第一七話 まるで食い残しだな

『バカ……』

 落下の衝撃でソウヤの視界は一時暗転する。

 通信からサクラの呆れた声が届いていた。

 システムが〈ロボ〉は真っ逆さまに頭部からクレーターに突っ込んでいると報告する。

 ただ、幸いにも地に機体を打ち付けた程度で損傷するほど柔ではなかった。

 すぐさま〈ロボ〉の両腕を地に立て、埋もれた頭部を曝け出した。

「ふうっ……酷い目にあった」

〈ロボ〉で頭部から突っ込んだはずが、まるでソウヤ自身が頭を突っ込ませたような痛覚を感じて涙ぐんでしまう。如何に脳波接続の操縦であろうと痛覚はカットされているはずが、目にゴミが入ったかのように痛い。メインカメラを保護するバイザー表面に砂粒がまとわりついている。ソウヤの思考を受け取った機体が視界確保のために外装部分に装備された高周波ワイパーと高圧洗浄ノズルを起動、汚れを洗い落とす。

 重力下の運用を前提としている以上、塵や埃対策は万全のようだ。

「お?」

 視界回復と同時に〈ロボ〉へと差し出される黒い機械の腕。

 ソウヤは疑いもせず、その手を手に取った。

 腕の持ち主と目が合った。本来あるべき箇所にあるはずの目がなかった。

「うわああああああああっ!」

 驚きのあまりバランスを崩し〈ロボ〉は背面をクレーターに打ち付ける。

『敵襲!』

 サクラが異常を察知して〈ブランカ〉のハンドレールガンを構え、銃口を向ける。

『いえ、違います。よく見てください。DTの残骸です』

〈ロボ〉と手を繋いだままのDTは片腕と上半身しかなく、頭部に至ればセンサーアイだけが綺麗に欠損していた。いや、よく見れば動力炉もまた綺麗になくなっている。

『マッチングデータあり。これは奇襲偵察用DT〈フォックス〉……の残骸のようです』

『ソウヤ、立てる?』

「な、なんとか」

 今度こそ伸ばされた腕を〈ロボ〉で掴み、ソウヤは立ち上がらせる。

「けど、なんだこのDT。随分とまあ……まるで食い残しだな」

 ソウヤは〈ロボ〉のカメラ倍率を拡大。改めて損壊したDTを映すが、頭部センサーや動力炉が綺麗になくなっていることに、ただの損壊ではないと違和感を覚えた。

「なあ、サクラ。外の世界にさ、DTを食う生物とかいるのか?」

『ん~〈千年戦争〉が起こる前までは、遺伝子改造生物が対人兵器として使用されていたってデータで見たことはあるけど、DTを喰らう生物なんて聞いたことないわ』

『該当データなし。そのような生物はデータベースにありません』

 誰の仕業か、よりも何が起こったのかの疑問がソウヤの中で満ちていく。

 センサーに注意を払いながら周辺を見て回る中、クレーターの中に黒い破片が埋まっているのに気づいた。

 機械の指で掘り出してみた。

「おお、これはこれで……」

 掘り出し物をライブラリが〈フォックス〉であると表示する。

 ただ、こちらは骨――インナーフレームだけを残して、身である装甲や内臓器官である動力炉などが何一つ残さず消えていた。

『ご先祖様は骨だけ残して焼き魚を食したとか聞いたことあるけど、そんな感じね……』

「焼き魚ね……」

 ソウヤとて鱗と臓物を取り除いた魚に熱を通した料理だと図書館で見たことがある。

〈ドーム〉内には人工飼育された動物や魚もいるが、出荷される段階で元の形もなく加工されて食卓へと並ぶ。

 サクラの発言からして月でも食糧事情は似たようなものなのだろう。

「……?」

 ふとソウヤは、人が振り返るように、〈ロボ〉のメインカメラを後方に向けた。

『どうかしましたか?』

「いや、ちょっとね」

 誰かに見られているような感覚。

 振り返ろうと、この近辺にいるのは〈ロボ〉内の自分を含めて〈ブランカ〉に搭乗するサクラ。〈シートン〉にいるカグヤだ。

 それはセンサーが証明していようと、見えぬ視線から寒気が注がれているようで、分刻みで増加していた。

『こいつら、こんなところで何と戦っていたのかしらね……』

 バンシーフォルムの〈ブランカ〉が周辺を観測している。

 データリンクによりソウヤの方にも観測データが流れ込んできた。

 網膜投影されたメインカメラの一部が切り取られて、別なるウィンドウを表示する。

 このクレーターの断面図であり、DTの残骸反応がいくつもの表示されていた。

「……さ、寒い」

 唐突に寒気が襲う。

〈ロボ〉がソウヤの思考を読み取り、両手で自身を抱く動作をバカ正直に再現した。

『……コクピット内温度は適温に保たれていますが?』

「いや、なんというか、外よりも内からの寒気かな?」

『なに、あんた、今更、DT動かすのに怖気ついたの?』

「いや、そうじゃないんだ……違うんだよ」

 上手く言葉で伝えられない。この感覚が言語化できない。

『そろそろ帰艦するわよ。これ以上調べても無意味みたいだし』

『そうですね。下手するとDTの発掘作業になるだけです』

 調査は切り上げ。帰艦準備に〈ブランカ〉が入る中、〈ロボ〉内のソウヤは視線が濃くなっていることに肌をざわつかせた。

 見えない何かが間近にいる。見えない視線が現在地を雄弁に語りかけてくる。

『ソウヤ?』

 サクラの呼びかけに応じず、ソウヤは〈ロボ〉の腰サイドにマウントされているショートライフルを手にとった。

 手の平のコネクタと銃のグリップの接続確認、安全装置解除。後は手の平のコネクタを介した発砲の信号により撃鉄は振り下ろされる。

 ショートライフルを掲げ、視線が語る現在位置へと発砲していた。


 くわ~んっ!


 発砲音に次いで何もない宙から軽快な音が響きあう。

 つまりは――弾が見えない何かに弾かれた。

『カグヤ、警戒して、何かいる!』

『ですがセンサーに何一つ反応がありません!』

 弛緩しきった空気が一変。緊張と危険を孕んだ空気へと裏返る。

『Wiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiirrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrriiiiiiiiiiiiii!!』

 集音センサーを劈く機械音。何かを高速回転させているような音。

 何もない宙の背景が歪み、黒光りする異様な姿が露となる。

 システムがDTと断定した。

 だが、人型から遠ざかっていた。サイズもまたDTの倍、一〇倍は優にあった。

 太く、逞しく、DTを踏み潰せるほどの脚部が四つ、各脚部を繋ぐ正八面体の身体、側面には〈ロボ〉を捉える一つの目。

 動けなかった。異様さがソウヤにヘビに睨まれたカエルの立場を与えていた。

 該当データあり。

 システムがマッチングデータを報告する。


〈フィンブル〉


 あの異形DTの名なのかと、恐怖に縛られる中、ソウヤはそれだけを思考できた。

『急いで帰艦してください!』

 カグヤが叫ぶ。〈シートン〉の両サイドよりビームキャノン砲が現れ、異形のDTへの攻撃が開始されていた。

『?』

 だが、戦艦クラスのビームが直撃しようと異形のDTは立っている。

 装甲に直撃を許そうと直撃箇所には傷どころか焦げ一つ浮かばない。

『ソウヤ、逃げるわよ!』

〈ブランカ〉のハンドレールガンも効果はなく、無駄弾と化していた。

『Oooooooooooooo? Uo?』

 降り注ぐビームを意に返さず、一つ目が〈ロボ〉を捉えている。

 動けない。身体が、足が動かない。地に縫い付けられたかのように、足裏が離れない。

『ソウヤ!』

 サクラの叫びがソウヤを開放した。

 瞬時に〈ロボ〉の脚部に内蔵されたバネを引き絞る。背面の斥力推進器と合わせて、その場から跳びあがろうとした。

「ぐあっ!」

 跳び上がった瞬間、機体胸部に衝撃が走った。

 その衝撃はコクピットにまで伝播し、貫かれたような激痛にソウヤは意識を失いかける。

〈フィンブル〉の脚部の一つより伸びたアームが〈ロボ〉を宙で捕縛していた。

「くっそ、離せ!」

 衝撃に苦悶する間もなくソウヤは即座に腕部収納の高周波ダガーを抜き放ち、逆手に構えれば捕縛するアームに刃を突き立てた。

 ぽきっと呆気なく刃は折れた。

「折れたあああああああああああああああっ!」

 驚く状況下でなかろうともソウヤは驚き叫ぶしかなかった。

 このダガーのスペック値では重装甲型DTの装甲を貫通する程の鋭利さがあるはずだ。

 スペック値が水増しなのか、それとも〈フィンブル〉の装甲強度が常識外れなのか、ソウヤに判別などつくはずがない。

『whuaaaaaaaa?』

〈ロボ〉を捕縛するアームが可動して〈フィンブル〉の一つ目へと引き寄せられる。

 味方からの攻撃は無い。下手に攻撃すれば〈ロボ〉に、ソウヤに命中するからだ。

「うっ!」

 赤い目がメインモニターに大きく映りこむ。

 加えて装甲から軽快な音が響きだす。

〈フィンブル〉の脚部より別なるアームが現れ、〈ロボ〉の装甲を打楽器のように叩いている。

「見るな、見るな!」

 モニター越しの一つ目は、内なるものまで見通す目のようにソウヤは感じられた。

 抗おうにもソウヤの視界は引きずり込まれるように暗転した。

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