第一六話 外の世界
視界が暗転して次に光を取り戻した時、ソウヤは〈ロボ〉の中にいた。
腹部にあるコクピットシートに座っているはずだが、肉体的に〈ロボ〉と一体化しているような感覚がこみ上げてくる。
初めて搭乗した時、カグヤからは、マッチング率が高いため、と答えられたが数値では示しきれない何かが確かにあった。
ソウヤは教え込まされたとおり起動プロセスに入る。
メインシステム起動。EEドライブ起動。各関節部ロック解除。
四肢はまだケージにロックされているが、これで一通り起動は完了した。
「ふむ」
試しに左右の五指を動かしてみる。
思考操作により動いているのは機械の五指のはずだが、ソウヤの指が動いているような感覚。
これもマッチング率が高いからなのだろう。
「昔はこんなので戦争をしていたんだな……」
ソウヤは戦争を知らない。教科書に記された薄い戦争しか知らない。
血が流れ出ることも、命を失うことも映像でしか知らなかった。
そして、これから身を持って味わうと死の恐怖や生への渇望も今は知らない。
覚悟しておきなさいとサクラから忠告を受けていた。
『ソウヤ、準備はいい?』
サクラから音声通信。発信源は〈ブランカ〉からだ。
〈ロボ〉の同型機であり、機体カラーが白であること、四肢に赤いラインが走っていること、そして双眼式カメラを保護するバイザーが緋色をしていること以外、同一であった。
ただ、機体カラーが異なるだけで同型機でありながら違った印象を与えてくる。
そもそも何故、機体に狼の名がつけられているのかは、一種のゲン担ぎだとか。
千年戦争初期、地球と月で戦争が起こった際、〈ムーン・ウルブズ〉と呼ばれる月面機甲師団が三度に渡る地球からの侵攻を撃退した。
国力差のある地球側を撃退したのは当時の月の民にとって大きな支えと憧れになる。
時が経過した現在、〈ムーン・ウルブズ〉にあやかって、戦果を期待するため機体に〈狼〉の名をつけた経緯があったとソウヤは〈ドーム〉内で決して習わぬ月側の歴史を知った。
「お、おおうっ!」
機体を固定したケージが九〇度傾く中、ソウヤは間抜けな声を上げる。
それぞれのケージは二機のDTをレールに沿って射出用台座まで運んでいく。
先にある射出用カタパルトの電磁圧加速にて高速射出させると説明を受けていた。
射出用台座に足裏が固定されたと同時にケージは後退し、発進カタパルトに光が灯る。
『今回は〈ロボ〉の起動テストを兼ねているからあまり力まないように』
「ああ、分かった。まあでも出来る限り手伝うよ」
『……ありがとう』
通信は途切れた。前方に立つ〈ブランカ〉を見れば、上部コンテナから円盤状のパーツがアームに支えられて降下してきた。
機体ライブラリが、強行偵察フォルム、バンシーであることを告げる。
そのまま〈ブランカ〉の背中に接続され、二本のスタビライザーが尾のごとく伸びる。円盤状のパーツ、ドーレムが帽子のように頭部にかぶさった。
後ろ姿であるため、前面の姿は分からないが、データによればドーレムには高解析カメラが取り付けられており、高い情報収集能力を機体に与えるとある。
次いでサイドコンテナから銃器がアームに固定されて現れ、腰椎部に接続される。
二枚板バレルを持つライフル銃。
ビーム兵器の使用は探査を阻害するため、電磁圧の反発により実体弾を高速射出するハンドレールガンが最適な火器であった。
「念には念をか……」
ソウヤの呟きの間にカタパルトから〈ブランカ〉は射出されていた。
次いで〈ロボ〉の番であるが、上部コンテナからもサイドコンテナからもアームは現れなかった。
武装は最低限なものだが、元から装備されている。
腕部コンテナには刀身を高周波モーターで高速振動させ切断力を上げた高周波ダガー二本が収納。両サイドには銃身を切り詰めたことで取り回しを向上させた三五mmショートライフル二丁がマウントされている。
ただし、ビームではなく液体炸薬により実体弾を撃ち出すDT専用のリボルバー銃であった。
ビーム兵器やレールガンと比較して威力は低くもシンプルな構造を持ち、実体弾であるために天候の影響を受け難い。
エネルギー消費も少ないことから安定した効果を発揮する携行火器であった。
『システムオールグリーン。発射準備完了』
既に〈ロボ〉の両足は射出用台座に固定されている。
後は矩形の発射口から青き空へと射出されるだけだが、ソウヤとしてはDTに搭乗していようと視界的に生身でジェットコースターのレーンに乗せられたような心情であった。
『射出します』
ソウヤは叫ぼうとした。せめて射出タイミングを自分に任せて欲しい、と脳内で意志を組み上げるも、この時既に〈ロボ〉を載せた台座は滑り出していた。
「うあああああああああああああっ!」
爆発的な加速により外へと射出される瞬間は、生身でジェットコースターのレーンを滑走する感覚を凌駕していた。
装甲越しに風の圧力を感じ、開かれた外の世界に魅了される。
「こ、これが外の世界……」
広がる木々、雲かかる山、改めて外の世界の広さと自然の広大さに魅かれたことが、機体の姿勢制御の失念を生む。
後は慣性を失いつつ重力に引かれた〈ロボ〉はクレーターへと真っ逆さまに落下していた。
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