眠っています』

 サクラはタッチモニターを操作して別ウィンドウに白き部屋を映し出す。

 ベッドには傷一つないソウヤが眠っている。白目を剥かず安らかな寝顔だ。

「解せないわね……」

『何故〈フィンブル〉が何もせずに消えたか、ですか?』

「そうよ。攻撃するチャンスはいくらでもあった。あたしたちの武器じゃあのDTに傷一つ負えず、逆にあっちは〈シートン〉でさえ消し去る武装を持っているはずよ」

 攻撃する気があれば〈フィンブル〉は〈ロボ〉を破壊できた。〈ロボ〉だけではなく〈ブランカ〉や〈シートン〉をも消し去ることができたはずだ。

 なのに、現場にいようと、この映像を見ようと〈フィンブル〉は攻撃を一切行わず、〈ロボ〉に興味を抱くかのように機体を調べていた素振りがある。

「まさかね……」

 たどり着く現実味の高い仮説。〈フィンブル〉が興味を抱いたのは〈ロボ〉ではなく、その中身であるソウヤではないのか。

 あの赤い一つ目が何よりコクピットに向けられていたことから可能性は高い。

『気づいたってことでしょうか?』

 無言でしかサクラは答えを返せなかった。

 調べるだけ調べた〈フィンブル〉は壊れ物でも扱うかのように〈ロボ〉を地へと置けば、高度な不可視迷彩を起動させたのか、周辺景色に溶け込むように消えていった。捕捉しようとも対ステルスセンサーに反応はなく、現状を踏まえて即座に〈ロボ〉を回収。ソウヤは意識を失っているようだが健康状態に問題はない。

 後は〈シートン〉の機関最大で現場から離脱。そして今に至っていた。

「……〈ロボ〉を破壊しなかったことが答えかもしれないわね」

〈フィンブル〉は無人DTを破壊しようと、有人DTは破壊しない。

 精々戦う力を奪う程度に留めている。

 確かに戦力だけを奪うのは効率的だろう。

 効率的であるが、〈フィンブル〉の武装は敵部隊を消失させるまでの威力がある。

 データでは乱戦状態であろうと、無人機は破壊し、有人機は武装だけを破壊するという手の込んだ戦い方をしている。

 効率を求めるのがAIのはずがAIらしかぬ非効率的な行動を取っていた。

「人間だから殺さなかったか……」

 サクラは次なる疑問を芽生えさせてしまった。

〈フィンブル〉に見向きもされない自分は一体何者なのかと?

 哲学の命題に陥ってしまった。

『サクラ、ソウヤさんが目を覚ましました』

 ともあれ、ソウヤが目覚めたことで哲学的思索をサクラは打ち切った。


『調停者!』

 空間投影型ウィンドウにサクラの驚き顔がアップで映されることを半ば予測していたため、ソウヤは呆れなかった。

 カグヤから無事に戦闘区域から離脱できたことは目覚めるなり聞かされていたが、今度はソウヤが説明する番となっていた。

「ああ、〈フィンブル〉と質疑応答みたいな流れになって自分は戦争の調停者であり、武力介入により戦争を根絶する。戦争根絶が確認すれば環境浄化装置へと移行するとか言っていたんだ」

『訳がわからないわ。あの〈千年戦争の悪魔〉がそんな目的で動いていたなんて……』

 ウィンドウの向こうでサクラが合点の行かない顔で前髪を左手でかきあげた。

「せ、〈千年戦争〉から稼働していることになるよな?」

『そうよ。あの悪魔にDTの常識は一切通用しない非常識の非常識な兵器よ。〈千年戦争〉の末期である一〇〇年間、あの悪魔は世界各地の戦場に武力介入し続けた。最後に止めたのは人間でも兵器でもない。天変地異による地割れよ。地底深くに消えたかと思えば今になって復活ときた……』

「恐らく、あのクレーターも〈フィンブル〉の仕業で、DTのパーツが無かったのもそいつが喰ったと考えれば何となく辻褄が合う」

『ソウヤさんの憶測は間違っていません。〈千年戦争〉時〈フィンブル〉はナノマシンで兵器等の残骸の分子構造を組み換えることで必要なパーツを生産した観測データが残されています。クレーター内にあったDT残骸で気づくべきでした。わたしのミスです』

「カグヤのせいじゃないよ。誰も〈千年戦争〉の兵器が今現在も絶賛稼働中だなんて夢にも思わない。人間、誰もがミスするものさ」

『人間、ですか?』

 呆気に取られたような表情をカグヤが浮かべている。

 ソウヤはその表情を浮かべる意味が分からなかった。

『うふふ』

 次に浮かべた笑みもまた。

 ただ、ソウヤの一言で己のミスに対する責任の尾を断ち切れていることから良しとした。

『とりあえず、予定通り、カントー地方にあるDT研究所に向かうわ』

「そこに何があるんだ?」

 ソウヤは〈フィンブル〉に観測対象として興味を持たれたことを伝えるのに失念していた。

 何かひっかかりを覚えたからでもあったが。

『何かあるから調査するの。〈フィンブル〉が攻撃を仕掛けてこなくとも警戒は怠らないで。あれは有人機でも武装は狙ってくるから』

「わ、分かった……」

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